■「どんな味がするかは秘密です」というエビを食えるだろうか
ある飲食店でアルバイト店員が大型食器洗浄器に体を突っ込んだ画像は、瞬く間にネット上を駆け巡り、その店は世間からの一斉の突っ込みに耐えきれず、廃業を余儀なくされた。有名ホテルや老舗デパートでの産地偽装は、信じてたのに、という消費者の失望があちこち飛び火を繰り返している。これほどの集団リンチ的な反応を前にすれば、あらゆる客商売はますます慎重さが求められていく。嘘やミスは一切許されない。この緊張感を「お・す・そ・わ・け」したいのが、特定秘密保護法案を急いで"偽装"する現政権。わずか15日間の間に9万480 件ものパブリックコメントが寄せられ、そのうち反対が77%だったにもかかわらず、自民党プロジェクトチーム座長の町村信孝元官房長官は、その意見を「組織票」だと掃き捨てた。
本来、比較対象ではないが、敢えてこんな比較してみたい。小さな飲食店は即物的な突っ込みに耐えきれず廃業した。一方、大きな権力は建設的な突っ込みを鼻で笑い廃案にするつもりなど毛頭無い。車エビと偽ったブラックタイガーを食っても、腹は壊さない。しかし、国民の安全という大義名分を偽った特定秘密保護法案は、国民の身動きを確実に規制していく。いつもながらのアメリカからの輸入品を堂々と国産品ラベルに張り替えて偽る特定秘密保護法案、ブラックタイガーどころの騒ぎではない(もちろんこっちも問題だが)。言うならば、国民に対して「どんな味がするかは秘密です」というエビを、強制的に食べさせようとしているわけだ。誰がそのエビに箸を付けるだろうか。
■ホテルのオーナーが「これは車エビです!」と開き直るような法律
政府の横暴さと稚拙さが際立ったのが、この法案の客観性を担保するために「第三者的機関」として関与するのは首相、とした点。石破茂幹事長の説明が苦しい。「首相は『国民から選ばれた国会議員』だとして『行政そのものとは少し出自を異にする。第三者的な言い方は可能だ』との見解」(朝日・11月20日)を示した。これを産地偽装の話に転換すれば、こういうことになる。ホテル内のある店舗がどうやら車エビをブラックタイガーと偽っているらしい。厨房へ行くと、車エビなんてどこにもありゃしない。料理長がオーナーに謝りつつ、こう言う。「コスト的に厳しいんです。これを公表するとおそらく、オーナーのところに非難が殺到すると思いますが......すみません」。ホテルのオーナーは、マスコミの前でこう発表する。「えー、第三者の目線で調査しましたが、全て車エビでした」。逆も然り。オーナー側から、ブラックタイガーを使って車エビとして売り出せ、と料理長に指示が行く。末端の見習い料理人は、これでいいのかと思いつつも文句を言うことなど出来ない。いや、レストランならば、その厨房を抜け出て、告発することができる。しかし、特定秘密保護法下では、その告発は漏洩として罰せられる。単純なことだ、ホテルのオーナーがホテルの組織を第三者的に見ることなど絶対に出来るはずがない。要は密室の戸締まりを強化したいだけだ。部屋の中にいる人だけで話を済ませてしまえば、部屋の外に出る人はいないのだから、秘密はどこまでも守られる。
■「生モノなので賞味期限は来週までです」という大ウソ
砂川浩慶・立教大学准教授(週刊金曜日・11月22日号)が指摘しているが、この法律を何が何でも今回の臨時国会内で成立させたいのには訳がある。「1月の通常国会では来年度予算審議・予算関連法案が優先される」ので、「臨時国会で継続審議となった場合、3月の予算審議終了以降の審議となる」。大急ぎで法案を通過させたいのは、お察しの通り、議論を深めれば深めるほど、この法律の「粗」が国民の隅々にまで届いてしまうからだ。政府は急ぎ足で法案を通過させて、あとあとで微調整しますんで、との意向を隠さない。担当閣僚の森雅子氏は「さらなる改善を今後も、法案成立後も尽くしていく努力もしたい」(朝日新聞・11月16日)とし、菅官房長官は森氏をフォローするように「法案成立後、運用の段階で不断の見直しを行なっていくのは、ある意味で当然のこと」(同記事)と開き直った。
これまた無理矢理にでも食品偽装云々の話に寄せ付けてみる。今すぐ食べないとダメになっちゃうんで(=今すぐに法案成立しないとすぐにでも隣国が攻めてくるかもしれないので)、賞味期限は来週までです(=こちらで取り急ぎ決めさせていただきます)、ということ。4月になれば消費増税が待ち構え、景気及び内閣支持率が冷え込む可能性と向き合わなければならなくなる政権にとって、3月の予算審議終了後にこの法案を議論することはリスクを伴う。生モノなので賞味はお早めに、とお得意の危機感煽り作戦に出ているが、本当に生モノならば、現行の国家公務員法や自衛隊法の罰則規定を見直せば、その賞味期限内に対応出来たではないか。
■カツアゲを止めに入って、有り金をわたして帰ってきた「維新の会」
野党のへっぴり腰には呆れてモノが言えない。第三者的機関として首相が指定されたことをみんなの党の渡辺善美代表は、「(首相は)国民が政治の最終決定を行う多数派を選び、その多数派が国会で選んだ存在だ。政権が代われば洗いざらいチェックにつながっていく」(朝日新聞・11月20日)としているが、民主主義を悪用する懸念に目を向けない、あまりにもヌルい解釈だ。維新の会の橋下徹代表は反対しつつも、「今さら言っても仕方ない」と匙を投げてしまった。維新の会は、修正協議に臨む際に、特定秘密の指定期間を「30年以上延長できない」としていたのに、「60年たったら原則として解除」と"倍返し"され、合意してしまった。カツアゲを止めに入ったくせに、有り金を全て渡してトボトボ帰宅したようなものだ。橋下氏のお得意の恫喝は、マスコミの記者や露骨な反対勢力にしかできないらしい。彼を支持する人たちが口にしてきた「威勢の良さ」は、決して権力の中枢に対しては放たれないことが今件からも分かる。
■たかがおバカ写真で、店を廃業させる攻撃力があるならば
特定秘密保護法案は、産地偽装を繰り返す。いや、解釈の余地をあちこちに残して、産地すら分からなくする。ブラックタイガーか車エビかを密室で判断し、その時々に応じて、偽装する。おいおいそれはブラックタイガーじゃんかと外から探ったり内から漏らしたりすれば検挙される。きな臭いウワサが立てば、えっと、あれれ、エビって何のことですかと、とぼけることもできる。それを第三者的に判断するのが、ホテルのオーナー(首相)だという。安倍首相や森雅子担当大臣は、この法案は国民個人には関わってきませんので、と繰り返す。15日間に寄せられた6万9579件の反対意見に対して、たったのA4判2枚でパブコメ結果をまとめて逃げ切ろうとする政府の「まあまあお静かに」を信じてはいけない。
敢えて、皮肉たっぷりにこういう言い方をしたい。たかが食器洗浄器に体を突っ込んだのを見つけたくらいで、その店を廃業に追い込む攻撃力が国民の突発的な機能として備わっているのならば、或いは、たかがブラックタイガーを車エビと偽装したオーナーを袋叩きにする攻撃力がマスコミにあるならば、この特定秘密保護法案の明らかなる横暴こそ、国民とマスコミが一致団結して廃案に持ち込まなければならない。