「どうして俺が犯人になっちゃったのかな」野田事件・35年目の真実

1979年9月、千葉県野田市で下校途中の小学校一年生の少女が行方不明となり、その後、竹藪の中にある古井戸から遺体で見つかった事件。いわゆる「野田事件」で警察が目を付けたのは、現場近くに住む知的障害を持つ男性、35年前の青山さんでした。
報道ステーションSUNDAY

青山正さん(66)は、現在大阪にある知的障害者のための自立支援センターで働きながら生活をしています。

「大阪が一番いいや。みんな優しいし。野田はね、もう変な顔で見られるから......戻りたくてもよ......」

千葉県野田市は青山さんが生まれ育った故郷です。しかし、ある殺人事件で有罪判決を受けた青山さんは、14年間の刑務所生活を終えたあと、野田に戻っていません。

1979年9月、千葉県野田市で下校途中の小学校一年生の少女が行方不明となり、その後、竹藪の中にある古井戸から遺体で見つかった事件。いわゆる「野田事件」で警察が目を付けたのは、現場近くに住む知的障害を持つ男性、35年前の青山さんでした。

警察は知的障害のある青山さんの証拠能力に不安を感じたのか、当時の取り調べを録音していたのですが、そのテープを再生すると、はっきりと青山さんの言葉が残っています。

「俺がやったんじゃねえんだから、本当は。どうして俺が犯人になっちゃったのかな」

当初犯行を否認していたものの、尋問が繰り返されるうちに、二転三転しながらも最終的に自白する青山さんの様子がテープからわかります。

青山さんは医師による精神鑑定で知能年齢は6歳程度、被影響性が非常に強いと診断されていました。被影響性とは、周りから「こうじゃないか」と言われたら、それに影響を受け元の体験の記憶が違った方向で語られるというものです。こうした、そもそもの訴訟能力についての判断を保留したまま、審理は強行され有罪判決が下されました。

「警察こわかったよ。やってない、って言うのに、おめえやったんだろってよ......だから、もう一回(やってないって)言ってやろうかなって思ってよ」

青山さんは、事件から35年たった今月14日、改めて無実を主張し再審請求を提出したのです。

弁護側が今回、再審請求の決め手としたのは、警察による証拠のねつ造疑惑です。自白以外は指紋などまったく証拠がなかった事件で、この「証拠」は青山さんを有罪とする唯一の物的証拠でした。しかし、その「証拠」は警察がでっち上げたもので、それにより無実の青山さんを有罪に仕立て上げたというのです。

遺体発見現場には被害者が持っていた赤いレッスンバッグが残っていました。当時、大流行していた「キャンディキャンディ」というアニメがプリントされたバッグです。

このバッグの裏側の左隅に、少女の住所と名前が書かれていたのですが、証拠隠滅のためか、その部分だけ四角く切り取られていました。この切り取られた布片が青山さんの定期入れから発見されたとして、警察は決定的な物証としたのです。

しかし、布片が見つかった10月9日の供述テープを聞くと、警察と青山さんとのこんなやりとりが残っています。

青山「あのあれ、ズボンな。あれな、持ってくればわかる」

警察「ズボンの......ポッケの中に入ってた?」

青山「入ってたよ」

警察「何かに入れてあるの?定期入れみたいな中に入れてあるの?」

青山「本当だよ。ウソ言わないよ」

このやりとりの後、青山さんの供述を受けて、取調官が押収物保管係に問い合わせを行っています。そして......。

警察「そっち(保管室)に何かある? て聞いたらあるって。紐がついててよ。紐のところにね、ビニールの袋みたいなのがあるって。その中開けてみてくれって。開けてみたけど、(保管係は)何もなかったって」

青山「また冗談言ってるなあ。向こうのお巡りさんも」

警察「いや、冗談じゃないよ。本当だよ」

つまり、この時点で警察は、定期入れを確認したけれど、中には何もなかったと話しているのです。

ところが、同じ日の供述調書には、「定期入れに入れたと供述したので、取り寄せて本人に開けさせたところ、当の布片が出てきた」と、明らかにテープとは食い違う内容が書かれているではないですか。テープでは「なかった」布片が、調書では「あった」。これは何を意味しているのでしょうか。

私たちは、事件2日後に警察が公開した被害者のバッグの写真と、その後警察が物証として裁判に証拠提出したバッグの写真を検証することにしました。

事件があった当時、キャンディキャンディの赤いレッスンバッグを製造していたカバンメーカー・タカイシの製造担当者に両者を見比べてもらいます。

専用の拡大鏡で丁寧に2つのバッグを見比べていた担当者が首をひねりました。

「(警察提出のバッグの)ここの部分、(キャンディキャンディの絵の下に)白い商標登録が見えるのですが、(被害者のバッグには)全体的に写ってませんね。根本的にここが違います。この商標登録は、絶対当時ありましたもんね。全部ね」

「あと、(フタの部分にある)ホックって言っているんですけど、この位置が違いますね。(被害者のバッグは)タカイシで作ったバッグでないことだけは間違いないですね」

警察が提出した正規品のキャンディキャンディのバッグ

当時、大流行した赤いレッスンバッグにはたくさんの模造品が販売されていたというのです。

商標登録やボタンの位置が異なるため、警察が提出したバッグは正規品、事件現場から見つかったものは模造品だったのでしょうか。

実際に2枚の写真をコンピューターに取り込み、4隅と絵柄にマーカーをつけ、バッグの角度や大きさを修正して写真を重ね合わせてみると、明らかにボタンの位置がずれていることがわかりました。

さらに2枚の写真を分析した広島市立大学・情報科学研究科の・宮崎大輔教授はこう言います。

「被害者のバッグの写真で、ボタンが光っている部分があるのですが、どこから光が当たっているのか特殊な機械で調べ、タカイシの正規品のバッグに同じ角度から光を当てると違う光り方をします」

分析結果をみると、被害者のバッグのボタンは光が円形に反射。正規品のボタンは線のような形に反射しているのです。

「光り方が違えば、ボタンの形がそもそも違うんじゃないかと。2つのバッグはおそらく100%くらいの確率で違うものじゃないかと思います」

広島市立大学が作成した、光を当てて調べる機械

弁護側は「決定的な物証もない。その中でやはりネーム片があれば、青山さんのところから出てくれば最大の決定的な証拠になると。警察が焦って、でっち上げとかねつ造をしたという風に強く考えられる」とし、再審請求の申し立てをしました。

報道ステーションSUNDAY」が今回の弁護側の主張について、警察・検察に質問状を送ったところ、野田警察署は「当時の資料がないため、回答は控えさせていただきます」千葉地方検察庁からは「再審請求の内容を子細に検討したうえで、適切に対応したい」という返答がありました。

過去の冤罪被害者の方たちは、警察・検察による強引な取り調べや自白強要による冤罪被害をなくすためにも、取調べの全面的な可視化を訴えています。しかし、2013年度に行われた取調べの中で、全面可視化が行われたのはわずか0.9%。一部分の可視化では、これまでの冤罪事件でも明らかになったように、自白部分だけなど、取り調べる側の都合のよいように使われる恐れがあります。公平な裁判のためにも、取調べの全面可視化、さらに検察の証拠の全面開示こそが必要であると思います。

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