首都圏で急ピッチで進む電車内の防犯カメラ設置~東京五輪で前進する痴漢対策、関西には遅れ:研究員の眼

2020年の東京五輪に向けて、首都圏では、電車や地下鉄の車両に防犯カメラを設置する動きが急ピッチで進んでいる

2020年の東京五輪に向けて、首都圏では、電車や地下鉄の車両に防犯カメラを設置する動きが急ピッチで進んでいる(*1)。

JR東日本は2018年春以降、山手線の全550車両に防犯カメラを設置すると発表した。1車両につき4台ずつ設置して録画し、カメラが作動中であることを表示したステッカーを掲示して痴漢やテロ行為などの防止を図るという。東急電鉄や東京メトロ、都営地下鉄も今後、全車両に設置する計画を明らかにしている。

電車や地下鉄内の痴漢には、これまで子どもを含む多くの女性たちが苦しめられてきたが、防犯カメラが設置されれば抑止と検挙に一定の効果を期待できる。

報道によると、JR東日本が2009年12月に初めて埼京線に設置したところ、埼京線の痴漢摘発件数は、同年の136件から、2010年は100件に減ったという(*2)。

また、今年11月にJR埼京線で男4人が女性を集団で痴漢したとして強制わいせつ容疑で逮捕された事件では、車内の防犯カメラの映像などから容疑者を特定したと報道されている(*3)。

痴漢被害の実態に関する全国調査はほとんど存在しないが、警視庁ホームページによると、都内では、2016年に発生した痴漢約1,800件のうち過半数の52.7%が(図1)、より悪質な強制わいせつでは、約800件のうち16%が(図2)電車内で発生している(*4)。

ただし、警察庁の「電車内の痴漢防止に係る研究会」がまとめた報告書(*5)によると、過去1年に痴漢被害に遭った人のうち警察に届け出た人はわずか2.6%にとどまっているため、実際には、東京だけで毎日少なくとも100人以上が電車内で痴漢や強制わいせつの被害に遭っている可能性がある。

満員電車という過度に密集し、密閉された特殊な空間が、性犯罪に悪用され続けているのである。

AOL

従来、鉄道事業者による主な痴漢対策は、女性専用車両の導入だった(*6)。前述の報告書によると、女性専用車両がある電車を通勤通学等に利用している女性のうち4割が、痴漢被害防止のために「女性専用車両に乗る」と回答しており、乗客自身の防衛手段としては有効だと言える。

しかし現在の被害状況を見れば、対策として十分だとは言い難い。防犯カメラは、1995年の地下鉄サリン事件以降、駅構内にはテロ対策として普及したが、車内にはほとんど設置されてこなかった。鉄道事業者には女性管理職が少ないことが影響しているのかもしれない(*7)。

現在、首都圏で導入が急ピッチで進んでいる要因には、東京五輪に向けたテロ対策という側面があるにせよ、この動きは歓迎したい。

痴漢を疑われた乗客が線路上を逃走する事件も相次いでおり、痴漢は輸送にも打撃を与えているが、防犯カメラはその抑止にもつながる。その上、被害者の周囲で不審な動きをする乗客を捉えることができれば、冤罪防止につながる可能性もある。

しかも、電車で起きている犯罪は痴漢だけではない。警察庁の統計によると、2016年に電車や地下鉄などで発生した窃盗や暴行などの刑法犯は計5,947件にも上っており(*8)、それらの対策にもなる。

ただし、鉄道事業者が導入する際には、プライバシー侵害を防ぐために、録画を確認できる人や条件を絞り込むなど、厳正な運用ルールを定めることが求められる。

問題は、東京五輪の会場から遠い関西など、他のエリアではほとんど本格導入する動きが見られないことである。電車や地下鉄内の痴漢は、過密化した都市に共通する問題であり、他のエリアでも導入を促進するには行政の果たすべき役割が大きい。

まずは鉄道事業者自身が、自社が所有・管理する施設内で日々、性犯罪が起きている事実を深刻に受け止めて、被害相談を整理し、実態把握する必要がある(*9)。そして、国土交通省がそれらを集計するとともに、防犯カメラを設置した先行事例の成果を調査、啓発し、普及に努めていくことが求められるのではないだろうか。

「犯罪の取り締まりは警察」という消極的な姿勢では鉄道の安全を確保できない。同省は、駅員に対する暴力行為については実態調査を行っているのであり、女性の乗客らに対する性犯罪についても、同じ目配りをしてほしいと切に願う。

(*1) 各社プレスリリースより

(*2) 2011 年2月16日 毎日新聞夕刊

(*3) 2017年11月28日 毎日新聞朝刊

(*4) 平成27年犯罪白書や警察庁ホームページによると、全国では、2016年に電車や地下鉄内で発生した強制わいせつの認知件数は246件だった。2014年に、痴漢をしたとして迷惑防止条例違反で検挙された件数は3,439件に上るが、これには電車以外で起きたものも含まれている。

(*5) 「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」(2011年3月)。

(*6) 国土交通省への取材によると、2017年4月時点で全国の32事業者が計87路線で導入している。

(*7) 2016年の賃金構造基本統計調査によると、従業員100人以上の事業所では、「部長級」「課長級」を合わせた女性管理職が管理職全体に占める割合は、全産業平均9.3%に対し、鉄道業を含む「運輸、郵便業」は4.9%にとどまっている。

(*8) 警察庁ホームページ「平成28年の犯罪」から「地下鉄内」と「その他の列車内」で発生した刑法犯の認知件数を合計。

(*9) 「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」によると、被害者が駅員に届けた比率は6.6%で、警察に届け出た比率(2.6%)よりも高い。

関連レポート

(2017年12月21日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

社会研究部 准主任研究員

注目記事