■はじめに
皆様は"菌類"と聞けばどのような生き物を想像しますか? きのこやかび,もしかすると細菌やウイルスを思い浮かべる方もいるかもしれません.ここで言う菌類とは,きのこ・かび・酵母などの真菌類のことを指します.菌類には,推定種数150万種といわれているように非常に多くの種類が存在しますが,我々人類が把握しているのはその一割にも満たず,未解明の部分がたくさん残されています.
陸上生物の中でも類まれな多様性を誇る菌類の研究をしていると,見たこともないような変わった形や生き方をしている"珍菌"に出会うことがあります.時々出会う珍菌にわくわくするとともに,一研究者として研究意欲を掻き立てられています.
■珍菌賞設立の経緯
研究者に限らずとも,珍奇な生物との出会いをきっかけに自然の素晴らしさや不思議さに気づき,その謎を解き明かしたいという欲求にかられたことのある方は少なくないでしょう.しかし,菌類の場合,そのほとんどが肉眼で見えないほど小さかったり,かっこいい動物や植物に人気が集中したりで,なかなか日の目を見ることがありません.でも,菌類の中にも動物・植物に負けず劣らず面白いものがいるのです.
菌類の研究者としては,長年日陰者扱いされてきた菌類とその研究の面白さを幅広い方々に知っていただきたい.特に,菌類の中でもスター性の高い珍菌にスポットライトを当てることで,菌類の世間での評判を引き上げることができないだろうか.こういう動機から,菌学若手の会が中心となり,珍菌の日本一を決めるイグノーベル賞的な賞,「日本珍菌賞」を設立しました.
■第一回日本珍菌賞
珍菌賞の選考においては,珍奇な"形態","生態","宿主"や"発見の経緯"等を有する珍菌候補をツイッターで募り,その"珍奇性に対する反応"に基づき,珍菌日本一を決しました.この"珍奇性に対する反応"は以下の数字で評価しました.
RT (retweet) 数:自分のフォロワー(ツイートの読者)に対して情報拡散された回数.
Fav (favorite) 数:お気に入りされた回数(フェイスブックの「いいね!」みたいなもの).
遊び心あふれるイベントとはいえ学術的な土台はしっかり据えておきたいので,選考対象とする菌は過去に学術論文や学会で発表されたものに限定しました.このようなルールのもと,今年の4月から5月にかけて珍菌賞の選考を行いました.
当初は,菌類研究者やきのこ愛好家など,その手の業界内だけで盛り上がる企画になってしまわないかと危惧しておりましたが,いざ選考が始まってみると,内輪のみならず業界外からも多様な方々にご参加いただき,予想以上の盛況となりました.選考期間中は約100アカウントから300以上のツイートが寄せられ,最終的に34種の珍菌賞候補(粘菌や卵菌含む)がエントリーされました.これらすべての珍菌賞候補をここで紹介するには十分な紙面がございませんので,以下では受賞菌を含めた上位5種のみの紹介にとどめさせていただきます(ほかの珍菌賞候補や選考の経緯についてはこちらを参照ください).
第5位"警戒区域の希少きのこ"センボンキツネノサカズキ
撮影者:丸山賢治氏
ツイート:http://p.tl/G6EJ
その希少性から保全すべきとの声が上がっているきのこ.コップがいくつも集まったような変わった形をしている.この写真が撮影された福島県阿武隈山地は,福島第一原発事故以降立ち入りが困難となり,この希少きのこのその後は確認できていない.
第4位"幻の冬虫夏草"コブガタアリタケ
撮影者:斉藤宏志氏
ツイート:http://p.tl/JKZZ
2011年に新種記載されたばかりの冬虫夏草の珍種.写真では,ムネアカオオアリの胸部に襟巻のように巻きついた形できのこが発生している.福島県飯舘村で発生が確認されたが,原発事故の影響で再調査が難しくなってしまった.
第3位"熊楠を魅了した異形の珍菌"タケリタケ
撮影者:細将貴氏
ツイート:http://p.tl/J40R
多数の隠れ愛好者に親しまれている珍奇なきのこ.その異様な外見はかの偉大な博物学者,南方熊楠をも魅了したといわれている.始めからこの形をしているわけではなく,テングタケ属のきのこに別の菌が寄生することで,このような異形が現れる.
第2位"グロ注意の奇病"ヤブニッケイもち病
撮影者:細将貴氏
ツイート:http://p.tl/CZ6p
ヤブニッケイの樹皮から鹿の角のような突起が生じる奇病.世界で唯一,八丈島でのみ確認されている.梅雨に発生が見られるが,時期が終わるときれいさっぱり角を落とす.ツイッター上では,とりわけそのグロテスクな外見が話題を呼んでいた.
そして,栄えある第一回日本珍菌賞に輝いたのは以下の珍菌です.
第1位"トビムシの精子を食らう謎菌"エニグマトマイセス
*写真詳細はこちらのサイトを参照.
撮影者:出川洋介氏
ツイート:http://p.tl/x2ON
トビムシの精包に寄生し,その精子を食らう極めてマニアックな珍菌中の珍菌.そもそもこの"精包"というものが面白い.精包とは,トビムシのオスが置き去りにした精子の詰まった袋で,これをメスが取り込んで受精する.運悪くメスに見つけてもらえなかったり,受け取ってもらえなかったりした精包にこの菌が寄生するというわけである.この菌の学名 Aenigmatomyces (エニグマトマイセス)が「aenigmato=謎に満ちた」と「myces=菌」の組み合わせからできていることからもわかるように,発見当初は正体不明の謎に満ちた菌だった.
■授賞式にて
日本珍菌賞を主催する菌学若手の会では,エニグマトマイセスの極めて珍奇な生態を讃えるとともに,"トビムシの精包に寄生する"という普通の感覚では気づくことすらできないような生態を明らかにし,この謎に満ちた菌の生態を突き止めた研究者の熱意と能力を称賛し,受賞対象としてふさわしいと判断しました.
日本菌学会第57回大会(6月8日,東京農業大学)の懇親会の場を借りて開催された授賞式では,みごと第一回日本珍菌賞に輝いたエニグマトマイセスに代わって,その研究者である筑波大学の出川洋介先生に賞状を受け取っていただきました.さらに副賞として,元祖珍菌研究者,南方熊楠のデスマスク3Dクリスタルを贈呈しました.
副賞:南方熊楠のデスマスク3Dクリスタル
また,授賞式では出川先生にエニグマトマイセス発見の経緯などについて語っていただきました.そのコメント中の「珍しいとされる珍菌はちゃんと探せば実はどこにでもいる.珍菌を珍菌でなくするために研究をしている」という言葉は感動的で,まさに"菌言"でした.自分だけが珍奇なものを知っているという優越感に浸って終わるのではなく,科学的な検証を重ね,研究成果として世に出すことで知識の集積に貢献する研究者の姿をそこに見ました.
■おわりに
好評につき,来年も菌学会大会に合わせて第二回日本珍菌賞の選考を行う予定です.きのこ好き・嫌い,プロ・アマにかかわらず,ぜひご参加いただきたいと思います.今回の記事が,皆様に菌類とその研究の面白さを知っていただくきっかけになれば幸いです.また,トビムシの精包に寄生するような珍奇な生物が進化し,存在することの不思議さ,自然の懐の深さを感じていただければ望外の幸せです.