90年代から00年代にかけて起こったソフトウェア+インターネット革命は、家電、通信、出版、音楽、小売などの複数の業界にまたがって大きな影響を与えて来ましたが、自動車産業はその変化から比較的免れることが出来ていました。
従来型のガソリンで走る自動車が構造的に非常に複雑なため、部品メーカーを傘下に置いた垂直統合型ビジネスでしか規模の経済が働かず、新規参入を難しくして来た、というのが一番の原因です。
消費者が地元のディーラーから購入し、その後はディーラーはメンテナンスで利益を上げるというビジネスモデルも、(Amazon により駆逐されてしまった書店などと違って)自動車産業がインターネットのもたらす過酷な競争から免れることが出来た理由の一つです。
しかし、ここに来て、3つの変化が自動車産業に大きな「進化圧」をかけています。
一つ目は、電気自動車です。電気自動車といえば、「排ガスや CO2を出さないエコカー」というイメージが先行していますが、注目すべきなのは、それがもたらすだろう業界構造そのもの変化です。部品数がガソリン車よりも少なく、部品の標準化が可能な電気自動車は、業界全体を、これまでの垂直統合型ビジネスから、パソコン業界のような水平分散型ビジネスへとシフトさせます。
つまり、「電池」や「モーター」や「電源コントローラ」などの部品を専門に作る企業数社がグローバルな市場で寡占状態を作って戦い、電気自動車のメーカーはその手の部品を調達して組み立てて販売するという役割に徹する、という世界が来るのです。Tesla Motors が莫大な資金を投入して、リチウムイオン電池のギガファクトリーを作るのも、そんな時代を見据えての投資なのです。
また、メンテナンスがほとんど不要な電気自動車の場合、ディーラーの存在価値が大幅に下がるので、Tesla Motors がやっているようにオンラインでメーカーが直売することが理にかなっているのです。
ディーラーにとってみれば、電気自動車を販売したところで、後々のサービスビジネスに繋がらないのでガソリン車の方を売ろうというインセンティブが働いてしまうのです。そのため、既存の自動車メーカーがいくら電気自動車を開発しても、ディーラーネットワークに頼って販売している限りは、急速なシフトは望めないのです。
Tesla Motors が直売で成功していることを今は横目で見ている既存の自動車メーカーの経営陣が、「うちの会社も電気自動車だけは、オンラインで直売するしかない」という痛みを伴う改革を決断する日も遠くないと私は見ています。
つまり、電気自動車は「垂直統合型の自動車メーカーとディーラーネットワーク」というビジネスモデルそのものを破壊する可能性を持っているのです。
二つ目はスマートフォンによる車載機画面の乗っ取りです。Apple の CarPlay や Google の Android Auto が代表例ですが、音楽などのエンターテイメントサービスだけでなはく、カーナビや行き先検索などの運転支援の部分まで、スマートフォンが担当するようになって来ています。このままでは、スマートフォンが通信事業者にもたらしたように、「運転者の体験は、自動車メーカーが提供してしているソフトウェアではなく、繋いだスマートフォンで決まる」時代が来ても不思議ではありません。
これは「 iPhone を持っている限り、通信事業者がどこであろうとユーザー体験は同じ」というスマートフォン・ショックと同じ話であり、これが水平分散型ビジネスを加速する電気自動車と組み合わさった時には、自動車産業そのものを一気にコモディティ化してしまう危険すらあります。
そして、その一歩先には、Google や Apple が自動車メーカーとして自動車産業に参加してくるという世界があります。大きなリスクを伴うので、簡単な話ではありませんが、部品を調達すれば誰にでも作れてしまう電気自動車の世界において、最も重要なのはその上で走るソフトウェアやサービスであり、それこそ Google や Apple が得意とするところです。
特に「Apple Cult(信者)」と呼ばれるまでの熱烈なファンを抱えた Apple は、コモディティ化が進む電気自動車市場で、ブランド力と(ソフトウェアを使った)エコシステムの力で、高付加価値な製品で利益率の高いビジネスをすることが誰よりも得意な企業であり、その参入のインパクトは iPhone が携帯電話市場にもたらしたのと同じような規模のものになる可能性が十分にあります。
三つ目は、カーシェアリングです。米国では、ZipCar や Uber、日本ではコインパーキングのタイムズが始めたタイムズカープラスが急速に伸びていますが、これが意味するものは、消費者の間に「自動車は所有するものではなく、必要に応じて使うもの」という意識が目覚め始めていることを意味します。
日本には高度成長期に「マイカー」という言葉がありましたが、これは「自分の車を持つ」ことが社会的なステータスシンボルであった時代だからこその言葉です。
しかし、経済的に考えれば、週末にしか使わない自動車を所有すること自体が大きな無駄だし、自宅に駐車場がない人にとっては、駐車場代も大きな出費です。それに加えて、メンテナンス費用や行き先での駐車場代などを考慮すれば「必要な時にだけ借りる」もしくは「必要な時にだけタクシーやUberを使う」方がはるかに安上がりなのです。
日本にはすでにタクシーを使う文化がありますが、一部の都市部を除いて「流しのタクシー」を捕まえることが難しかった米国にとっては、Uber の誕生は、人々のライフスタイルを根本から変えてしまうほどのインパクトを持っているのです。
この三つだけで、進化圧としては十分で、ここから10〜15年の間に自動車産業そのものが大きな変化を遂げるだろうことは、ほぼ確実ですが、その先に来る「(法規制も含めて)市街地を走ることの出来る自動運転車」と、そして、それによって可能になる「無人タクシービジネス」は、「個人による自動車の所有」という文化を先進国の市街地から消し去ってしまうほどのインパクトを持っていると私は見ています。
市街地での自動運転が実用化されれば、(20~40年ぐらいかかるかも知れませんが)最終的には、市街地には運転手の乗っていない自動運転車だけが走るようになると私は見ています。利用者はいつでも必要な場所に自動運転車を呼び出し、目的地に着けば(駐車場のことなど心配せずに)乗り捨てることができます。これにより、事故はなくなり、これまで駐車場だったスペースが有効活用できるようになります。
つまり、自動車は「持つもの」から「必要に応じて借りるもの」に変わるどころか、地下鉄と同じように都市のインフラとなって、純粋な「必要な時に利用するサービス」へと変わるのです。
こんな大きな変化が起ころうとしている中で、既存の自動車メーカーが今何をすべきで、これからどんな分野に投資して行くべきかは、とても重要なテーマです。何もしなければ、日本の家電メーカーがたどったのと同じ道を歩むことになることは明らかですが、では、どのタイミングで何を捨てて何に投資をして行くのか、という経営判断になると簡単ではありません。
いずれにせよ、確実なのは、ソフトウェアやネットを活用したサービスがこれからますます重要な役割を果たすことだし、自動車メーカーといえども「ものを売る」ビジネスから「サービスを提供する」ビジネスへのシフトをして行かなければ生きれないということです。
(この記事は、株式会社まぐまぐから発行されている「週刊 Life is Beautiful」の10月27日号から抜粋したものです)