では、直近のオリンピック2012年のロンドン大会はどうだったんでしょうか。
そもそもロンドン開催は3回目ですからね
第4回の1908年と1948年に開催されています。(1944年は世界大戦のため中止です)
2012年のロンドン大会のメインスタジアムは新設です。
このスタジアムで開閉会式をおこない8万人を収容ということでした。
このときの数字を根拠に新国立競技場でも8万人収容でコンペ開いたんです。
ここまでアテネやロサンゼルスでは古い施設の改修再利用を説いてきたわけですが。
直近のロンドンでは8万人収容施設を新築してるじゃねえか、と新国立競技場のバカバカしい計画に携わっている諸兄は自己正当化してるんだと思うんです。
ロンドンさまがそうしたんやから東京も新築で8万人なんや!と
「ほんならロンドン死んだらお前も死ぬんか!」と言いたいところですが
ところがですね、さすがというかオリンピック開催慣れしているロンドン先輩は一味違います。
ロンドン五輪ではオリンピック後の施設をどうするか、オリンピック開催後の始末をどうつけるのか、についてよく考えていたんです。
これがスタジアムの全体像です。
一番下の層、ちょうど地形のように見える部分からゆるく下にある観客席部分の構造と、上に乗っかる二重三重のリング構造に支えられている観客席部分は脱着できるのです。
恒久的なパーマネント席として下部構造の2万5000人収容
一時的なテンポラリー席として上部構造の5万5000人収容
実は8万人じゃないんだよ。
8万人収容のスタジアムなどオリンピック終了後は大変なお荷物になってしまうんだ。
オリンピック終了後は利用方法を検討し、最悪の場合はコンパクト化できる設計になっていたのです。
新国立競技場の無駄馬鹿計画に、もはやラグビーワールドカップには間に合いもしないのに、いまだに固執している諸兄は、この事実をしかと見定めていただきたい。
では、ロンドンオリンピックのその他の施設がどうかといいますと
メインスタジアムと同様にイーストロンドンのオリンピック・パーク内にあるアクアティクスセンター(水泳競技のための施設)はこうです。
やはり、パーマネント席2500、テンポラリー席1万5000で、オリンピック後に取り外します。
そして予定どおり、減築されました。
中の様子もオリンピック中は両サイドに伸びる巨大な観客席がありましたが、
会期後は取り払われています。
設計図もありました。
オリンピック時の断面形状
オリンピック終了後の断面形状
注目すべきはこの図面の左下を見てください。
「SECTION LEGACY MODE」と書いてありますね。
「SECTION」というのは「断面図」という意味です。
「MODE」は、「俺、今仕事モード」とかいったように、コンピューターやゲームが普及した今では俗語化してつかったりしますが、「状態」とか「有様」、「形態」といった意味ですね。
「LEGASY」とは「遺産」「資産」といった意味です。
つまり、この施設は初めからオリンピック後の使われ方、資産としてオリンピック遺産として生き続けることを盛り込まれて設計されているのです。
オリンピック後に無用の長物と成り果て、管理にも事欠くようになり、廃墟化した施設もあります。同時にオリンピックの為だけに巨大なハコモノ化してしまって維持費用を垂れ流し財政を圧迫している施設もあります。
そうならないように、ロンドンオリンピックのメモリーを残したまま再活用されやすいように計画が練られていたのです。
このアクアティクスセンターはオリンピック決定前から計画されていたようなのですが、なにを隠そう、新国立競技場コンペで選ばれた建築家ザハ・ハディドさんのデザインなんです。
このアクアティクスセンターは屋根の規模も長さ200m程度で、高さも30mほどでしかなく、新国立競技場の4分の一程度の大きさですし、可動部分もありませんから、ザハの形状を実現することもできたようですね。
アゼルバイジャンのヘイダル・アリエフ文化センターと同じように3次元の立体トラスの工法により「大きな舌」状の屋根構造を実現しています。
ただし、当初の予算から工事見積もりは3倍の2億4000万ポンドになり、最終的に6億ポンドになったようですが、
2020年東京オリンピック開催に向けて今の新国立競技場問題の最大要因である構造が成立しがたい巨大な規模とその形状についてですが、ザハがデザインするからといって必ずしも巨大化するわけではないことがわかります。
むしろ新国立競技場のコンペ要望を作成した有識者が真剣に考え、間違いのない要望を盛り込み、新国立競技場コンペの審査員が責任感をもって正しい判断をなされていれば、デザイナーがどういう人でも建築は成立していたわけです。
小さくつくるように、レガシーを継承するように、というコンペの要望だったなら、その範囲で建築家達は提案したでしょう。
ロンドンオリンピックは2005年に誘致決定したときに、「ロンドン・オリンピック・パラリンピック組織委員会(London Organising Committee of the Olympic and Paralympic Games、LOCOG)」というものが設置されています。
同時にロンドン市はオリンピックを機会に、このイーストロンドンエリア(ハックニー区、ニューアム区、タワー・ハムレッツ区、ウォルサム・フォレスト区、グリニッジ区及びバーキング・アンド・ダゲナム区を加えたロンドンの6区)を、オリンピックホスト自治体と位置づけて、この6区が治安、学習到達度、健康、住宅の水準、平均寿命といった生活の分野でロンドン市の平均に追いつくことを目標に掲げた「戦略的再開発のための枠組み(Strategic Regeneration Framework)」という方針を立てました。
また、「オリンピック・パーク・レガシー公社(Olympic Park Legacy Company、OLPC)」という施設の再利用に責任をもつ機関も設けています。
今回の東京オリンピックにあたっては、いまだにこのような具体的かつ有効な都市政策を誘導するような組織も組成されていませんし、責任ある機関も現れていません。
ポエムと混乱があるばかりで、根本的に初めから終わりまで全ての問題の責任者である安藤忠雄氏は、いまだにその場限りの虚言と詭弁を繰り返し、一心不乱に逃げまどうばかりなのです。
東京都の舛添知事がロンドンのオリンピック施設を視察から戻られてから、多くの見直しが必要だ。と発言されましたが、見直すべき根本計画すら出来ていないのです。
為政者の方々は、まず大きな方針を立てて、次にこのオリンピックの機会に東京都は何を成すべきかを、都市計画的視点と生活者の視点から、これからの50年、100年にどのようなレガシーを残せるのか、またこれまでの50年、100年のレガシーをどう受け継ぐべきなのか、そういった第一義の問題を考えていただきたいものです。
そういった意味では、今の新国立競技場計画じゃラグビーのワールドカップに間に合わない、、とか、現国立競技場の解体が官製談合と騒ぎになり、多くの問題がいまだ未解決であることを多くの人が知る機会となり、舵を取り直すには良いチャンスだと思います。
この「ロンドンオリンピックレガシー公社」が施設の再利用をどのように進めているかの資料がありました。
つづく
メモ
メモ
(2014年11月16日「建築エコノミスト 森山のブログ」より転載)