「株価急落で年金削減」の悪夢を回避するために

「年金給付」の減額リスクを回避するために、今こそ政治が機能しなければならないと思います。
A man walks past an electric quotation board flashing the Nikkei key stock index of the Tokyo Stock Exchange (TSE) in front of a securities company in Tokyo on February 10, 2016. Tokyo stocks again dropped on February 10 to their lowest level since late 2014, as fears of a global recession hammered investor confidence ahead of testimony by the head of the US central bank. AFP PHOTO / Toru YAMANAKA / AFP / TORU YAMANAKA (Photo credit should read TORU YAMANAKA/AFP/Getty Images)
A man walks past an electric quotation board flashing the Nikkei key stock index of the Tokyo Stock Exchange (TSE) in front of a securities company in Tokyo on February 10, 2016. Tokyo stocks again dropped on February 10 to their lowest level since late 2014, as fears of a global recession hammered investor confidence ahead of testimony by the head of the US central bank. AFP PHOTO / Toru YAMANAKA / AFP / TORU YAMANAKA (Photo credit should read TORU YAMANAKA/AFP/Getty Images)
TORU YAMANAKA via Getty Images

かつて大問題になった「消えた年金」は、厳重に保管されなければならない「年金記録」の個票の管理がずさんだったことが明らかになった年金記録問題でした。合算すれば25年の年金受給資格期間があるのに、記録が欠損していたことで支給ゼロとされていたケースが次々と見つかりました。私も当時、戦争中の厚生年金制度の設立にさかのぼり、年金の歴史をひもときながら、年金記録が制度上、どこで途切れたのかを検証する作業をしたことを思い出します。(参考)『年金を問う-本当の危機はどこにあるのか』(2004年・保坂展人・岩波ブックレット)

このところの株価下落をうけて、将来の年金支払いの原資である「年金積立金の消失リスク」がにわかにクローズアップされてきました。「途切れた年金記録」は「最後のひとりまで」にはほど遠い状況ですが、丹念な調査・突合で「正確な記録」を見い出して受給の権利回復が実現する事例もありました。一方で、「年金積立金の消失リスク」は、「国内外の株式投資」に年金積立金の運用比率の重心を置くという変更案をうけてのもので、これまで以上に株式市場の影響を受けやすく、短期間に多額の年金積立金を失う危険があります。

年金積立金のハイリスク運用に歯止めを」(2016年1月19日)で、私は次のように呼びかけました。

年金積立金は誰のものでしょうか。国民共有の財産をリスク運用から引きあげ、安定して維持するように歯止めをかけるのが政治の役割です。「累積収益」(安倍首相)があるうちに転換するのか、ずるずると株式市場での損失リスクを拡大していくのか、どちらを選ぶのかを国会で徹底的に議論すべきだと、私たちが声をあげる時です。

年金積立金のハイリスク運用に歯止めを

2月に入り、ようやく国会での議論も白熱してきました。2月15日午後の衆議院予算委員会で民主党の玉木雄一郎議員が、「年金の運用実績が悪化すれば、給付に影響を与えるのではないか」と安倍首相に質しました。すると安倍首相は、「想定の利益が出なければ、当然、年金の支払いに影響する」との答弁し、実にあっさりと「年金積立金の運用実績次第では年金減額につながる」ことを認めたのです。

安倍晋三首相は15日の衆院予算委員会で、株価下落によって公的年金の運用損が拡大しているとの指摘に関し、想定を下回る運用状況が続いた場合は将来的に年金給付額が減る可能性があるとの認識を示した。「想定の利益が出なければ、当然、年金の支払いに影響する。給付に耐える状況にない場合は給付で調整するしかない」と述べた。

厚生年金や国民年金の積立金は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国内外の株式などに投じて運用している。首相は「長期的なスパンで見るので、その時々の損益がただちに年金額に反映されるわけではない」とも強調した。(北海道新聞 2016年2月15日)

年金積立金の運用実績が悪化すれば年金財政を直撃することは、私たちの心配してきたことでした。株価下落によって運用損が膨らんでしまった場合に、「給付に耐える状況にない場合は給付で調整するしかない」と安倍首相が言い切ったことに驚いた人も少なくないはずです。私は、この答弁の直後にツイートしました。

「わずかな年金だけが命綱です」という、自己紹介がわりの高齢者の声をよく聞く機会があります。ゼロ金利政策が長く続いて、定期預金でもスズメの涙ほどの利息しか出ない時期が長く続いています。さらに、「マイナス金利」時代に突入したからと言って、株式売買に乗り出す人は限られています。質素に倹約して無駄遣いせずに、老後の生活を支えるには不安な年金額を考えて、貯蓄で備えようと考えている人も多いからです。

「株式市場の急落」のニュースは、自分にとっては遠い世界の出来事であり、それがまさか「将来の年金減額」という場面と結びつくかもしれないと考えた人は少なかったのではないでしょうか。命綱であるはずの年金積立金という「虎の子資金」を使用するアクティブ運用には、株式市場の上昇局面では大きく資産を増やす反面、下降局面では損失を膨らませる「消失リスク」があることを、ほとんどの国民は知りませんでした。

そもそも、独立行政法人年金積立金管理運用基金(GPIF)が、年金制度を支える全国民の共有の財産を預かる組織だという事実さえ、どこまで周知されているでしょうか。この巨大金融機関の名称は、主に株式市場の動向を注視する人々の間ではよく語られています。しかし反面、将来の年金給付に不安を持ちながらも、それを命綱としている多くの国民の認識が薄いのは、年金制度が社会保障の根幹に位置しながら、年金保険料を支払い続けてきた国民に十分な情報開示と説明がないことを示しています。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のウェブサイトを開くと、平成27年度第2四半期の「運用実績のハイライト」を見ることができます。この7月から9月までの期間、収益率はマイナス5.59%、収益額はマイナス7兆8899億円とあります。この数字を見ると、その後に新年に入ってから急落した株式市場の影響をどのように受けているのかが気になるところです。情報開示の間隔が長いことで国会等で議論を進める時にリアリティを欠いているのも問題だと思います。

さらに、現在開かれている通常国会で厚生労働省は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による株式直接投資を可能とする法改正を検討していました。これまでも、年金積立金全体の株式投資拡大が政権の意向を大きく受けてきたことを考えると、政治が個別企業の経営に大きな影響力を行使する危険性も排除できないと考え危惧してきましたが、先送りが決まったようです。

GPIFによる株式直接売買、解禁先送りへ 政府・与党

 公的年金の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による株式の直接売買について、政府・与党は解禁を先送りする方針を決めた。政府による企業支配への懸念が労使に広がり、最近の株価の下落基調も考慮して今の国会中の法改正を断念。GPIFの組織改革を先行させることとした。(中略)

 厚労省は、日経平均株価など株価指数と同じ運用成績を目指して幅広い銘柄に投資する手法に絞る案を軸に解禁を検討してきた。だが、社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の部会で、経団連、連合の労使がそろって「企業支配への懸念」を理由に反対を表明。

(朝日新聞 2016年2月16日)

日銀が打ち出した「マイナス金利」がいよいよ実施されます。このマイナス金利で、年金資金の運用方針を見直すべきという議論も聞こえてきます。つまり、安定的な運用先としてきた「国債」での運用がマイナス金利によって困難となるので、国内外の株式運用の比率をさらに上昇させようという議論です。株式市場の下落によって将来の年金削減さえ話題になってきた時に、さらに「ハイリスク運用」を拡大するという議論が起きているのです。

この10年、政治に対する国民の最大の関心は「社会保障制度」に注がれています。「年金給付」の減額リスクを回避するために、今こそ政治が機能しなければならないと思います。

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