「日本版司法取引」運用上の最大の問題は「意図的な虚偽供述の疑い」への対応~美濃加茂市長事件控訴審で見えてきたもの(上)

協議合意制度の最大の問題とされたのが、自分の罪を免れ、或いは軽減してもらう目的で行われる「虚偽供述」によって、無実の人間の「引き込み」が起きる危険だった。

いわゆる「日本版司法取引」、被疑者・被告人が、他人の犯罪事実を明らかにするための捜査・公判協力を行う見返りに、検察官が,その裁量の範囲内で一定の処分又は量刑上の恩典を提供することを合意する「捜査公判協力型協議・合意制度」(以下、「協議合意制度」)を含む刑事訴訟法改正案が、本年6月に成立し、同制度は、2018年6月までに施行される予定とされている。

国会審議の中でも、協議合意制度の最大の問題とされたのが、自分の罪を免れ、或いは軽減してもらう目的で行われる「虚偽供述」によって、無実の人間の「引き込み」が起きる危険だった。

その法案審議が開始される直前の2015年3月5日に一審無罪判決が言い渡された美濃加茂市長事件は、「闇取引」が問題とされ、「意図的な虚偽供述の疑い」を理由に贈賄供述の信用性が否定された事件だったこともあって、法案審議の中でも注目された。(主任弁護人を務めた私は、衆議院法務委員会での参考人意見陳述で、同事件で問題となった点と協議合意制度導入の是非の関係についても言及した。【衆議院法務委員会議事録】

検察官が控訴し、1年余にわたって名古屋高裁で繰り広げられてきた控訴審(7月27日結審、判決は11月28日に言い渡しの予定)で最大の問題となったのも、「意図的な虚偽供述の疑い」をどのように評価するのかという点だったが、それは、協議合意制度の運用上も、極めて重要な問題である。

そこで、美濃加茂市長事件控訴審の審理を通して協議合意制度の運用に関する問題を考えてみたい(長文なので、(上)(下)に分割して掲載する)。

1 美濃加茂市長事件における贈賄供述に関する問題と協議合意制度

現職市長が市議会議員時代の合計30万円の受託収賄等の事実で起訴され、捜査段階から一貫して現金授受の事実を全面否認してきた事件の唯一の直接証拠は浄水プラント業者の贈賄供述だったが、その供述は、合計4億円近くもの融資詐欺(公文書偽造・同行使等を手段とする)のうち2100万円の事実しか立件されていない段階で開始されたものだった。

警察が市長に対する贈収賄事件の捜査に着手して以降、融資詐欺の余罪がすべて不問に付されていたことに疑問を感じた弁護人は、公判前整理手続において「闇司法取引の疑い」を予定主張に掲げ、関連証拠の開示を受けたところ、当然起訴されるべき悪質な融資詐欺・公文書偽造・同行使等の事実が多数あることが確認された。弁護人が、それらの事実を告発したことで、検察官が、8ヶ月も放置していた4000万円の融資詐欺事実を追起訴せざるを得なくなったことなどを重視した一審裁判所は、「闇取引」自体は否定したものの、贈賄証言の信用性を否定する背景事実として「虚偽供述の動機が存在した可能性」を指摘して、市長に無罪判決を言い渡した。

現職市長の収賄事件での一審無罪判決に対して、検察は、組織の面子にかけて控訴した。控訴審では、贈賄供述者が、自己の処罰軽減を目的として「意図的な虚偽供述」をした疑いをどう評価するかが、最大のポイントとなった。

美濃加茂市長事件の一審では、処罰の軽減の約束が、不透明な形の事実上の取引として行われた「闇取引」の疑いが弁護人側から主張され、そのような「闇取引」が存在したのか否かが、一つの争点となった。一方、「協議合意制度」は、透明な形で、正式の制度として供述者に処罰の軽減の恩典を与えることで供述の動機を提供しようとするものであり、「合意供述」については、「取引」の存在が前提とされているという点で、美濃加茂市長事件とは異なる。

しかし、両者には重要な共通点がある。

それは、自己の処罰の軽減を目的とする「意図的な虚偽供述」が疑われ、その点が刑事裁判における重要な争点になるということである。

美濃加茂市長事件一審判決は、「闇取引」自体は否定しつつも、贈賄証言の信用性を否定する重要な背景として「虚偽供述の動機の存在の可能性」を指摘した。「闇取引」による供述であれ、協議合意制度導入後の「合意供述」であれ、自己の処罰の軽減のために「意図的な虚偽供述」を行う疑いがあることに変わりはない。そのような疑いがある場合は、実際の刑事裁判において、主張立証及び事実認定の在り方が、従来の「供述の信用性」の評価の手法とは大きく異なることとなる。

2 「意図的な虚偽供述」の疑いがある場合の立証と従来の立証との違い

協議合意制度導入後の「合意供述」のように、自己の処罰を軽減する目的で「意図的な虚偽供述」を行った疑いがある場合には、もともと供述の信用性は低い。しかも、その供述の信用性については、従来の一般的な供述の信用性の評価とは異なった評価を行う必要がある。

従来は、刑事裁判では、「関係証拠と符合している」「供述内容が具体的、合理的で自然である」などが信用性を裏付ける要素とされ、公判証言もそれらを根拠に証言の信用性が認められ、刑事裁判の事実認定の根拠とされるのが通例であった。

しかし、合意供述のように「意図的に虚偽供述する動機」があり、実際に、刑事裁判で、「意図的な虚偽供述の疑い」が主張された場合には、そのような従来の信用性評価は必ずしも妥当しない。

自己の処罰を軽減するために「意図的な虚偽供述」を行う者は、まず捜査機関側に自らの供述を信用させる必要があり、一般的には信用性が高いと思われるような証言を必死に作り上げる可能性があるからである。「供述の信用性」の評価要素が、供述者によって作り上げられる、つまり意図的に「信用性の作出」が行われる恐れがある。

その供述者から聴取する立場の取調官の側も、当初は、そのような供述に対して慎重に対応するであろうが、一旦、その供述が信用できるものと考え、それを活用して捜査を進展させようと判断し、供述者との協議合意が成立した時点以降は、捜査の進展、当該事件の起訴に向けて、供述者と同様に「信用性の作出」を行う可能性がある。検察官も、合意供述に基づき、事件を起訴しようとして、取調べで供述内容を調書化する場合や、同供述に基づいて起訴が行われた後での証人尋問の準備等において、その供述が裁判所に信用されるようにするための努力を行うことになる。

こうした局面において、供述者側と警察官・検察官側が共同して、「供述の信用性」を作出することが考えられるのであるから、供述の信用性は、そのような経過の中で容易に作り出すことができる「供述の具体性・合理性、関係証拠との符合」等の従来の要素だけで信用性を評価することはできないのである。

では、「合意供述」のように、「意図的な虚偽供述の疑い」があるが、実際には真実を供述していると捜査機関・検察官が判断している場合、その供述に係る事実を立証するためにはどのような方法が考えられるのであろうか。

第1に、供述が契機となって把握された犯罪事実について、当該供述を除外して、それ以外の証拠によって当該事実を立証する方法である。特に重要となるのは間接事実による立証である。関連する事実を、間接事実として構成することで犯罪事実が推認できるのであれば、「意図的な虚偽供述」の疑いがある供述の信用性の低さが補われることになる。

第2に、供述経過と、それに関連する客観的事実の判明との時間的関係から、「意図的な虚偽供述の可能性」を否定するという方法である。「意図的な虚偽供述」というのは、記憶にない事実を創作して供述するということなので、客観的事実との不整合を来すことは避けがたい。それを信用できる供述であるように見せかけるためには、供述後に明らかになった客観的事実と辻褄が合うように供述内容を修正するなどして「信用性の作出」を行うことが不可欠となる。それが不可能であったことが客観的に否定できれば、それによって虚偽供述の可能性を否定し、証言の信用性を立証することができる。

協議合意制度導入後の「合意供述」ではないものの、一審判決でも、自己の処罰を軽減するための「意図的な虚偽供述の疑い」が指摘された美濃加茂市長事件における贈賄供述には、「合意供述」と同様の問題があり、控訴審で検察官が試みた立証も、上記の二つの観点に基づくものだった。

しかし、同控訴審での検察官の主張立証には多くの問題があり、控訴審での事実審理の結果、むしろ、贈賄供述が意図的な虚偽供述であることが一層明らかになった。そして、そのような検察官の主張立証の後に、裁判所が実施した職権での贈賄供述者の証人尋問の中で、意図的な虚偽供述の疑いがある証人尋問における検察官の「証人テスト」という重要な問題が明らかになったというのが、弁護人の主張である(【控訴審で一層明白となった贈賄虚偽証言と藤井美濃加茂市長の無実】)。

同事件の控訴審で検察官が試みた主張立証に関して弁護人が指摘した問題は、協議合意制度の導入後、制度を運用していく立場の検察官が、今後「意図的な虚偽供述」の疑いという問題にどう取り組んでいくのかを考える上でも極めて重要だと考えられる。

3 美濃加茂市長事件控訴審での検察官の主張立証

(1)贈賄証言を離れた間接証拠・間接事実による推認

上記第1について、検察官は、「本件各現金授受の事実を基礎づける証拠としては,贈賄者である中林の公判供述があるのみ」との前提で行われている一審判決の判断の枠組みに関して、控訴趣意書で、「中林証言を離れて,間接証拠からどこまでの間接事実が認定でき,そこからどのような事実が推認されるのかを確定する作業や,これを踏まえて中林証言全体の信用性の検討を行うという作業を怠っている」と批判し、原審での証拠に基づいて、「間接証拠から被告人と中林の癒着関係とその深まり、被告人による特定業者に対する有利・便宜な取り計らいと中林側の動機の存在、贈賄金の準備及び贈賄の機会の存在等の事実が認められ、これらによって現金授受の存在が推認される」と主張した。

自己の処罰軽減を目的とする「意図的な虚偽供述」が疑われる供述というのは、もともと信用性が低いのであるから、その供述を離れて、他の証拠によって公訴事実を立証しようとする方針自体は誤っていない。

しかし、問題は、当該起訴事実に関して、そのような間接証拠・間接事実による現金授受の推認を、「中林証言を離れて」行うことが可能なのか、果たして、その「間接事実による推認」に合理性があるのかである。これらの点は、公判前整理手続や一審での審理経過と現金授受についての検察官の主張立証の在り方にも関連してくる。

ア 「供述を離れての推認」

贈収賄事件は「密室の犯罪」と言われ、いずれかの当事者の自白が不可欠な事件と考えられており、事実を否認する事件においては、一方の自白の信用性が最大の争点になるのが通例であった。薬物の密輸事件等で、国外から大量の薬物を持ち込んで逮捕された被疑者が、薬物を所持していたことの認識を全面否認する場合に、それについては供述によるのではなく、様々な間接事実から薬物所持・密輸の犯意を立証するのが通例であるのとは大きく異なる。

美濃加茂市長事件においても、一審での検察官の立証は、贈賄供述者の証言が具体的かつ合理的で関係証拠と整合しているなどとして信用性できるとする立証が中心だった。

ところが、美濃加茂市長事件控訴審では、検察官は、贈収賄事件で「贈賄供述を度外視して」、間接証拠・間接事実から現金授受を推認することができると主張したのである。

問題は、贈収賄事件において、そのような「自白に頼らずに間接事実によって賄賂の授受の立証を行うこと」が可能なのか、という点である。

実際に検察官が間接事実として主張したのは、「被告人と中林との癒着関係とその深まり」「被告人による特定業者に対する有利・便宜な取り計らい」「中林の動機の存在」「被告人に供与することを企図した現金の準備」「贈賄の機会の存在」などであった。

検察官が現金の授受を推認させる間接事実の柱としたのは、収賄側から贈賄側に「特定業者への有利・便宜な取り計らい」、つまり「便宜供与」が行われていることであった。この「便宜供与」というのは、賄賂の対価としての職務行為であり、贈収賄事件においては極めて重要な要素である。それが存在することは、捜査の端緒にもなり得るし、また、贈収賄事件の悪質性を裏付ける重要な情状事実でもある。

しかし、「便宜供与」の事実それ自体を、賄賂の授受の間接事実として、そこから授受が推認されるとの主張が行われることは、従来はほとんどなかったものと思われる。賄賂の授受は、贈収賄いずれかの当事者の自白とその信用性を裏付ける証拠によって立証するという手法がとられてきた。

薬物の輸入事案のように、間接事実による立証が主体となる場合もある。大量の薬物を国外から持ち込んだという客観的事実が存在する場合には、それ自体で「重大な嫌疑」が存在している。そこでは、薬物所持の認識があったのか、なかったのかのいずれであるかが二分法的に争われることになる。被疑者側が「認識がなかった」と主張する場合には、その荷物が何だと認識していたのか、それをどのような経緯で所持し、国外から持ち込んだのか、という点についての弁解の合理性がなければ、「認識があった」という方向での事実認定に向かうこととなる。

ところが、贈収賄事件における「便宜供与」というのは、贈賄側と収賄側公務員との関係性、行われた職務の性格・内容によって、様々な理由が考えられる。単に、他の業者であれば行わない有利な取扱いが行われたからと言って、それだけで、賄賂の授受の嫌疑が生じたり、それが高まったりするわけではない。

美濃加茂市長事件に関して言えば、検察官は、被告人の「浄水プラント導入推進に向けての行動」、「特定企業に対する有利便宜な計らい」を「客観的事実」ととらえ、そこから、中林供述からも、被告人等の関係者の供述からも離れて、現金の授受が推認できるとしている。しかし、被告人は、浄水プラントは美濃加茂市の防災対策において必要だと考えて導入を推進しようとしたと一貫して供述しているのであり、そこに、「特定企業の利益を図る目的」があったか否かは、被告人供述の信用性と離れて評価することはできない。

また、検察官は、「動機の存在」、「供与することを企図した現金の準備」なども、「中林証言から離れて」現金授受を推認できる間接事実として主張しているが、これらは、まさに中林の主観面に関連する事実であり、供述によって初めて間接事実としての意味づけができるものである。

イ 供述以外の証拠の不存在

このように検察官の「贈賄供述を離れた間接事実による現金授受の推認」との主張には、もともと無理があった。そのような無理筋の主張を通そうとしたために、検察官の主張は、主張事実の内容と、根拠となる証拠に関して多くの問題を露呈することになった。

弁護人は、答弁書等で「中林証言を離れて、間接証拠によって認定できる間接事実から現金の授受の存在が推認される」とする検察官の主張は、根拠として引用されている証拠には、その事実を裏付ける証拠がなかったり、事実を歪曲していたり、関連証拠の中の都合の良い一部だけを取り出して引用したり、中林証言のみに依拠しているのに、表現を変えて客観的証拠に基づくように見せかけたりするなど、多くの問題があることを指摘した。

検察官の主張は、「中林証言を離れて」としているが、大部分は、中林証言に依拠するものであり、端的に言えば、「中林証言によって中林証言が裏付けられている」と述べているに等しいものだったのである。

ウ 審理経過に関する問題

また、検察の間接証拠・間接事実の主張には、一審での審理経過との関係でも重大な問題があった。

間接証拠・間接事実を、立証命題とどのように関連づけるのかは、当事者の立証方針による。公判前整理手続に付された場合、同手続の中で行われた争点整理に基づき、検察官が、立証命題と間接証拠・間接事実との関係を明示し、一審での審理をそれらに関するものに集中することによって迅速かつ充実した審理を行おうとするのが同手続の目的である。

その手続の中で検察官が明示した間接証拠・間接事実に対しては、弁護人側も十分な検討を行い、必要な反論・反証を行うことになる。

検察官が一審で明示しなかった証拠・事実は、検察官の立証命題と何らかの関連性を有すると解し得るとしても、関連性の有無や、推認し得る事実の範囲等については、原審の審理の過程で何らの検証も当事者の反論にもさらされていない。それを、控訴審に至って、検察官が間接証拠・間接事実として主張することは、関連性や推認の合理性に関して検察官の一方的な見方を示すものに過ぎない。

一審の公判前整理手続の段階で、検察官が間接事実として主張しておらず、被告人、弁護人側からの反論・反証も行われていない事実を、控訴審に至って、突然、立証命題を推認し得る間接証拠・間接事実として主張することは、証拠評価・事実認定の手法として合理的なものとは到底言えないだけでなく、公判前整理手続に関する訴訟手続の法令違反の疑いすら生じることとなる。

エ 協議合意制度の下での「合意供述を離れた間接事実による立証」

今後、協議合意制度が導入された後に、贈収賄事件等において、もともと信用性が低い「合意供述」を立証に活用するために、「証言と離れて」間接事実から賄賂の授受を推認する、という手法を用いることも、重要な検討課題になるであろう。

そのために、検察官は、立証命題となる事実に関して、どのような事実を、どのように間接事実として位置づけ、どのような証拠によって立証するのかを十分に検討する必要がある。美濃加茂市長事件においては、「便宜供与の事実」を賄賂授受の間接事実として主張するという方法での立証を、一審での審理経過を無視して、控訴審において唐突に行ったが、(この事件では、現金授受の事実が存在しないのだから当然の結果として、)立証は失敗に終わったというのが弁護人の主張である。しかし、今後、導入される協議合意制度を贈収賄事件の摘発に活用していく上で、「便宜供与の事実」を「賄賂の授受」の間接事実として位置づけて立証に活用していくことも重要な課題の一つだと言える。

もっとも、前述したように、「便宜供与」を賄賂の授受の間接事実として意味づけるとすれば、その動機・目的が重要となり、その点に関して当事者を追及して供述を得るしかないということになると、結局のところ「自白中心主義」に戻らざるを得なくなる恐れもある。この点については、協議合意制度の下における「供述を離れた立証の在り方」に関する制度論も含めた検討が必要であろう。

【(下)に続く。】

(2016年8月4日「郷原信郎が斬る」より転載)

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