「私の住んでいる家は広すぎるんです。夫も先立ち、子どもたちもそれぞれ独立して家庭を持っています。もっと小さな部屋でいいからと不動産屋に探してもらったところ、70歳以上の高齢者には賃貸物件は難しいんですよ」と、70代女性のつぶやきを聞きました。同じ頃、大学関係者から「地方から仕送りを続けている親が経済的に苦しくなって中退するという学生が多いんです」という話を聞きました。両者をつなげることが出来ないかと考えたのが2年ほど前のことです。
世田谷区では3年ほど前から「空き家研究会」をつくり、建築家、デザイナー、空き家オーナー、住宅産業関係者等、幅広い人々が集まって「空き家再生」の可能性を探ってきました。すでに3年目となる「世田谷らしい空き家等の地域貢献活用モデル事業」を呼びかけて、地域交流、福祉、保育と多彩な活用モデルが誕生してきました。冒頭の考えは、こうした議論のやりとりの中で生まれてきた問題意識でした。
ハフィントンポストで大きな反響を呼んだ記事がありました。オランダの高齢者施設に学生が無料で住み込んでいるというものです。
「オランダにある老人ホームでは、学生が無料で入居できる」(2015年4月15日)
アムステルダムから2時間ほど東、デーヴェンターに「ヒューマニタス」という老人ホームがある。そこでは、簡単な一つの条件を満たせば、大学生たちに無料でそこに住むことを許可している。その条件は、毎月30時間、高齢の入居者と共に時間を過ごすことだ。現在、施設には6人の学生と、160人の高齢者が生活している。
このアイディアは、高齢者と学生の間にポジティブな社会的相互作用を作り出すことを目的としている。それは、「ヒューマニタス」の住民であるすべての人たち、若者と高齢者の双方にとって有益だ。
施設には、食事の準備の手伝いや、コンピューターの使い方の手ほどきなど、学生ボランティアの仕事が数多くあるといいますが、高齢者と学生が雑談の花を咲かせたり、誕生パーティーに出席したりという交流のひとときも大切な時間です。高齢者同士や施設職員との関係の外側にいる学生たちが、年齢を超えて親しくなることで双方がメリットを感じるというなら、 素晴らしいことだと思います。
さらに、「一人暮らし高齢者」と「学生」の組み合わせで同居する取り組みが、フランスでも広がっていると聞きます。
フランスに学ぶ 〜世代間同居が独居老人問題を解決する
パリ郊外の閑静な住宅地。一軒家に住む高齢の女性は、数年前に夫を亡くしてから一人暮らしとなり、元気がなかった。一方、音大に通う20代の学生は、パリでのひとり暮らしのさびしさ、そして高い家賃が悩みの種だった。
こうして、仲介機関のNPOを通じて始まった二人の同居生活。二人は一日の出来事を互いに語り合い、高齢者は学生のために献立を考えることが楽しみになり、孫のような青年が現れて大満足だ。また、学生は家庭的な暮らしのなか、高齢者の手伝いで誰かの役に立っている実感を得られている。
こうした世代間同居は、NPOや企業が仲介機関となって高齢者と学生を結びつけ、現在全仏で1千組を超えているという。(プラチナ社会研究センター 主任研究員 松田智生)
フランスでは、2003年の熱波でたくさんの高齢者がなくなったことが契機となって、NPOによるこうした活動が広がったそうです。日本の大学でも「たすかりす」と巧みなネーミングで、異世代同居を広げる取り組みが福井大学で始まっています。
「異世代ホームシェア」とは
住宅の空き部屋を学生が借り、その住宅の家主と一緒に共同生活を送る住まい方のことです。貸す側も借りる側も一人で生活できることを前提として行うもので、どちらかがどちらかに依存してしまったり、負担になったりすることはありません。前もって家主と学生双方の人柄や相性を確認し、双方のニーズに合ったルールを決めておくことにより、お互いにとって居心地のよい緩やかな共同生活の関係を築きます。http://www.anc-d.u-fukui.ac.jp/~ykikuchi/tasukarisu/isedaiHomeshare.html
また、「空き家活用シンポジウム」で世田谷でも活動紹介をしてもらった文京区のNPO「街ing本郷」が、2014年から「ひとつ屋根プロジェクト」を始めています。
異世代が共に暮らすことで,学生とシニアそれぞれが地域と結び付くきっかけとなり,街ぐるみでの見守りや生きがいを生み出す,新しい共助の関係を目指します。シニア側のメリットとしては、孤立感の解消や生きがいづくり、夜間の不安の解消、健康寿命の増進などが挙げられます。 学生側のメリットとしては、寂しさや孤立感の解消、シニアのみなさんからの知恵や経験の移転、大学の近くで格安で住めることなどが挙げられます。 (「街ing本郷」HP)
世田谷区内でも、高齢者の「一人暮し世帯」が増えています。「一人暮し」を続ける背景には、さまざまな事情があります。パートナーに先立たれた人もいれば、離婚等で一人になった人もいます。「一人暮し」と言っても、子や孫がすぐ近所に住んでいる人もいれば、周囲に親類縁者のいない人もいます。若いころから、「一人暮し」を続けてきて今に至っている人も含まれます。
沈黙のまま暮す 65歳以上の男性 6人に1人 (「太陽のまちから」2014年4月8日)
一人暮らしをしている65歳以上の男性のうち、約6人に1人が、2週間誰とも口を利かないか、挨拶(あいさつ)程度の言葉を1回しかかわしていない、というのです。一方の女性は、3.9%にとどまっています。(中略)
誰とも話さない、挨拶をする相手もいない。いまや、買い物もコンビニやスーパーで黙って品物を出すだけで、会話をしなくても生きていくことは可能です。誰にも気を使うことなく自由とも言えますが、孤独と背中合わせでもあります。
年を重ねると、体調の変化も起こりやすくなります。「顔色悪いね」「ちょっと胸が苦しいんだ」といった日常会話から診療に結びつくという機会がないと、孤立死・孤独死と地続きになるリスクがあります。
暮らしの中で「家族」と同居し、日常会話をすることは大切です。しかし、人の生命が有限であるように、「家族」が共に暮らす月日もいつか終わり、やむをえずに「一人暮し」を選ぶこともあります。政治家が熱を込めて「家族の価値」を繰り返す時に、家族と離れて暮らす決して少数派と言えない人々の存在を忘れてはならないと思います。
たしかに「家族」は重要な価値です。しかし、失なうこともあり、別れなければならない時もやってきます。「家族」と離れても、ゆるやかであれ人とのつながりを楽しみ、共に生きる道はきっとあります。そのためのきっかけや相互の信頼関係づくり、またいざという時のトラブル解消のバックアップ等の仕組みを整えて、高齢者の孤独を癒し、そのことと若者・学生への住宅支援が両立する仕組みに取り組んでいきたいと考えています。
実は、世田谷区にある昭和女子大学の坂東眞理子学長と、高齢者と学生の同居の仕組みについて、「どうにか実現したいですね」と相談しているところです。高齢者と学生の双方にメリットがあり、少々のトラブルは解決していくことで、お互いのライフスタイルを豊かなものに出来たらと願っています。