イタリアで、憲法改正の是非を問う国民投票が行われる。改正案は上院の定員を今の315人から100人に減らし、議決権をほぼ下院に集中させ、議会制度を事実上の一院制に変えるという内容だ。マテオ・レンツィ首相はかつて「国民投票で否決されれば辞任する」と発言している。
投票はオーストリアの大統領選と同日の12月4日に実施される予定だ。チプラス首相の元で行われたギリシャの国民投票、ブレクジット、そしてトランプ氏を勝利へ導いたアメリカ大統領選挙と、世界中で重要な票決が次々と行われる中、イタリアの国民投票とオーストリア大統領選で、一連の流れが終局を迎えることとなる。
イタリアの国民投票の重要性は大きい。熾烈なキャンペーンの真っ只中で行われるこの投票は、レンツィ首相の命運をも決定づける。彼は賛成派の勝利に全力を傾けており、今回の投票結果は欧州、イタリア、そして民主党の将来に影響するだろう。
イタリアはEU創設に関わった国の一つだ。EUが要請する重要な改革の一つに「ノー」を突きつければ、不安定な欧州社会にまたもや揺さぶりをかけることになりかねない。 反対派の勝利がユーロに最後の一撃を食らわせ、イタリアは統治性を欠いた暗い時代に突入するかもしれない。
その一方、改正案が可決されれば平和な成長がもたらされるかというと、必ずしもそうではない。賛成多数となれば、政治的紛争や、総選挙の前倒しというよりドラマティックな展開につながる可能性がある。賛成派が勝利する可能性は低いものの、各国で政治の「ブラック・スワン」(ありえないこと、予期せぬ出来事)が起き続けている状況を鑑みれば、全くありえないことではない。
国民投票を提案したレンツィ首相は皮肉にも、欧州を攻撃の的にしてきた。景気が上向かない中、EUの官僚を攻撃するのはイタリアの有権者たちを刺激できる数少ない主張の一つだ。EUは格好の的であり、ナショナリズムは常に、弾の込められた武器のようなものである。しかし、それで済むだろうか。各国の有識者が鳴らす警鐘は、ますます高まる経済不安の改善に向けてレンツィ首相を後押しすることができるのだろうか。
今回の国民投票の結果は、レンツィ首相の率いる民主党だけでなく、欧州とイタリア政府にも広範囲な影響をもたらすことになる。いずれ憲法改正が提起されることは明白だった。イタリアの政治システム簡略化を望まない人などいるだろうか? しかし、改正案は多くの議論を呼んでいる。改正案の中で最も重要な、賛否両論を生んでいるポイントを見てみよう。
いわゆる「完全二院制」の廃止(これにより、同等の権力を持つ両院の間で法案がいつまでも差し戻され続けるのを防ぐ)を求める人々と、上院の撤廃を望む人々がいる。
一見すると、この問題全体があまりに専門的で退屈なものに思えるが、レンツィ首相がこの話題を自らの進退と関連付けたことで、議論は一気に加速した。「もし反対多数の結果が出れば、私は辞任する」という彼の不用意な発言が、政敵の関心を集めたのである。レンツィ首相を支持しない人々は、今回の国民投票は首相を辞任させるチャンスだと捉えている。
マテオ・サルヴィニ氏が率いる、イタリア北部の自治拡大を主張する右翼政党北部同盟や、ベッペ・グリッロ氏率いる、ネットを中心に若者たちの支持を集めている五つ星運動など、レンツィ首相の昔からの政敵であった大衆主義政党はいま、レンツィ氏のあまりに横暴なやり方に反感を抱く複数のグループから支持されている。
改正案の検討作業から除外された著名な憲法論者たちは、レンツィ首相を好ましく思っていない。左派の一部、そして中道左派にも同じことが言える。たとえば、ジョルジョ・ナポリターノ元大統領は当初賛成を表明していたが、レンツィ首相が投票に個人の進退を絡めたことには難色を示した。シルヴィオ・ベルルスコーニ元首相でさえ、今では反対派を支持している。
すでに述べたように、この国民投票の結果は、レンツィ氏率いる民主党のみならずヨーロッパとイタリア政府の全体に影響を及ぼす。レンツィ氏が書記長を務める民主党自体も、この改革を巡って分裂が進んでいる。かつて党のリーダーを努めたピエル・ルイジ・ベルサーニ氏やダレマ元首相は改正反対運動を率いており、党内での対立が予見される。どちらにせよ、党への痛手、分裂の危機、反感や軋轢、政治抗争の可能性は避けがたい。
一見したところでは、これは典型的な「ひとり対その他全員」の筋書きに思えるかもしれないが、実際には少し違う。首相の提案する改革に、全員が反対しているわけではない。有権者のうち大きな割合を占める退職者層と企業団体は、憲法改正に反対していない。自らの政策によって変化がもたらされると有権者たちを説得できれば、レンツィ首相にもチャンスはある。
トランプ氏の勝利によって、世の中の流れは少々変化した。大衆主義が力を増し、レンツィ氏は自らを反体制の人物として民衆に売り込もうとした。しかし問題は、今まで彼自身が体制側の人間と見られてきたことだ。
最後に、投票を棄権する人々の影響も甘く見てはいけないと言っておこう。今回の国民投票をめぐる演説や議論は、国にとって何が最良なのかを探る議論というより、ギャングの抗争じみた印象を有権者たちに与えたかもしれない。
浮動票、そして海外居住者票の動きが、このゲームを決する要因となるだろう。確実に言えるのは、12月5日からのヨーロッパ、イタリア、民主党は、もうそれまでと同じではないということだけだ。
ハフィントンポストUS版より翻訳加筆しました。