トップの無為無策によって窮地に追い込まれた新日本監査法人

新日本は、東芝側に騙されてきたことと見過ごしてしまったこととを整理し、監査人としてどのように対応してきたのか、そこにどのような問題があったのかを明らかにすべきだ

組織が重大な危機に直面した時、組織のトップの対応が、その組織の生死を分けることになる。

室町社長を中心とする会社執行部が、「第三者委員会の枠組み」を、世の中を欺くための「隠れ蓑」にするという悪辣なやり方まで用いて、問題の本質である原発事業に関わる問題を隠蔽し、いくつかの部門の「損失先送り」等の些末な問題だけで世の中の批判をかわそうとした東芝は、日経ビジネスの徹底した追及報道(【スクープ 東芝、米原発赤字も隠蔽 内部資料で判明した米ウエスチングハウスの巨額減損】【スクープ 東芝、室町社長にも送られた謀議メール 巨額減損問題、第三者委の調査は“出来レース”だった】)等によって追い込まれ、社会的批判の「炎上」を招き、史上最高額の課徴金納付命令を勧告されたことに加え、辞任した歴代3社長の刑事告発まで検討されるという最悪の事態に至っている。

その悪辣さとは全く正反対に、組織のトップの全くの無為無策によって、窮地に追い込まれているのが、新日本有限責任監査法人(以下、「新日本」)だ。

12月15日、金融庁の公認会計士・監査審査会は、東芝を監査した新日本に行政処分を行うよう金融庁に勧告した。勧告を受けて金融庁は、監査法人では初となる課徴金処分や、業務改善命令を出す方向で検討しているとされている。

私は、東芝の第三者委員会報告書が公表された直後から、当ブログ【監査法人に大甘な東芝「不適切会計」第三者委員会報告書】やNBO【東芝は「社長のクビ」より「監査法人」を守った】などで、監査法人との関係という問題の核心部分が調査の対象から除外され、不正会計の実態が全く明らかになっていないことを指摘してきた。

東芝第三者委員会報告書は、会計監査人の監査の妥当性の評価は調査の目的外だとして評価判断を回避しながら、その一方で、監査法人が不正に関わっていることを窺わせるような記述を随所で行い、それによって、東芝の会計不正を見過ごした新日本に対する世の中の批判は高まっていった。

そして、上記の審査会の勧告では、「当監査法人の理事長、品質管理本部長及び事業部長など経営に関与する社員は、…社員の品質管理に対する意識改革や期中レビューの強化、定期的な検証 の実施担当者の選任方法の変更等、改善に向けた取組を強化してきたとしている。 しかしながら、…原因分析を踏まえた改善策の周知徹底を図っていないことに加え、改善状況の適切性や 実効性を検証する態勢を構築していない。…審査態勢も十分に機能していない。 経営に関与する社員はこうした状況を十分に認識しておらず、審査会検査等の指摘事 項に対する改善策を組織全体に徹底できていない。」などと、理事長以下の対応に対しても厳しい指摘を行っている。

ところが、新日本執行部は、これまで「東芝との契約上の守秘義務」を強調し、独自の対社会的対応をほとんど行っていないばかりか、今回の事態を招いたことについて責任の所在すら明らかにしていない。

東芝の不祥事対応が、問題の本質を隠蔽し、世間の目をごまかそうとした「意図」と「画策」という面で、「最低・最悪」であったのに対して、新日本の対応は、「無為無策」によって、数千人の公認会計士等を抱える法人組織を崩壊させかねないという意味で「最低・最悪」である。

新日本は、これまでも幾度か重大な不祥事に直面し、その度に、私も危機対応に関わってきた。

2008年、証券取引等監視委員会の調査で、新日本に所属していた30代の公認会計士が監査先の会社の株をインサイダー取引したことが発覚。第三者委員会では私が委員長として(【会計士インサイダー事件で新日本監査法人に「調査委」】)、当該公認会計士の株取引だけでなく、監査法人に所属するすべての公認会計士職員を対象に株取引の実態を調査し、顧客企業から得た情報の不正使用の疑惑を招かないようにするための抜本的な対策を提案した。

2011年12月には、オリンパスの「損失隠し」事件に関して、オリンパス第三者委員会の調査報告書で、会計監査人の新日本について言及があり、「前任のあずさ監査法人からの業務引き継ぎ」と「ジャイラス社の配当優先株買い取りの際の報酬ののれん計上」の2点について、「問題なしとしない」との指摘が行われたことを受け、「オリンパス監査検証委員会」を設置、私は調査担当委員として弁護士調査チームによる調査を総括し、調査報告書を取りまとめた。

オリンパスの粉飾決算を指摘できなかった新日本への批判が高まり、法的責任を追及されかねない状況だったが、オリンパス事件の本質を見極める上で重要だった英国の医療機器会社ジャイラス社の企業価値について、オリンパス側の協力を得て調査を行えたことなどもあり、新日本が法的責任を問われるべき問題ではないことが明らかになったことから、2012年3月末の検証委員会報告書公表以降、新日本に対するマスコミや世の中の批判は概ね沈静化した。

このように、インサイダー取引問題の時の水嶋理事長、オリンパス問題の時の加藤理事長など、歴代の理事長は、重大な問題に直面した時に、第三者による調査体制を構築し、監査法人としての問題を客観的に検討して改善策を構築するという危機対応を行うことで、何とか信頼を維持してきた。

今回の東芝問題に対しても、「監査法人問題は委嘱の対象外なので評価判断の対象にしない」とした第三者委員会報告書が公表された直後に、東芝側に守秘義務の解除を求め、東芝監査を検証する第三者機関を自ら設置して調査検討を行い、問題点を明らかにする姿勢を示していれば、ここまで批判を受けることも、厳しい処分にさらされることもなかったのではないか。ところが、英公一理事長を中心とする新日本執行部は、東芝監査の問題を自ら検証しようとはせず、全くの無為無策であり、凡そ危機対応とは言えないものであった。

しかも、今回の東芝の会計不祥事表面化後の経緯を見ると、新日本は、東芝執行部の策略にまんまと嵌められてきたように思える。新日本は、東芝が世間を欺くために使った「第三者委員会の枠組み」の被害者だったとも言える。

第三者委員会報告書は、会計監査人の監査の妥当性の評価は調査の目的外だとして評価判断を回避し、監査法人が不適切会計を指摘できなかったことはやむを得ないかのような言い方をする一方で、米国の原子力事業子会社の発電所の建設受注案件について、監査法人側が損失先送りを認めるかのような発言をした旨の東芝側の説明を記述し、パソコン事業における部品取引の問題については、報告書末尾に、監査法人との関係について何の説明もなく、毎4半期末月に損益が異常に良くなっていることを示すグラフを資料として添付するなどしている。これらを見ると、誰しも、監査法人が不正に気付かないことはあり得ないような印象を持つはずだ。

つまり、東芝第三者委員会報告書では、表面的には、監査法人の会計監査の評価を行っていないため、ただちに監査法人の責任が表面化し、会計監査人を解任することにはならないが、監査法人の責任を問題にする声が次第に高まっていくような「毒」がしっかり盛り込まれているのだ。

このような報告書の記述に対しては、新日本側では弁解・反論したいことも多々あったであろうが、報告書公表前は、東芝側から「第三者委員会ガイドラインに準拠した委員会なので、我々も報告書の内容は一切知らされていない。」と言われ、内容を把握することはできず、公表後に異論を述べようとしても、公表と同時に委員会は解散してしまっており、その相手がいない。

そして、新日本は、報告書公表後も、それまで通り、15年3月末決算の監査を行い、2か月余り遅れて決算公表にこぎ着けたが、その後になって、東芝側から、「不正を指摘できなかった新日本に会計監査を委ねることはできない」との理由で、来年度以降新日本とは契約しない方針が、マスコミを通じて世の中に明かされるのである。

まさに、東芝執行部は、見せかけだけの第三者委員会の枠組みを最大限に活用し、新日本を利用するだけ利用した上で、用済みになったら切り捨てる、ということなのである。

そして「今回の審査会の勧告に関して、審査会の事務局長が、東芝への一連の監査でも、東芝側から新日本への『不当な圧力は認められなかった』といい、審査会は新日本の監査姿勢の甘さに問題があったと判断している」(毎日新聞)と報じられるなど、東芝側の監査法人への対応の問題は指摘されず、監査法人側の問題だけが一方的に批判されているのも、東芝執行部の思惑どおりと言える。

もちろん、新日本の東芝の会計監査人としての対応には重大な問題があり、重大な会計問題の隠ぺいに、少なくとも結果的に加担したことになるのであるから、相応の処分を受けるのはやむを得ない。しかし、一連の経過を見ると、新日本は、少なくとも、今回の会計不正の問題の表面化後は、東芝執行部の術中にまんまと嵌められたのではないか、というのが率直な印象である。

新日本に対しては、近く行政処分が出される。業務改善命令に加え、監査法人に対して初めての課徴金納付命令が出されることになる可能性が高い。それに加え、一定期間の新規受注の停止命令が出される可能性もある。これらの処分を受けて、多くの顧客企業が契約の継続を再検討することになれば、日本最大の監査法人である新日本が、存亡の危機に追い込まれる可能性もある。

このような事態に至っても、英理事長を中心とする新日本の執行部は、無為無策を通すのであろうか。

今からでも遅くない。新日本は、東芝側に騙されてきたことと、見過ごしてしまったこととを整理し、会計監査人としてどのように考え、どのように対応してきたのか、そこにどのような問題があったのかを、自ら明らかにするべきだ。

そして、審査会の勧告で「監査法人の運営は、著しく不当」として指摘されたこと、及びトップを含む執行部の無為無策によって、現在のような事態を招いたことの責任を明確にすべきではないか。

2015年12月16日「郷原信郎が切る」より転載

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