「人の心が聴こえる街に。」筆談ホステスの新たな挑戦

障がいと一言で言っても、人それぞれ異なります。だからこそ、当事者が議員になることで、バリアフリー、ユニバーサル化に向けて尽力してほしい。

2015年5月より東京都北区議会議員として活動する斉藤りえ氏。1歳のときに病気により聴力を完全に失ったことで聴覚障がい者となり、ハンディキャップを持ちながらも、筆談を活かした「筆談ホステス」として脚光を浴び、「障がい者と社会」について考えるきっかけになったと高い評価を得ました。そんな斉藤さんに、バリアフリー社会や日本の政治について伺いました。

■ホステス時代の「人の心の声を聴く」という言葉が支えに

 

― 政治に関心を持つきっかけとなった出来事や想いを教えてください。

ホステスを引退後、障がい者を勇気づけながら周囲の理解を深める啓蒙活動を行っていましたが、地道な啓蒙活動だけでは限界がある、と感じていました。

障がいを持つ当事者が政治の世界に声を届けなければならない。今後、パラリンピックに向けて、バリアフリー社会はより求められます。自分になにかできるのではないかな? そう考えていたときに、知人の前区議からお声がけをいただいたんです。それで、出馬を決意しました。

― キャッチコピーの「人の心が聴こえる街に。」はいつ生まれたものですか?

実はこのキャッチコピーは、昔、ホステスをしていたとき、あるお客様の言葉をヒントにしてつくったものなんです。

耳の聞こえない私が接客業をやっていることを戸惑う方があまりいなくて、「筆談」も楽しまれている方がほとんどで、普通の会話より文字にする「筆談」のほうが思いがこもりやすいのか、一言一言を選んで書く方が大勢いらっしゃいました。なかなか話しにくいご相談なども、「筆談」だとリラックスしてお話いただいたことが印象に残っています。

そんな中、いつも通り、あるお客様のご相談を伺っているとき。「きみと話していると、なぜか本心で話せる。自分でもこんなことを考えていたのか、とハッとするような言葉が出てくる。きみは耳が聞こえない分、人の心の声を聴くのが上手だね」と伝えてくださったんです。

私の場合、耳が聞こえないため、相手の方がなにをお話されているか、言葉すべてを理解できないこともあります。そのため、常に「どんなことをお話しているんだろう?」「どんなお気持ちなんだろう?」と、言葉以外の部分を読み取ろうと努めてきました。

そういう生き方をしてきたので、「人の心の声を聴く」という言葉がとてもうれしくて、それ以来、大事にするようになりました。これから政治家として活動をしていく上でも、「人の心が聴こえる街に。」をたいせつにしていきたいと思っています。

― ハンディキャップがあるからこそ、むしろできることがあるのでは?

耳が聞こえる方が気づけないことも気づくことができるし、同じ障がいを持っている方は私が相手だと話しやすい方も多いです。それから、私が議会に入ったことで、他の議員さんの障がい者への理解が進んだことですね。

これまで障がいを持つ人間と会ったことがない方もいたので、最初はどう接したらいいかわからず戸惑う議員さんもいました。でも、日が経つにつれて接し方がわかるようになってくださったんです。

たとえば議会で、隣りの議員さんが「今このページだよ」など教えてくれたり、起立のときに議長が合図をしてくれるようになったり。議会でも少しずつバリアフリーが進んでいるな、と感じています。私という体験を通して、障がい者への理解が進むとうれしいです。

■女性が働きやすい世の中にするために制度改革が必要

 

― 政界を目指す際、不安に感じたことはありましたか?

子育てと両立できるか不安になったことはありました。議員は懇親会や会食が多く、帰宅が夜遅いこともあるし、泊まりがけでの視察もあります。娘はママ友かベビーシッターに頼むしかなく、ベビーシッターを依頼するとなると金銭的な負担も大きくなるんですね。

でも、良いこともあるんです。イベントにご招待いただく機会も多く、地域のお祭りや展示会など、娘を連れていけることもあります。私自身の勉強はもちろんですが、娘にとっても良い勉強のようです。いつもとても楽しそうなんですよ。

― 女性の政界参入をしやすくするためのお考えはありますか?

制度面を変えていくことも重要じゃないかな、と感じています。たとえば、政治の勉強や議員の業務のために必要な経費を請求できる「政務活動費」に、ベビーシッター代金も請求できるようにするなど。

女性の政治家が活躍していることをもっと多くの方に理解していただくことで、女性が働きやすい制度を促進したい、と考えています。

― 子育て世代の女性の悩みとも一致するのでは?

私自身も働く前、思うように働けず悩んだ時期があります。働くお母さんの気持ちが痛いほどわかるんです。

北区の場合だと、10年前くらいから子育てしやすい区にする動きが活発化し、23区の中では比較的、待機児童が少なくなりました。環境もよくて、小さな子どもは育てやすくなったと感じています。

ただ、小学校に入学するタイミングで転出する方が多い。古くからの土地問題で小さな家が多く、増設ができないため転出してしまうんです。また、小学校からの学童保育制度が整っていない部分もあります。そのため、小学校以上の子どもを持つ子育て世代に対する整備を進める第二段階に入っています。安心して暮らしやすい街にしていきたいです。

■障がい者であり母親だからこそ、できることがある

 

― 区議会議員としてたいせつにしている想いや、今後のビジョンを教えてください。

私は、障がいを持つ当事者であり、5歳の娘がいる母親でもあります。そのため、障がい者が活躍しやすい環境をつくること、働きながら子育てをする母親にとって仕事と子育てを両立しやすい環境をつくることが目標です。

障がい者にとって暮らしやすい環境は、実は高齢者にとっても生活がしやすい環境なんですね。誰にとっても生活のしやすいバリアフリーの街を目指します。

― この1年で成功した取り組みを教えてください。

昨年の本会議で議題にあげ、今年4月より「FAXの設置」を実現しました。耳が聞こえないと連絡手段として電話が使えません。また、視覚障がいを持つ方は、区のお知らせが郵便で届いても読むことができません。重要な連絡はFAXで伝えてもらうなど配慮が必要です。

どの自治体でも障がい者に対しての情報発信・受信方法は検討されています。ところが、足りない点があるんですね。そういったところのフォローを行っていくのも私の役目です。

― 最後に、どんな人に政界を目指してほしいかを教えてください。

障がい者の方に目指してほしいです。障がいと一言で言っても、耳が聞こえない方や目が見えない方、車椅子の方など、実は人それぞれ異なります。だからこそ、当事者が議員になることで、バリアフリー、ユニバーサル化に向けて尽力してほしい。

それから、若い方は若い方の目線を大事にして、政界に入ってきてほしいと思っています。また、「政治屋」ではなく「政治家」になる意識がある方に目指してほしいです。

<プロフィール>

 斉藤りえ(さいとう・りえ)

 1歳のときに病気により聴力を完全に失い、聴覚障がい者となるが、「人と関わることが好き」という信念からさまざまな接客業に挑戦。

 銀座の高級クラブ勤務時に、筆談を活かした接客で「筆談ホステス」として話題に。

 半生を描いた書籍『筆談ホステス』はドラマ化もされ、高い評価を得た。

 ホステス引退後、障がい者への理解を深める啓蒙活動を行う中、前区議の勧めで出馬を決意。

 2015年5月より東京都北区議会議員として、「心のバリアフリー」を実現すべく活動中。

(画像は全てご本人の許可を得て掲載しています)

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