「一億総中流」と言われていた日本で、「貧困」がじわりと広がっている。
それは、子どもや若者から、将来の夢さえ奪いとっている。希望が持てる日本にするために、私たちは何をすべきか。著書の『下流老人』や『貧困世代』で生活相談の現場から見える日本の貧困問題を問い、「このままでは『一億総貧困社会』になる」と警鐘を鳴らす、NPO法人ほっとプラスの藤田孝典代表理事と、神津会長が語り合った。
見えない? 現代の貧困
夢を語らない、語れない
平川 『下流老人』『貧困世代』と、「現代の貧困」に焦点を当てた藤田さんの著書が大きな反響を呼んでいますが、日本の貧困の現状をどうみていますか。
藤田 私は、さいたま市で「ほっとプラス」というNPOを運営しています。年間相談件数は約500件。
10代の若者から、シングルマザー、お年寄りまで、年齢や性別を問わず、毎日のように相談が寄せられます。家賃を滞納して住居を失った、ブラック企業で酷使され心身を壊してしまった、家族との関係が悪く行き場がない...。
困窮の原因は複雑にからみ合っていて、本人の努力だけでは生活再建は困難です。
だから生活保護の申請に付き添ったり、低家賃の住宅やシェアハウスを一緒に探したりもしているんですが、最近、さまざまな要因で低所得になる人が増えていると実感します。
そして問題は、その貧困の実態が見えにくいこと。日本に貧困問題があるとは思っていない人はまだまだ多いし、当事者も自覚が乏しい。解決の第一歩として、日々接している人たちの問題を「見える化」したいという思いで、本を書きました。
神津 『下流老人』『貧困世代』は言葉としてもインパクトがありましたね。相談事例もたくさん掲載されていて、こんなふうに解決できたのかとほっとさせられましたが、「ほっとプラス」という名前の由来は?
藤田 市民がほっとできる社会的居場所をつくりたい、孤立して困窮している人たちと出会える場所でありたいと願って名付けました。本を出して相談がものすごく増えましたが、「現代の貧困」を認知してもらう上でも効果があったと思います。
神津 誰にも相談できず、一人で抱え込んでしまう人が多い中で、相談できる場があることを知ってもらうのは大事ですね。
藤田 そうなんです。相談に来た人たちは氷山の一角。おそらく労働組合も同じ課題を抱えていると思うんですが、私たちも、出会っていない人たちに対しての発信がまだまだ弱い。
若い人は、ネットニュースやSNSが情報源、高齢世代は新聞や雑誌、テレビが有効です。だから、あらゆる媒体を通じて、存在をアピールし、できるだけ出会える場所を増やしていかなければと思っています。
神津 日本は「一億総中流」と言われた時代があって、その成功体験の前提から抜けきれないことが、問題を深刻化させている面もありますよね。
藤田 はい。政策決定に関わる方たちに、いまだにその幻想を抱えている世代が多すぎて困ります。一億総中流の背景には高度経済成長があって、生活保障は企業の福利厚生や家族に委ねることができた。でも、いまや企業も家族もその役割を果たせなくなっています。
若者やシングルマザーなど、既存の福祉制度ではカバーされない人たちも、安心して暮らしていけるシステムを構築する必要がある。
神津 貧困対策には、生活保護などの救貧政策と、貧困の連鎖を防ぐ奨学金制度などの防貧政策がありますが、日本はどちらも弱いですね。生活保護は、不正受給ばかりが注目されますが、本来受給できる人をすべてカバーしているわけではない。子どもたちへの影響が心配です。
藤田 そうなんです。今、子ども食堂や学習支援の現場にも関わっているんですが、子どもたちが夢を語らない、語れない。将来の希望を持たないことが自分を守る道だと思っているんです。
そんな子どもたちから、「早く働いてお母さんを楽にさせてあげたい」という言葉が出てくる。いつの時代なんだろうと涙が出てきます。実際に高校生になると、バイトをして家計を助けている。日本の貧困は、戦前の「おしん」の時代と変わらないほど深刻になっているんです。
若者の貧困へのアプローチ
貧困世代の当事者として
平川 藤田さんが相談・支援活動に携わるようになったきっかけは?
藤田 私は、1982年生まれの就職氷河期世代です。学校を卒業したら、普通に働けると思っていたら、まったくそんな状況ではなくなった。学生時代には「ニート」や「フリーター」という言葉が流行語になり、先輩たちがどれだけ頑張っても非正規の就職しかないという状況を目の当たりにし、自分もその当事者なのだと自覚しました。
学生時代にホームレスの支援活動を始めたんですが、話を聞いていると、これは自分の将来かもしれないと思えた。だから、自分も含めて若者が将来ホームレスにならないためにはどうすればいいのか、真剣に考えました。そして、社会福祉を学んで社会福祉士の資格を取り、相談・支援活動を始めたんです。
私自身、貧困世代の当事者として問題に取り組んでいるんです。
当時、若者の貧困は自己責任だと言われたんですが、後から調べてみると、そうじゃない。1995年に日経連が「新時代の『日本的経営』」というビジョンを出し、非正規雇用が意図的に拡大されることになったと。
神津 「新時代の『日本的経営』」は、日本の雇用社会を壊す大きなきっかけになったと言われています。その後、一気に労働規制緩和が進められ、派遣労働など非正規雇用が拡大していきました。
企業の側も、人材育成や技能伝承という面で不安はあったけれども、非正規化は当面のコスト削減効果だけは非常に大きい。一度、使ってしまうと「麻薬」のようなもので抜け出せなくなる。労働規制緩和は、そういう道を拓いてしまった。
藤田 それから20年が経過して、当事者はどうなっているのか。
結婚できない、子どもも、マイホームも持てない。少子化に拍車がかかり、個人消費も伸びない。やがて低年金者が大量に生じることになる。労働者の生活を保障しないと、社会が衰退していくことが明らかになっています。
平川 若者の貧困にどうアプローチすればいいのでしょう?
藤田 実は労働問題をきっかけに貧困に至る事例は多いんです。特に、うつ病など精神疾患に罹患する若者がものすごく増えている。
協会けんぽの調査では、20年前と比べて6倍にまで増えている。これは、普通に考えると、働く現場で何かが起こっているとしか言いようがない。長時間過重労働やパワハラで若者が使い潰されている。大手広告代理店の新入女性社員の過労自殺も、その氷山の一角だと思います。
ほっとプラスには、すでに休職したり退職して追いつめられた段階で相談がくるんですが、労災申請も雇用保険の手続きもできていない。だから、もう少し手前の段階で、まだ職場にいる段階で支援ができれば、ここまで困窮せずに済むのにと思うケースが多いんです。企業の労働組合にも、職場でそういう問題が起きていないか、過重な負担がかかっている労働者はいないか、目を配ってもらえたらと思います。
神津 この20年、職場に余裕がなくなって、コミュニケーションの質も量も低下するという悪循環が起きています。労働組合としても、新入社員への目配りをはじめ、組合員が気軽に相談できる環境があるのか、謙虚に足元を見つめる必要があると思っています。
平川 奨学金問題については?
藤田 給付型奨学金については、まずは蟻の一穴で、少しずつこじ開けていければと思いますが、それと同時に全体として若者の経済的負担を軽減する政策が不可欠です。学費の他にも、住宅費や通信費などが若者の家計を圧迫している。日本の教育費予算はOECDで最低レベルですが、学費の引き下げ・無償化、住宅の提供などの支出を減らす政策を進めてほしい。離婚率が上昇し、シングルマザーが増えています。働く女性の半数以上は非正規雇用。ひとり親世帯で、大学の学費を捻出するのは厳しい。本人が奨学金を借りて賄うとなると、バイトに明け暮れて学校に行けないという本末転倒の事態に陥ることも少なくない。学生がちゃんと勉強できる環境をつくるという視点からも支援策を考えることが必要です。
貧困の連鎖をたち切るために-労働組合の役割-
連合が動けば社会が動く
平川 貧困の連鎖をたち切るには?
藤田 人々の生活を支える上で、賃金と社会保障は両輪だと思っているんです。春季生活闘争で賃上げを獲得し、最低賃金を引き上げると同時に、これまで企業や家族がやっていた福利厚生を社会化していく必要がある。経団連自身も、企業だけで福利厚生をカバーするのは難しいからと、政府の役割を求めています。
生きていく上では、誰もが失業や病気、事故、介護などのリスクを抱えていますが、現在の日本では、個人や家族の自助努力にゆだねられ、安心はお金で買うしかなくなっている。だから、貧困がここまで拡大しているんです。
教育、住宅、医療・介護、保育、そういう最低限必要なサービスは、無料か低負担で利用できるようにしていく。私はこれを「脱商品化」と呼んでいますが、必要なサービスを商品として買わなくてもいいようにしていくことが必要です。
そのためには社会保障を充実させるために税金を上げようという合意形成をしていく必要があります。労働組合には、後々ここが転換のきっかけになったと言われるような政策提言をしてほしいと思います。
神津 連合は、「働くことを軸とする安心社会」のビジョンを提起し、その基盤となる「社会保障と税の一体改革」の推進を求めてきました。おっしゃるように、困っている人だけを助けるのではなくて、みんなで負担してみんなで必要なサービスを受けられる社会にしていこうと呼びかけています。
平川 連合に期待することは?
藤田 労働組合って労働者にとって一番身近な存在であってほしいと思っているんです。でも、若者の多くは、助けを求める選択肢としてイメージできない。
労働組合がどんな存在で、どんな役割を果たしているのか、どんな活動をしているのかを知れば、もっと身近に感じることができる。だから、労働組合の姿を「見える化」してほしい。労働組合にどんな労働相談がきてどう具体的に解決したのか、その物語を発信してほしい。
神津 連合も、労働相談ダイヤルを開設していて、フリーダイヤル「0120─154─052」にかけると、最寄りの地方連合会につながる仕組みになっているんですが、最近は労働相談の枠にとどまらない支援が必要なケースが増えていると感じています。そこで地方連合会と労福協、ろうきん、全労済などが連携して、労働相談、生活相談、就労相談などができるワンストップサービスに取り組んできたんです。
藤田 実は、連合埼玉とは十数年来のお付き合いなんです。リーマンショックの時に、連合埼玉にも派遣切りの相談が急増して、住まいの確保や生活保護申請、借金の整理、就労支援などでお互いに連携できないかという話が当時の鈴木事務局長からあり、連携して相談活動にあたってきました。連合が呼びかけるとたくさんの団体が集まってくれる。まさに「連合が動けば社会が動く」と実感しました。
最近は、フードバンク事業に乗り出し、学習支援にも積極的に関わってくれています。現場で一緒に動けば、ネガティブなイメージは一掃される。労働組合の人たちは、現場に足を運べば、何とかしなければと思って動いてくれる。
神津 連合埼玉は、県内のさまざまなNPOや市民団体と連携・連帯する、「ネットワークSAITAMA21運動」に取り組み、総合生活支援サービスの拠点として「ライフサポートステーション ネット21」を開設していますね。
藤田 そういう運動も、ぜひツイッターやフェイスブックで発信してください。また、子ども食堂や学習支援の場などに足を運んで、現場の声を拾ってほしいです。
平川 これからの運動のヒントをいただきました。本当にありがとうございました。
[進行/平川則男 連合総合政策局長]
藤田孝典(ふじた・たかのり)
NPO法人ほっとプラス 代表理事・社会福祉士。
NPO法人ほっとプラスを設立し、ソーシャルワーカーとして生活困窮者やホームレスの相談、支援にあたる。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。
著書に『続・下流老人』(朝日新書)、『下流老人』(朝日新書)、『貧困世代』(講談社現代新書)、『ひとりも殺させない--それでも生活保護を否定しますか』(堀之内出版)など。
■特定非営利活動法人 ほっとプラス
2011年設立。埼玉県さいたま市を拠点に、社会福祉士の資格をもつ相談員が生活や福祉に関する総合的な相談を受付、福祉サービス利用などの支援活動を行っている。相談は無料。平日毎日、電話、メール、来所で相談を受け付けている。
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2017年3月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。