2015年の干支は羊です。北海道白糠町の羊牧場「羊まるごと研究所」は、羊のお肉と毛の販売だけで生計を立てる全国でも数少ない牧場です。経営するのは、羊飼いの酒井伸吾さん夫妻で、小1から中2までの4人きょうだいが手伝いに励んでいます。生活の様子や羊牧場を始めた理由を聞きました。
「ヒュー」。冬の間、羊がくらす畜舎で、三男の元気君(小4)が羊たちの後ろから口笛を吹くと、羊たちは外の牧場に急いで出て行きました。口笛は「あっちに行ってー」、声で「メーメー」と言うのが「寄ってきて」の合図です。
ただ、羊たちは必ず言うことを聞く訳ではありません。長男の大地さん(中2)によると羊の性格は様々で、脱走を試みたり、機嫌が悪いときは前足で地面をドンドンたたき威嚇したりすることもあるそうです。
広さ20ヘクタール(東京ドーム約4個分)の牧場。わんぱくな4人の子どもたちにとっては、パートナーである羊とともに暮らす生活の場であり、遊び場となっています。
伸吾さん(43歳)と啓子さん(41歳)夫妻が2001年に開いた牧場で、現在は約200頭を育てています。農林水産省によると、全国の乳牛の頭数は約140万頭ですが、羊は約1万6千頭です。北海道によると、全国の羊の半数は道内にいますが、飼養されている目的の一位は「趣味」。羊の肉の自給率は1%未満で、毛も輸入ものが中心です。羊まるごと研究所のような観光目的でもなく、お肉と毛で生計を立てる牧場は国内ではごくわずかです。
「羊飼いという言葉は有名なのに職業とする人が少ないのは、もうからないからですよ」と伸吾さん。太平洋戦争後、日本では100万頭を超える羊が飼育された時代もありましたが、化学繊維の技術の発達で羊毛の需要が減りました。いま、羊飼いをやろうと思っても飼い方を教えてくれる人は限られ、肉や毛の販売ルートなど、基本的にすべて一から自分で作り出す必要が有ります。
一方、羊まるごと研究所のお肉や毛の出荷は順調で、市場からは高い評価を得ています。2008年の北海道洞爺湖サミットの「G8社交ディナー」で出された子羊のポワレとローストは、伸吾さんたちが提供しました。自ら営業に出かける東京のフランス料理店などでも使われています。毛は品質の良さが口コミで広がりました。
伸吾さんが心がけていることは、おいしい肉をつくるのではなく、健康な母親の羊を育てることです。そうすれば結果として、上質な肉ができています。母親の羊は冬以外ずっと放牧地で育てるため、まずは豊かな牧草地を作ることから始まります。羊のうんちやわらなどで作った堆肥などを栄養にしています。
伸吾さんと羊との出会いは、帯広畜産大学(帯広市)の畜産管理学科に通っていた大学生のときです。クラブ活動の一環で、羊毛の糸紡ぎをしたことをきっかけで羊に興味をもち、大学卒業後に羊牧場で2年間働きました。その後、モンゴルで1年間遊牧民と羊とともに暮らし、北海道で羊まるごと研究所を開きました。
「羊には尊敬と感謝の気持ちでいっぱいです」。羊飼いになろうと思ったのは、羊の文化的な意味に強い魅力を感じたからです。1万年ほど前に家畜化された羊は、例えば肉はキリスト教やイスラム教のごちそうに、毛は織物やフェルトに、腸は弦楽器などの弦になるなど、羊がいたからできた文化が数多くあります。
「羊は一年に一回出産し、羊飼いは毛を刈りお肉として出荷する。サイクルは1年で1周する単調な世界で、つまらないと思うこともあります。お店を開くから肉がほしいといわれても、必要な羊しかいないのですぐ出せません。でも無理に牧場を拡大することは考えていません。羊を通じていまの暮らしが幸せで、身の丈に合わせた生活を続ける大切さを知るようになりました。足るを知った、ということです」
1月から2月は、一年で最も過酷という出産シーズンです。この間に生まれる子羊は約180頭の見込み。4人きょうだいの子どもたちが母乳を飲まない子羊のためのミルクをつくりあたえるなど、一家をあげて世話にあたります。
*日刊「朝日小学生新聞」1月1日付に掲載した内容に加筆し、写真を追加しました。紙面のサンプルや記事の一部も見られます。「朝日小学生新聞」「朝日中高生新聞」のホームページはこちら(http://www.asagaku.com)