森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を幅広く発信しています。4月号の「時評」では、京都学園大学教授・京都大学名誉教授の森本幸裕さんに、環境省が重要里地里山を選定した意味と今後への期待について論じていただきました。
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環境省は重要里地里山(生物多様性保全上重要な里地里山)を500カ所選定して、昨年暮れに公表した。生物多様性の「第2の危機」、つまり社会経済の変化で自然への働きかけが縮小後退して、生物多様性が劣化する危険性とその対応の必要性を、「新・生物多様性国家戦略」が位置づけたのは2002年のことだった。10 年以上かけてやっと守るべき拠点が整理されたことになる。
●選定地の一つ、大原野森林公園(京都市)に群生するヤマブキソウ。群生地の保全活動は今回の選定が追い風となろう=森本幸裕さん提供
氷期の生物相を伝えるとも言われる里地里山の生物相が姿を消していった過程では、同時に様々な課題が生起した。マツ枯れ、植生遷移、モウソウチクの侵略種化、ナラ枯れ、獣害等、問題は一筋縄ではいかなかった。人手が入らなくなった里の生態系の変化は速く、多様な全国の里地里山のどこをどのように守っていけばいいかという課題は難問なのだ。
生態学の世界でも、里山は劣った自然という理解がかつては一般だった。しかし、意外にも焼き畑や薪炭林、水田耕作に伴う秣場(まぐさば)など、定期的な攪乱が氷期以来の豊かな生物相を保全していたという、目から鱗の現実を丁寧に論証した守山弘さんの著作『自然を守るとはどういうことか』(1988)は、生態学と自然保護活動の一大転機をもたらした。雑木林の春の女神や妖精ともいわれるギフチョウやカタクリの敵は、土地造成だけではなく管理放棄だったのである。
事態は悪化の一途をたどる。そんな中、継承すべき里の重要性の尺度には「生物多様性」「景観」「人の営み」の3種あることを明瞭に宣言して、優れた里の顕彰をしようとしたのは「にほんの里100選」(朝日新聞社と森林文化協会主催:2009)だった。
この成果は、人の営みが里の生き物を育む美しいあり方を100種類示しただけではない。公募ではなんと2000カ所以上の候補地がノミネートされた。継承しようとする人と場所が予想に反して少なくなかったことを、100選の選定委員長で映画監督の山田洋次さんは「幸せな勘違い」と評された。
だが、国土の4割も占めるとの試算もある里地里山の生物多様性の保全は、そうした思いだけでは不可能だ。文化庁は2004年に、棚田や里山など人と自然の関わり合いの中で作り出された「文化的景観」を文化財として位置づけて守る枠組みを提供したが、「重要文化的景観」はまだ全国で50件(2015年現在)しか指定されていない。
こうしたことを背景に、環境省には守るべき里地里山のリストアップが要請されていたわけだ。科学の世界からも、土地利用の多様さから生物生息環境の多様性を評価しようと「さとやま指数」を国立環境研究所等が開発した。だが、その評価結果と各地の専門家の実感との整合性が高くなかったのは、里の多様性の裏返しとも言える。
そこで今回は、そうした知見やこれまでの顕彰履歴、多数の専門家(13名)の検討によって、原則として三つの選定基準「多様で優れた二次的自然環境を有する」「里地里山に特有で多様な野生動植物が生息・生育する」「生態系ネットワークの形成に寄与する」で選定が進められた次第である。難産だった500カ所だが、どんどん活用されることを期待したい。