大豆イソフラボンは乳がんリスクを上げる? 下げる?(大西睦子)

私たち日本人の食生活の基本とも言える豆腐や味噌、醤油、納豆などの大豆食品。良質な植物性タンパク質や脂質、炭水化物、食物繊維、ミネラル、ビタミンなど豊富な栄養素に加え、医学的に注目されてきた成分が、大豆イソフラボンです。

私たち日本人の食生活の基本とも言える豆腐や味噌、醤油、納豆などの大豆食品。良質な植物性タンパク質や脂質、炭水化物、食物繊維、ミネラル、ビタミンなど豊富な栄養素に加え、医学的に注目されてきた成分が、大豆イソフラボンです。

大豆イソフラボンは、植物性食品の色素や香り、苦味、辛味などの成分である「フィトケミカル」の一種で、主に大豆の胚芽に多く含まれています。女性ホルモンであるエストロゲンに化学構造が似ているため、植物性エストロゲンとも呼ばれます。イソフラボンがエストロゲン受容体に結合することでエストロゲンの作用を促進し、エストロゲン依存性乳がんのリスクを高めると懸念される一方、イソフラボンがエストロゲン作用を邪魔することで乳がん予防につながることも示唆されています。

相反する報告が見られるわけですが、結局のところ、イソフラボンを多く含む大豆食品は、乳がんのリスクになるのか、予防になるのか、どちらでしょうか? その答えの手がかりが、中国の研究者から報告されました。今回の報告はこれまでに出された研究結果をさらにまとめた分析ですから、それだけ信ぴょう性が高いと言えるでしょう。

Chen M, Rao Y, Zheng Y, Wei S, Li Y, et al.

Association between Soy Isoflavone Intake and Breast Cancer Risk for Pre- and Post-Menopausal Women: A Meta-Analysis of Epidemiological Studies.

PLoS ONE 9(2): e89288. 2014

doi:10.1371/journal.pone.0089288

■大きく見れば、リスク低下

研究者らは、イソフラボン(植物エストロゲン等の語も含む)、大豆(豆、大豆食品、豆腐、味噌も含む)、乳がん、閉経(閉経前、閉経後も含む)というキーワードを用いて、2013年1月までに出版されたコホート研究および症例対照研究等の文献検索を行いました。

電子検索で1335の文献が、図書目録の検索で23の文献が見つかりましたが、研究が行われた地域や研究デザインその他の条件を考慮し、最終的には35の研究が今回の分析の対象となりました。そのうち26の研究は閉経前と後の女性について、4つの研究は閉経前の女性のみ、5つの研究は閉経後の女性のみについて評価したものでした(つまり閉経前の女性について評価したものが30研究、閉経後の女性について評価したのが31研究)。いずれの群にも欧米とアジア、それぞれの地域での研究が比較的バランスよく含まれ、ほとんどの研究で、年齢、アルコールや喫煙、肥満度(BMI)、エネルギー摂取とホルモン補充療法など、乳がんに影響を与えるイソフラボン以外の因子は調整されています。

分析の結果、概括的に見ると、閉経前と閉経後いずれの女性においても、大豆イソフラボン摂取による乳がんからの保護効果が示されました。特に、閉経後女性についての31の研究を解析した結果、大豆イソフラボン摂取量が最大値だと、最小値の場合と比べて乳がんリスクが約25%減少しました。ただ、もう一歩踏み込んで分析してみると、個々の研究結果はその対象地域と研究デザインにも大きく影響を受けていたのです。

■アジア人には有効、欧米では......

地域による違いとは、アジア人女性か欧米女性か、ということです。また研究デザインとしては、コホート研究とコホート内症例対照研究、症例対照研究の3種類がありました。コホート研究とは、ある因子にさらされた集団が将来的にどのような疾病・健康状態になるかを追跡調査する「前向き研究」です。コホート内症例対照研究は、前向きコホート研究の参加者の中から追跡調査期間中に特定の疾病にかかった者全員を症例として選び、それ以外の参加者の一部から比較対照群を選んで、症例対照研究として分析を行うものです。症例対照研究は、最初に、既に疾病にかかった人々と、彼らに性別や年齢などの要因が似た人を選び出し、疾病の原因と考えられる要因をそれぞれ過去に遡って調査し、両者で比較する研究手法です。

結論から言えば、アジア人女性では閉経の前後を問わず、また研究デザインの違いを踏まえても、大豆イソフラボンの摂取は乳がんリスクを低下させる可能性があると言えました。アジア諸国で実施された17の研究が、大豆イソフラボンを摂取した閉経前女性が乳がんからの一定程度の保護効果を得られたと報告しており、18の研究が大豆イソフラボンを摂っている閉経後女性ほど乳がんリスクは低下傾向にあることを示しました。ただそれでも、研究デザインが結果に影響を及ぼしていることは否めませんでした。

一方、欧米女性についての結果はアジア人女性とは異なるものでした。

欧米諸国での閉経前女性を対象とした14の研究では、大豆イソフラボン摂取による乳がんリスクへの影響について統計学的に意味のある差は見られませんでした。また、閉経後女性対象の14研究では、概括的に分析した場合にはわずかながら統計学的に意味のある保護効果が示されたものの、これを研究デザイン別に分析しなおすと、意味のある保護効果は確認できなかったのです。

この研究からは、なぜアジア人女性と欧米の女性で、大豆イソフラボンによる乳がんリスクへの作用が異なるのかは示されていません。そのメカニズムの一つの可能性として、大豆イソフラボンの種類や代謝物による影響が考えられます。例えば、大豆イソフラボンの一種「ダイゼイン」からは、腸内でエクオールという代謝産物が生じます。エクオールは他のイソフラボン類に比べてエストロゲン受容体への親和性が突出して高い可能性があり、しかもエクオールができるか否かは腸内細菌叢に依存していて、欧米人よりアジア人の方が作れる人の多いことも分かってきました。

Maskarinec G.

The human mammary gland as a target for isoflavones: how does the relation vary in individuals with different ethnicity?

Planta Med. 2013 May;79(7):554-61.

doi: 10.1055/s-0032-1327953. Epub 2012 Nov 23.

なお、論文発行の時期や大豆イソフラボンの摂取形態(大豆イソフラボン/大豆タンパク質か、大豆/大豆製品か)ごとの分析も行われましたが、いずれも、閉経前後を問わず統計学的に意味のある差は認められませんでした。

■日本の研究報告は

さて、アジア人には有効という結論はわかりましたが、であれば尚更、実際どのような研究が行われたのか知っておきたいですよね。今回の論文の分析対象となった日本の研究報告をいくつかご紹介します。

●Dietary isoflavone intake and breast cancer risk in case-control studies

in Japanese, Japanese Brazilians, and non-Japanese Brazilians.

国立がんセンターの研究です。イソフラボン摂取量と乳がんリスクの関連を、乳がんと診断された患者さんと乳がんではない女性の計850組(日本人390組、日系ブラジル人81組、非日系ブラジル人379組)について、病院ベースで乳がん症例対照研究を実施しました。日系ブラジル人と非日系ブラジル人において、イソフラボンの摂取量が多いほど乳がんのリスクは統計学的に意味のある減少傾向が認められました。全体としても、食事からの中程度のイソフラボン摂取により乳がんリスクが軽減される可能性が示されました。

●Effect of soybean on breast cancer according to receptor status: a case-control study in Japan.

愛知県がんセンター研究所の研究です。イソフラボン摂取量と乳がんリスクの関連を、愛知県がんセンターの乳がん患者678名、乳がんではない比較対照群3390名について検討しています。ホルモン受容体陽性・HER2陰性のタイプの乳がんで、大豆を多く摂取すると、乳がん発症のリスクが下がりました。乳がんの組織に発現する受容体のタイプによって、大豆による予防効果は違うことが示唆されました。

●Consumption of soy foods and the risk of breast cancer: findings from the Japan Collaborative Cohort (JACC) Study. Cancer Causes Control 18:801-808.2007

「JACCコホート研究」文部科学研究費の助成を受け、多施設が協力して開始された、約12万人の日本人を対象とした大規模コホート研究)の一環として実施されました。40-79歳の女性30454人を平均7.6年追跡調査し、追跡期間中に145人の乳がん患者を観察。しかしながら、豆腐、煮豆、味噌汁の摂取と乳がんの罹患には関連は認められず、大豆製品の乳がん予防効果は見いだせませんでした。

●Soy, isoflavones, and breast cancer risk in Japan.

国立がんセンターの研究です。厚生労働省の多目的コホート研究「JPHC」のデータを使い、味噌汁や豆腐、納豆などの大豆食品の摂取量・頻度と乳がん発症率との関連を調査しました。40~59歳の女性21852人が対象で、179人が乳がんを発症しました。調査の結果、味噌汁とイソフラボンを頻繁に摂取する中高年女性では、乳がんの発症率が低減することが分かりました。

いずれにしても、イソフラボンは、伝統的な和食をバランスよく食べることで摂取するようにして下さい。最近は大豆粉やおから粉も人気です。サプリメントなどの補助食品に関しては、偏った成分のみを摂取し過ぎる可能性がありますから、専門家に必要性を相談して下さいね。

大西睦子

内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。

(2014年5月29日「ロバスト・ヘルス」より転載)

注目記事