先週、『保育園に「既存建物を活用できない壁」に穴は開けられるか』(2016年11月30日) を書きました。5日後の12月5日の夕刻に世田谷区役所に東京都福祉保健局から「検査済証がない既存建物を活用した保育所等の整備の取扱いについて」という通知が届きました。結論から言えば、これまで区の現場で1枚の「検査済証」がないばかりに断念してきた既存建物を、保育園として整備することができる方策を示してきたもので、空回りすることが多かった議論がようやく一歩進んだことになります。もう一度、ここで何が問題だったのかをふりかえってみます。
私のように待機児童が多い自治体の首長は、「空きテナント」を見れば、すぐにでも保育園に出来ないかとチェックしながら歩いています。また、保育課では、区民から「自分の持っている不動産・建物を保育園にできないか」という有り難い相談も日常的に受けています。
しかし、先にふれたように、築20年以内の鉄筋コンクリートの建物で、商店街の角地にある「2方向避難」が可能な、専門家も「構造上、安全性に問題はない」と判断する認証保育所等の候補物件としてのビルの一室であっても、「検査済証」がないことで「断念」して悔しい思いをするという体験を何度も繰り返しています。この点は、世田谷区議会でも指摘されています。(『保育園に「既存建物を活用できない壁」に穴は開けられるか』2016年11月30日)
この点を、11月22日、都庁で初めて開催された「待機児童解消に向けた緊急対策会議」の場で私が取りあげ、高野之夫豊島区長の賛同意見もいただきながら、小池百合子東京都知事に改革を求めたのです。そして、上記のブログをまとめ、次のように問いかけたという経過です。
一度建物が使用されてしまうと、事後的に改めて「検査済証」を取得できないという建築基準法の硬直的な制度設計にも問題はありますが、杓子定規に「検査済証」を絶対化し、これだけ要望の強い保育園整備に「既存建物」のストックを生かす道を閉じたままにしているのは、賢い選択ではないと思います。
せっかくの第一回の「待機児童解消の緊急対策会議」です。問題提起は宙に浮いたままになるのか、さっそく改革に向かうのかに、注目したいと思います。(『保育園に「既存建物を活用できない壁」に穴は開けられるか』2016年11月30日)
その結果は、さっそく12月7日の日本経済新聞にも報道されました。
「空きビル保育所」後押し 都が規制緩和 「検査済証」なくても転用可能、駅周辺など掘り起こし (2016/12/7付日本経済新聞)
東京都は保育所に入りたくても入れない待機児童の解消に向け、空きビル・空き店舗を保育所に転用しやすくする規制緩和に乗り出す。建物の安全性を証明する建築基準法上の「検査済証」がなくても、区市町村が安全性を確認すれば、保育所を開設できるようにする。年内にも保育所設置の要綱などを改正し、空きビルを使った保育所の新設を後押しする。
次に、12月5日に世田谷区にも届いた東京都福祉保健局の「通知」の内容を見てみましょう。検査済証がない既存建物を活用して保育所等を設置する際の提出書類として、(1)(2)(3)のいずれかを列挙しています。
(1)建築当時の建築基準関係規定に適合していることを特定行政庁又は建築主事が証明した文書
(2)建築基準法第 12 条第5項の規定に基づく報告等に基づき、建築当時の建築基準関係規定に適合していることを特定行政庁又は建築主事が確認した文書
(3)建築基準法適合状況調査報告書等により、建築当時の建築基準関係規定に適合していることを区市町村長が確認した文書
東京都からの「通知」の全文は、文末に「資料」として掲載しておきますが、噛み砕いて言えば、次のような書類となります。
(1)の建築主事とは建築確認の申請内容が法令に適合していることを確認する職務を担う者を言います。また、特定行政庁とは、建築主事を置く区市町村の長を言い世田谷区の場合は世田谷区長になります。つまり(1)はこれらの権限を持った者が検査済証のない建物について「仮に建物の完成時点で検査を受けていれば検査済証を取得できた建物である」との証明書を出すことで検査済証の代わりにしようというものです。このケースは行政自ら証明を行うので公共施設を対象にしているものと考えられます。
(2)は建築基準法に特定行政庁等が「建築物の状況に関する報告を求めることができる」とあり、この規定を活用して建物の構造上の安全性など建築基準法に合った建物であることの現状報告を受け確認することで検査済証のかわりにしようというものです。
(3)は平成26年7月に国土交通省が示した既存建築ストックの有効活用を円滑化するために建築基準法に適合している状況を調査する方法を示したガイドラインに基づき調査した報告書のことです。このガイドラインはこれまであまり利用されておらず、特に保育園に関しての事例は聞いたことがないものなのですが、今後はこれを活用して報告を受け検査済証の代わりにしようとするものです。このガイドラインに基づく報告は(2)の報告の際にも活用できます。(3)のこのケースは建築主事が存しない市区町村で特定行政庁も存しない場合で区市町村長が確認できるようにしたものと考えられます
一方で、小規模保育事業は区の権限で判断することになっています。今回、小規模保育向けの既存建物が、「検査済証」がないことで整備が進まなかったことから、世田谷区独自に検討して、「耐震強度」が確保されているかどうかを基本にして、次のように整理しました。
次のすべての条件を満たす建築物については、検査済証の交付を受けていない場合であっても、保育事業者が区長に関係書類を提出することにより、小規模保育事業を実施する場所として認めることとする。
なお、建築物の構造耐力や耐震性能の判断にあたっては、必要に応じて建築関係所管に技術的助言を求めることとする。
(1)建築基準法の新耐震基準に基づく建築確認済証が交付されていること。
(2)建物用途について建築基準法に基づく保育所用途への変更確認が認められていること、あるいはその見込みにあること。
(3)建築物の構造体力や耐震性能について、建築確認時の設計図書、構造計算書及び施工図等に基づき新耐震基準を満たす建築物であること、あるいは鉄筋コンクリート造等にあってはIs値(構造耐震指標)が0.6を超えることなどの証明ができること。
子どもの安全を確保するために、一定の条件を付して保育園として利用できる物件をセレクトして認めていこうという考え方で、これまで準備を重ねて12月から実施ます。今回は、東京都が認可保育・認証保育所で「通知」を出したことから、小規模保育事業同様の考え方で取扱いを始めようと考えています。
読者の中には、「待機児童対策」というリアルな課題に対して、事務的で細かな手続きについて言及していることに違和感を覚える方がいるかもしれません。しかし、「このビルの1階を保育園にしたい」と強く願っても、事務手続き上、「検査済証」がない物件は当初から除外するルールになっていれば、保育園として整備されることはありません。東京都は、「これまでも認めてきた」という立場ですがあくまでも「例外的」な取扱いで、今回の「通知」によって保育園整備の「既存建物」の活用の幅が大きく広がります。
「現場の声を聞くこと」で、「壁」をひとつ取り払いました。さっそく、世田谷区でも小規模保育事業、そして認証保育所を中心に、低年齢児の保育園として整備できる「既存建物」の活用に力を入れていきたいと思います。
[資料]
区市町村保育主管部長 殿
検査済証がない既存建物を活用した保育所等の整備の取扱いについて
保育所、認定こども園又は認証保育所(以下「保育所等」という。)を設置する際の手続きについては、保育所設置認可等事務取扱要綱、東京都幼保連携型認定こども園事務取扱要綱、東京都認定こども園事務取扱要綱及び東京都認証保育所実施細目(以下「事務取扱要綱等」という。)において定めています。
既存建物を活用して保育所等を整備する場合は、建物等が建築当時の建築基準関係規定に適合していることを確認する必要があるため、事務取扱要綱等において、原則として、下記1(1)のとおり建築確認申請書、確認済証及び検査済証の写しを提出すること、検査済証を紛失している場合は下記1(2)のとおり検査済証に代えて台帳記載事項証明書を提出することと規定しています。
また、区市町村から、検査済証の交付を受けていない建築物を保育所等として活用することが必要であると申し出を受けた場合は、下記2のいずれかの文書を検査済証の写しに代えて取り扱ってきたところです。
今般、既存建物を活用した保育所等整備の検査済証の写しに代わる取扱いについて、下記のとおり改めてお知らせ致します。
なお、下記2の取扱いについて、今後、事務取扱要綱等に定める予定のため、改正後、別途送付いたします。
記
1 既存建物を活用して保育所等を設置する際の提出書類
(1)建築確認申請書、確認済証及び検査済証の写し
(2)検査済証を紛失している場合は、台帳記載事項証明書
2 検査済証の交付を受けていない既存建物を活用して保育所等を設置する際の提出書類((1)から(3)のいずれか)
(1)建築当時の建築基準関係規定に適合していることを特定行政庁又は建築主事が証明した文書
(2)建築基準法第 12 条第5項の規定に基づく報告等に基づき、建築当時の建築基準関係規定に適合していることを特定行政庁又は建築主事が確認した文書
(3)建築基準法適合状況調査報告書等により、建築当時の建築基準関係規定に適合していることを区市町村長が確認した文書
3留意点
上記2の取扱いについては、建築主管部署と適切に連携すること。
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