建築史と紐解くホテルデザイン

中世から近未来まで、Tablet式建築基礎コースのおさらいを。あなたの個性と好みにぴったりの建築は、どんなスタイルですか?

建築というのは、単に屋根ある場所や個人空間を指す言葉でも、富と社会的ステータスを見せびらかす便利な方法というだけでもありません。その根底にあるのは、コンスタンティン・ブランクーシがごく的確に表現した通り、"居住できる彫刻"であるということではないでしょうか。そして、宿やホテルに関して言えば、それは、あなた自身も住んでみることのできる彫刻だということ。まずはここで、中世から近未来まで、Tablet式建築基礎コースのおさらいを。あなたの個性と好みにぴったりの建築は、どんなスタイルですか?

::: 改造したお城&シャトー :::

このスタイルの素晴らしい例のひとつは、フランス南東の「シャトー・ド・バニョル(Château de Bagnols)」。ボジョレー地方中央の、見事な田舎風景に囲まれたこの大邸宅。ご覧の通り、敷石から円錐の屋根の塔まで、典型的な中世のお城です。堀やとりでといった、おとぎ話の中に出てきそうな外観要素も、丁寧なリノベーション作業により修復され、中に入れば、時代特有のフレスコ画や贅沢なシルク、本物の17世紀絵画などがいたるところに。もっとプライベート感を求めるなら、典型的スコットランド様式の「アイル・オブ・エリスカ(Isle of Eriska)」へ。なんといっても、ここは離島にあるお屋敷。しかも全部で16室しかないから、至極のくつろぎと美しい景色がたっぷり楽しめます。

::: 近代化した修道院 :::

世間離れした生活を送っていると、夜はよく眠れるもの。しかも、起きている時間の共同生活風な過ごし方は、まさに世の中の素敵なホテルが普段目指しているところ。11世紀に建てられた「カステル・モナステロ(Castel Monastero)」は、かつて村と修道院だった場所。アーチ型天井や、どっしりとした梁を支える重厚で荒削りな壁が、今もそんな歴史を感じさせます。一方、オランダのマーストリヒトでは、デザイナーのヘンク・フォス(Henk Vos)氏が、15世紀の旧修道院を改造。ゴシック様式のこの威圧感ある建物の中に、ル・コルビュジェやフィリップ・スタルクの家具類を取り入れ、「クルーシュレン・ホテル(Kruisheren Hotel)」なる新しいデザイン・ホットスポットを完成させました。

::: トスカーナのヴィラ :::

誰もが一度は憧れるトスカーナの田園風景と、そこに構えられたシックなヴィラ。王子や貴族も納得の、ルネッサンス期のこれらの地所は、風化した壁さえも雰囲気たっぷり。青々とした丘の上から、何エーカーにも広がる手入れの届いたイトスギの木立と、あちこちにちょこんちょこんと佇むこけら葺の屋根の別棟を見下ろすようにして立っているわけです。数ある中でも、宿として生まれ変わる以前は、100年以上も廃墟となっていたという「ヴィラ・マンジャカーネ(Villa Mangiacane)」は特に良い例。地所も建物自体もとにかく広く、グランドツアー紀行のスケッチにでもありそうなイメージ。また、インテリアのディテールは、どれをとっても、まるで記念紙幣や宮殿の木版画にできそうな印象です。さらに古めかしさを強調しているのは「ボルゴ・サント・ピエトロ(Borgo Santo Pietro)」 。旧世界式の建築に始まり、素朴な家庭料理、田舎らしい和やかなサービスが評判です。

::: 老舗一流ホテル :::

一流高級ホテルは、オペラ座にも劣らないドラマチックな造りと、非の打ち所がないサービス、そして大概、想像以上の歴史的重要性を持ち備えているもの。例えば、ムンバイの「タージマハル・パレス&タワー(Taj Mahal Palace and Tower)」は、インド最高級のホテルであり、世界でも屈指の高級ホテル。アラビア海埠頭を目の前にした、建物の"顔"となっている面は(なぜかホテルの裏側ですが)、ルネッサンス風ドーム屋根やアーチ、そして繊細なパターンをたっぷり施した照明やディテールなど、いたるところに目を取られる要素が。また、お国変わってハンガリーの首都ブダペストでは、「フォーシーズンズ・ホテル・グレシャム・パレス(Four Seasons Hotel Gresham Palace Budapest)」にご注目。ハンガリー式アールヌーボーの傑作とも言えるこの建物には、建築に興味のない人でさえ思わず見とれてしまうはず。

::: ミッドセンチュリー・モダン :::

すっきりとしたシルエットに、柔らかな曲線。空白を考慮したこのスタイルは、狭くても、ちょっと不便な間取りでも、自然光と照明で雰囲気ある演出が可能な、インテリアデザインの新基準となりました。しかも、上手にまとまると、今でもこれまでになく新鮮な印象に仕上がります。そのいい例と言えば、コペンハーゲンの「ホテル・アレクサンドラ(Hotel Alexandra)」。ヤコブセン、ウェグナー、ユールといった著名デザイナーの椅子や家具が置かれた、まさにデンマークの1955年ベスト作のまとめ、といった空間です。一方、クールなイースト・ロンドンでは、テレンス・コンラン氏の手がけた「バウンダリー(Boundary)」が、堂々とした完成度を見せています。ひとつずつ近代デザイナーが手がけた客室は、それぞれ異なる仕上がりで、なにかしらデザイン界の代表的スタイルを反映しています。

::: 半野外の部屋 :::

「無駄なものはない方がいい」とはよく言ったもの。でも世の中には、それをちょっと極端なまでに体現したホテルが。例えばそれは、壁を取り払ってしまったホテル。カリブに浮かぶ島、セントルシアにある「ジェイド・マウンテン(Jade Mountain)」の客室は、壁をひとつ取り払うことで、世界遺産となっているピトン火山の景色が思う存分楽しめるようにデザインされています。この景観が望めるなら、あなたもきっと取り壊し業者を自ら呼びたくなるのでは。また、カリフォルニアはナパ北部にある「カリストガ・ランチ(Calistoga Ranch)」も、それに似た原則に基づき、客室コテージにひとつずつ、"屋外リビングルーム"を併設しています。もちろん、敷地内にはぶどう園も。自然の空気に触れながら地ワインをじっくり堪能してください。

::: 水上バンガロー :::

特に珍しいものではないけれど、ムードたっぷりの夕陽と穏やかな波に包まれ、朝はベッドから出てそのまま水に飛び込みたくなるような衝動を掻き立てるこの造り。やっぱりいつ訪れても気持ち良いものです。「ココア・アイランド・バイ・コモ モルディブ(Cocoa Island by COMO, Maldives)」は、その立派な完成形と言えましょう。スイートもヴィラも、それぞれ伝統的なドーニ船の形に造られていて、静かで、途切れることのないインド洋の風景にぴったり。もっと涼しい気候の環境で探すなら、スイスの「ホテル・パラフィット(Hotel Palafitte)」。ヌーシャテル湖の真上で、ガラスの床材を施した超モダンなバンガロースタイルの客室は、不思議なほどに心落ち着く空間になっています。

::: 次世代建築 :::

ホテルデザインは、伝統的な才能基準の物差しではないものの、近年、建築表現方法として、どんどん人気を増しています。根本的にホテリエは、単にゲストが惹かれる建物を希望しているわけで、その単純さが、建築家にとって、構造テクノロジーを考慮しつつも、時に未来的なまでに自由な考え方を持ってアプローチできる、格好のチャンスを与えてくれているわけです。その一例となっているのが、リカルド・レゴレータ氏の「ラ・プリフィカドーラ(La Purificadora)」。19世紀の浄水場を、容赦なくモダンに改築したこのホテル。屋上の30メートル・プールだけでも話題性たっぷりだけれど、建築好きの人なら、あえて加工せずに仕上げた外壁と、汚れないガラスと滑らかなメタルの美しいコントラストに感動するはず。最後に、タスマニアの「サファイア・フレイシネット(Saffire Freycinet)」も再訪しておきましょう。エイの形をした、ちょっと風変わりなコールス・ベイの名物建築。この土地の感動的な地形には若干劣るものの、大胆な曲線や上品なミニマリズムには目を見張るはず。これだけ未来的なデザインだと、到着手段はテレポートです、と言われても納得してしまいそうです。