タバコが体に悪いことを知らない人はいません。でも、悪いと知りながら吸っている人でも、それが自分の想定以上の悪影響を生じているとしたら、ちょっと焦るのではないでしょうか。事実、その可能性は決して低くないようです。
今回は、とてもユニークな視点からタバコの害を調べた論文をご紹介します。私たちの体内に知らず知らずのうちに取り込まれた残留性有機汚染物質(Persistent Organic Pollutants;POPs、ポップス)が、タバコによる健康被害を助長するというものです。北欧諸国最古の大学であるスウェーデンのウプサラ(Uppsala)大学の研究者らが報告しました。
Does Mortality Risk of Cigarette Smoking Depend on Serum Concentrations of Persistent Organic Pollutants? Prospective Investigation of the Vasculature in Uppsala Seniors (PIVUS) Study.
PLoS ONE 9(5): e95937. (2014)
doi:10.1371/journal.pone.0095937
■高い残留性 人知れず広がる汚染
POPsは、次のような性質を持った化学物質の総称です。
(1)環境中で分解されにくく、地球上で長距離運ばれうる
(2)食物連鎖により生体内、特に脂肪に多く蓄積しやすい
(3)人の健康や生態系に対し有害性がある
代表例として、しばしばゴミの焼却灰から検出されて問題になっているダイオキシン類や、電化製品の絶縁にかつて多用されたPCB(ポリ塩化ビフェニール)、以前は安価で効果の高い除草剤および殺虫剤として広く使われたDDTに代表される有機塩素系(organochlorine;OC)農薬などが挙げられます。
1990年代後半までに環境や人体への影響が世界的に問題となり、2001年、スウェーデンのストックホルムで、PCBなど12の物質の削減や廃絶等に向けた「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」が採択されました。日本は2002年8月にこの条約を締結し、現在ではPOPsの製造および使用は禁止されています。
ところが、POPsは意図せず生成されることがあるほか、自然に分解されづらく環境中に長く留まるため、放置された廃棄物から漏出し、人知れず長距離移動をして広がっている可能性もあります。また海外では、いまだにPOPsを使用している国があります。
(参照:「POPs 残留性有機汚染物質」環境省)
■喫煙による死亡リスクを助長
これまでにも、POPsとタバコに含まれる化学物質の毒性についての研究は行われてきています。マウスを用いた研究では、POPsがタバコの煙に含まれる化学物質の毒性を強めることが報告されています。また今回の研究者らは以前にも、米国の高齢者について、血清(血液のうち凝固成分を除いた上澄み)に含まれるPOPsの濃度別に喫煙と総死亡率の関連を調査しています。驚いたことに、POPsの血清中濃度が最も低い集団では、喫煙による死亡リスクは上昇しませんでした。ただ、その調査では喫煙者の人数が少なかったため、今回、別のデータで再現性が確認されることになりました。
今回はPOPsのうちPCBとOC農薬について、喫煙と全死亡率その他との関連性が調べられました。以前の研究で、様々なPOPsの中でもPCBとOC農薬が喫煙と死亡との明確な相互作用を示したためです。PCBは、発がん性があり、また皮膚障害、内臓障害、ホルモン異常を引き起こすことが分かっています。OC農薬も、残留性や魚等の汚染が問題となり、日本では生産中止になっています。
調査対象として選ばれたのは、2001年4月〜2004年6月に70歳を迎えた、スウェーデンのウプサラ地域の住民986人です。対象者は、日常生活の過ごし方や病歴、常用している薬等についても回答した上で、喫煙歴によって、1)今もタバコを吸っている人(喫煙者、105人)、2)以前吸っていたが止めた人(元喫煙者、410人)、3)吸ったことがない人(非喫煙者、471人)の3つのグループに分けられました。7.7年間の追跡期間中に、111人が亡くなりました。
結果、喫煙と全死亡率の関係は、PCBおよびOC農薬の血清中濃度に依存していました。
●16種類のPCBと3種類のOC農薬を合わせたPOPsの血清中濃度について、参加者全体を低濃度、中濃度、高濃度と3分の1ずつの人数に分けたとき、高濃度グループでは、非喫煙者に比べて、喫煙者では3.7倍、元喫煙者では6.4倍もの死亡リスクを認めました。
●POPsの濃度を考慮しない場合、喫煙者の死亡リスクは、非喫煙者に比べて約2倍となりました。
●同様に、元喫煙者は、喫煙者および非喫煙者に比べて男性の割合が多く、肥満や飲酒者、糖尿病の治療中といった傾向も強く認められました。
以上、今回の研究により、POPs(PCBおよびOC農薬)の血中レベルが高い喫煙者では、喫煙による有害な影響が悪化することが示されました。これは、POPsが様々な疾患の危険因子と相互作用することを示しています。
■肺がんに関与?今後の調査に期待
そもそもタバコは、肺がんや循環器疾患、肺疾患のリスク要因です。
国内でも国立がん研究センターが、喫煙者、元喫煙者、非喫煙者の3グループで、10年間の死亡率を比べた研究を行いました。http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/252.htmlその結果、喫煙者の死亡率は、非喫煙者と比べて、男性では1.6倍、女性では1.9倍も高いことが分りました。死亡原因ごとにみると、喫煙者の死亡率は、がん(男性 1.6倍、女性1.8倍)、心臓病や脳卒中などの循環器疾患(男性1.4倍、女性2.7倍)、その他の死因(男性1.6倍、 女性1.4倍)のいずれでも高くなっていました。
ただし、この半世紀の間に、日本国民全体の喫煙率は低下してきているようです。
JT(日本たばこ産業株式会社)のデータによれば、2013年の成人男性の平均喫煙率は32.2%でした。40歳代は41%とまだまだ高い状況ですが、男性全体で見れば、1966年のピーク時83.7%と比べて大幅に減少しています。同じく2013年の成人女性の平均喫煙率は10.5%です。30歳代は14.5%と喫煙率が一番高く、女性全体ではこのところ横ばいが続いているものの、やはり1966年のピーク時に比べれば確実に減っています。
ところが、肺がんによる死亡率は上がっています。がん全体は1981年から死因の1位をキープしており、その中でも肺がんは増加が顕著です。性別で見ると、男性では1993年に胃がんを抜いてトップとなりました。女性でも胃がんを抜いて、2007年に2位になりました。(「平成26年 我が国の人口動態」厚生労働省)
喫煙と死亡率との関連性は国や暦によっても大きく異なるため、日本人の肺がんによる死亡率の増加にPOPsが影響しているかどうかは不明です。ただ、POPsは残留性が高く、地球上で長距離に移動できることを考えれば、その影響の可能性はありますよね。POPsと肺がんとの関連調査が待たれます。
大西睦子
内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。
(2014年5月22日「ロバスト・ヘルス」より転載)