■議論が深まる前にそそくさと通しておきたかった
それにしても、「特定秘密保護法案」とはネーミングが悪い。その法案名を易しくほぐしてしまえば、「とりわけ内緒にしたいことを外に出さないように内々で守らせていただきます」。3.11以降、諸々の隠蔽体質にようやく気付いてきた国民に向けて、こう銘打って、突っ込まれないはずが無い。1985年に議員立法として提出されるも廃案となった通称「スパイ防止法案」の正式名称は「国家秘密等に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(当初は「防衛秘密に係る〜」だった)だが、こうして名義からはぐらかすこともせず「特定秘密保護法」と単刀直入に攻めてきたのは、なぜなのか。今となれば、数の論理での勝利が確約されている自信からなのだろう、と邪推できるが、この法案の歴史はそう短くない。海渡雄一・前田哲男『何のための秘密保全法か』(岩波ブックレット)によれば、この秘密法制についての議論がスタートしたのは2006年6月、自民党政務調査会での「国家の情報機能の強化に関する検討チーム」提言だ。第一次安倍政権からの宿題でもある。
しかし、この段になって、たった2週間のパブリックコメント期間を終え、ようやくやんやウルサく噛み付き始めたマスコミや世論に配慮するように、後付けで「知る権利」と「報道の自由」を明記する調整に入ったと聞けば、本心が見え透ける。とにかく、議論が深まる前にそそくさと通しておきたいのだ。
■宮沢賢治「注文の多い料理店」のごとし
元・経産省官僚の古賀茂明氏は『週刊現代』(10月5日号)のコラム「官々愕々」で、そもそも官僚はパブリックコメントを、「『全く無駄な作業』『単なるアリバイ作り』」としか考えていないとし、今回のパブリックコメントについては「都合の悪い内容を表で議論されるのをなるべく抑えたい」ために行なわれたにすぎないと断じている。国民が五輪招致決定の狂想曲に踊らされたタイミングに合わせて「パブリック」を募ったのはさすがに偶然と思いたいが、極めて短期間、同じ与党の公明党にすら了解を得ずに進められたこの法案の〝駆け足〟感は、どこまでもきな臭い。
安倍首相は、パブリックコメントを募る前の8月26日の時点でこの法案について「報道の自由も勘案しながら、海外の事例を検討し、議論していく」としていた(9月19日・朝日新聞朝刊)。にもかかわらず、パブリックコメントが終了する段階に至るまで「報道の自由」についての記載を具体的に検討することを明言しなかった。そんなものは入れずに逃げ切れる、と考えていたと推測するのが自然だろう。
宮沢賢治の「注文の多い料理店」のようだ。つまり、ひとまず、本音を隠した言葉を並べて、前へ前へ、歩かせようとする。本当の目的が明かされるのは、最後の最後だ。
「いろいろ注文が多くてうるさかつたでせう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかからだ中に、壷の中の塩をたくさんよくもみ込んでください」
と、気付かぬうちに、後戻りできなくなる。手の平の上で管理される。いちいち大げさと思われるかもしれないが、「何が秘密となるかは、まだ秘密です」という法案を前にして、大げさに構えておくのは懸命な態度だろう。先述の古賀氏のコラムでも指摘されているが、この法案は自民党の憲法改正案と合わせて考えるべきだ。「21条・表現の自由」に「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」との追記をもくろむ政権であれば、塩をたくさんよくもみ込んで、体を差し出す最後がやって来ないとは断言できない。
■「原発はあのぅ、民間の電力会社の話ですからねぇ」
TBS『報道特集』(9月21日)を見て、驚いた。磯崎陽輔首相補佐官が金平茂紀キャスターに、原発の情報は「特定秘密」になるのだろうかと問われ、こう答えている。敢えて議事録のように、聞こえたそのままに起こしてみる。
「原発はあのぅ、国家安全保障の直接の対象ではありませんから。民間の電力会社の話ですからねぇ、そういうのが秘密になることはありません」。
この発言は、しっかりと記憶されるべきだ。本心であっても偽っていたとしても、この発言は大きな問題である。
実際には原発に関する情報も特定秘密に組み込んでいく、と考えているくせにこの発言をしたとしたら、その場限りで逃げたわけで国民を騙したことになる。逆にもし、本心で「原発は対象にならない」としたのだとすると、この法案の4つの事項である「(1)防衛(2)外交(3)外国の利益を図る目的で行なわれる安全脅威活動の防止(4)テロ活動防止」とはそもそも何を想定しているのか、ますます怪しくなる。素人考えでも、あれだけの事故を起こして脆弱さを世界中に晒した原発が、この(1)〜(4)の全てに即座に絡んでくることは想像に易い。この磯崎氏の発言は、「これは秘密です」と指定する権限を持つ側が、特定秘密をいかにあやふやなまま動かそうとしているかを早速〝ダダ漏れ〟にさせた見解と言える。
■「レジリエンス・ジャパン」の意味
最寄り駅に貼られたポスターを見て、思わずのけぞる。内閣官房国土強靭化推進室が作成したポスターだ。なでしこジャパン佐々木監督がキリッとした強い眼差しで写るそのポスターにこんなスローガンが掲げられている。
「レジリエンス・ジャパン 国土ニッポン強靭化キックオフ!」。
馴染みのない横文字なので「レジリエンス(resilience)」の意味を調べてみる。復元力や回復力という意味を持つようだが、「近年は特に『困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力』という心理学的な意味で使われるケースが増えています」(人事労務用語辞典)とある。生き延びるためにしなやかに適応して下さい、と国民に訴える「レジリエンス・ジャパン」。この感覚は、まさに特定秘密保護法案のアティテュードとリンクするだろう。特定秘密保護法案の処罰対象に、「教唆」「扇動」が含まれることに注視すれば、適応しようとしない人たちに余計な事を言わせないようにする、という〝心理的な意味〟が浮き上がってくる。
■逃げ切り制定を許さないために
この法案によって、まず生まれるのは「躊躇」だ。躊躇は、法律とちがって数値化できない。「これは言うのをやめておこう」「もしかしたらなんか言われるかもしれないから黙っておこう」......公務員たちは最終的に定まる文面よりも「空気」や「雰囲気」を敏感に感知して、たとえ社会を正すための内部情報であろうとも、保身のためにゴミ箱へクシャポイする選択をするだろう。その躊躇が法律と仲良く絡み合い、その絡み合いを前に報道側は自粛する。
「完全にブロックされている」と、どこかのプレゼンで空言を吐いた安倍首相だが、こちらについてならば、本当に「完全にブロック」できるかもしれない。9月23日の毎日新聞は、保存期間が過ぎた秘密文書がそのまま廃棄される恐れがあることを指摘した。なんと、「保存期間満了後の文書の取扱規定」を盛り込まずに、省庁ごとの判断で廃棄できるようにする可能性があるという。
9月19日の朝日新聞の記事にあるが、弁護士や主婦らでつくる市民団体が名古屋市内で同法の賛否をシール投票で問うたところ、計148票のうち、反対68票・賛成15票・わからない65票だったという。政府の思惑どおりだ。つまり、彼らは「わからない」の分母をいかに保ったまま通してしまえるかを練っている。この法案を熟考させれば、多くが反対するに決まっているからだ(賛成・反対だけに絞れば上記のアンケートの反対は82%だ/ただ、時事通信が行なった世論調査では「必要だと思う」と答えた人は63.4%だったが......)。
半数近い「わからない」人たちがこの法案を知らせることが何よりも大事になる。この法案の逃げ切り制定を許さないために、メディアはしつこく、くどく、何度でもこの危険性を訴え続ける必要がある。