日本の基幹送電線 本当はガラガラなの?/「満杯で自然エネルギーは入らない」というが、実は…

実潮流で見ればまだまだ余裕

自然エネルギー業界にはこんな小話がある。題は「行列のできるソバ屋」。

あるところに長い行列ができるおソバ屋さんがあった。店員が店から出てきて、「しばらく席は空きませんよ」と叫ぶ。しかし、あまりに列が動かないので、ある客が店の中をのぞいてみると、中に客はほとんどいなかった。ただ、すべてのテーブルの上には「予約席」のプレートがあった。しかし、予約した客は誰も来ない......。

「満杯」という東北電力ショック

ここでいうソバ屋は送電線をもつ電力会社。行列に並んでいる客は、太陽光や風力など、自然エネルギーでの発電を計画している事業者だ。発電所を送電線に接続したいので順番を待っている。しかし、電力会社は、「送電線の容量は満杯で、全く空きはありません」といい、自然エネルギー事業者は諦めざるを得ない。

これは日本で今起きている状況だ。例えば、東北は自然エネルギー発電の適地だが、東北電力は昨年5月、青森県、岩手県、秋田県などで「基幹(太い)送電線が満杯になった」として50kW以上の発電設備の送電線への接続を停止した。住宅用の小規模太陽光などは対象にならない。

安田陽

東北で自然エネルギーの新事業を考えていた多くの事業者は驚き、嘆いた。業界で「東北電力ショック」といわれる事件だ。

「送電線が満杯なら仕方がないな」と多くの自然エネの事業者が諦めているが、本当に満杯なのか。京都大学大学院経済学研究科再生可能エネルギー経済学講座の安田陽、山家公雄両特任教授は、昨年9月から今年8月までの1年間について、東北の太い送電線の実際の利用状況を調べた。

進みつつある電力自由化の中で、電力広域的運営推進機関(OCCTO、オクト)という電力の広域移動を管理する機関ができ、ここが昨年から、50万Vと27万5000Vの太い送電線については、実際に流れた電気の量を公開するようになっている。

実潮流で見ればまだまだ余裕

両教授の分析では、驚くような結果が出た。送電線はほとんど使われていないのである。分かりやすいように、電力会社が「空き容量はゼロです」と公表しているルートだけを見てみる。

安田陽

50万Vでは、十和田幹線(上北~岩手)で実際に流れた量は、送電線で流せる最大量の2㌫でしかなかった。北上幹線(岩手~宮城)では3.4%だった。

27万5000Vでは、秋田幹線(秋田~羽後)が11.4%、山形幹線(新庄~西山形)が4.8%、北青幹線(上北~青森)が7.5%など軒並み低く、最大でも北奥幹線(能代~青森)の18.2%だった。

この数字は、「満杯」どころか、「ガラガラの状態」を示している。なのに、なぜ「空き容量ゼロ」になるのだろうか。

そこには数字上の仕掛けがある。送電線の利用状況を計算する時、電力会社は実際に流れた

電気、流れると想定される電気の量で考えるのではなく、これらの送電線につながる発電所がすべてフル運転に近く発電するとして考えているからだ。

つまり実際に流れる電気の量「実潮流」ではなく、すべての発電所が「定格出力」か、それに近い運転をすると考えて、足し算をしている。さらに事故があった時、停電を避ける安全対策として、かなり空けている。このため「この送電線はもういっぱい」となる。

しかし、安全のためとはいえ、常時8割も空けておくのは効率的ではない。

欧米では一般に「実潮流」で考えているため、こんなにおかしなことにはならない。

安田教授らは、北海道においても同様の分析を試みた。結果はほぼ同じだった。

電力会社が「空き容量ゼロ」としている27.5万V(北海道で最大)の「道央南幹線」の利用率が9.5%、「道南幹線」の利用率は10.9%など、主要幹線の利用率は最大でも15%程度だった。

まだ新しい送電線がいるの?

分かってみれば話は単純だ。「なんだそうなのか。実潮流で考えて、工夫をすれば、自然エネルギーはまだまだ入る」と思うだろう。

東北電力が今年初め、自然エネルギーの枠として280万kWを募集したところ、太陽光、陸上風力、洋上風力など344件、計1545万kWの応募が押し寄せた。自然エネルギーの潜在力は大きく、やりたい事業者がまさに列をなしている。

しかし、議論はおかしな方向に向かっている。形の上で「空き容量ゼロ」となった場所に発電所をつくろうとする事業者には、「新たな送電線の建設」を求めているのである。冒頭の「ソバ屋」の小話でいえば、「ソバを食べるために、行列している客自らが、もう一軒ソバ屋を建設する」ということだろう。

市民が中心になって国内各地域で自然エネルギー発電を推進する一般社団法人全国ご当地エネルギー協会は、このほど「空き容量ゼロ」と「送電線の工事負担金」についてアンケートを行った。その結果、いくつもの場所で高額の工事負担金や、ビジネスが成立しない長い工期が提示されていることが分かり、全国的な議論を呼びかけている。

大規模な空きを持ったままで新たな送電線を建設するとすれば、無駄になる可能性が高い。さらには不公平という問題でもある。「送電線は、既存の発電事業者を過度に優遇し、新規参入の発電事業者を強く拒んでいる」ということだ。

こうした指摘に対して、東北電力は「OCCTOのデータだけで設備増強の要否を評価すべきではない」としている。もっとさまざまな要素があるということだ。もちろんそうだろうが、それにしても「空き」が大きすぎる。他のデータも公開して、分かりやすい議論をすべきだろう。

ただ、「空き容量はゼロ」という送電線の状況の異常さに経済産業省も気づき、「もっと接続できる新ルール」を考え始めた。変化に期待したい。

安田教授はこうコメントしている。

「本来、送電事業は中立で公平でなくてはならず、特定の新規発電方式に対して送電線への接続を制限したり、送電線の増強費用を転嫁したりする現在の方法は、技術的にも経済的にも合理性がないといえる。さいわい、経済産業省も新しい運用方法を提案しており、従来の古いやり方が改善される機運が高まっている」

これまでも、津軽海峡をわたる海底送電線など、電力会社間の連系線がほとんど使われていないといった、さまざまな問題が指摘されていたが、議論は深まらなかった。具体的なデータが出てきたことで、やっと実のある議論が始まろうとしている。

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