米国の動画配信サービス企業、ネットフリックス(ティッカーシンボル:NFLX)が今年日本に進出します。同社の日本進出は、日本の消費者やテレビ業界にとっては「黒船来航」のような一大事です。でも同社にとって日本市場は、社運のかかった主戦場ではありません。
先ず同社は既に安定したサブスクライバー・ベースを築いています。2014年末の時点で世界に5,739万人の加入者(メンバー)が居ます。
アメリカ国内のメンバー数は未だ増加していますが、目先、カギになるのは国際戦略です。すでに同社は50か国でストリーミング・サービスを展開しています。あと2年以内に、これを200か国にまで持って行きたいとしています。つまり日本への進出は、その200か国のひとつにすぎないということです。
メンバーひとり、ひと月当たりのフィーは8.14ドル(2014年末)です。これはケーブルTVをサブクスライブするよりかなり安いです。アメリカでのネットフリックスの人気は、そのような「倹約需要」に支えられている面があります。日本で同じ市場原理が働くかどうかは、したがって保証できないと思います。
よく「ネットフリックスが来ると、テレビ局が競争で喰われてしまう」という意見を見ますが、これはネットフリックス登場後、アメリカで起きた事をちゃんと調べていない不勉強な意見です。
一部では「コード・カッティング」と呼ばれるケーブルTVの解約も出ていますが、むしろ一般的なのはケーブルTVも観るけど、その上にネットフリックスもサブスクライブし、さらにアマゾン・プライムの会員にもなる......という風に「あれも、これも」視たい重複するサブスクリプションが主流となっているのです。
その一因は、タブレットなどの普及で、家族のメンバーが、皆、勝手に好きなものを観るというライフスタイルが普通になってきていることにあります。
実際、テレビ番組の制作会社は、ネットフリックスやアマゾンといった新しいコンテンツの買い手が市場に登場したことで商機が増えています。
懸念されたテレビ・コマーシャルの広告主の離反は、殆ど起きていません。2,000億ドルと言われる広告市場のうち、当初はそのかなりの部分がグーグルに代表されるネット広告にシフトすると思われていたのですが、実際には、どっこいTVのコマーシャルは健在で、むしろ最近ではグーグルの方が思うようにネット広告市場のパイが伸びず、あっぷあっぷしている様相を呈しているくらいです。
結果として、高品質のコンテンツを持っているエンターテイメント企業は、空前の好景気に沸いており、テレビドラマなどの分野では脚本家などのタレントの奪い合いが起きています。
ネットフリックスの費用のうち、もっとも大きいのはコンテンツ取得費用です。
コンテンツは映画会社、テレビ局などからストリーミング権を買ってきます。ストリーミング権は地域が限定されています。従って同社が海外進出する場合、海外でのストリーミング権を別に交渉する必要があります。当然、日本でコンテンツを持っているTV局などの企業も、ネットフリックスに対してコンテンツを売る新しいビジネス・チャンスが生じると思います。
ネットフリックスは「他社から古いコンテンツを買ってくるより、自前で連続テレビドラマなどを制作した方が、遥かに安くつく」という理由から、オリジナル・コンテンツをどんどん作り始めています。これは米国のコンテンツ・クリエーターの世界に、甚大でポジティブな影響を与え始めています。
同社は近く1,200億円相当の社債を発行し、そこで得た軍資金を国際戦略ならびにコンテンツ取得にぶち込むと思われます。市場環境が良いので社債の発行条件は同社にとって有利です。
なお、ネットフリックスの海外進出がブロードバンドのパイプならびに機器を提供する業者にとって大きなプラスになるかどうかは、なんとも言えません。なぜならストリーミングに際してネットフリックスは自前のCDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)を作ることもするけれど、とりわけ海外ではアマゾン・ウェブ・サービスを利用すると思われるからです。
(2015年2月15日「Market Hack」より転載)