環境要因や遺伝要因が、がんリスクに及ぼす影響は、研究者が考えているほど大きくないかもしれない。
細胞が分裂する際にDNA複製過程で誤りが起こることがある。がんを引き起こす変異の約3分の2はこれが原因であり、環境要因による変異は29%、受け継いだ変異は5%程度であることが示された。
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がんを引き起こす変異の3分の2近くは、細胞がDNAをコピーする際に起きたエラーが原因であることが数学モデルから示唆された。この知見は、ジョンズホプキンス大学シドニーキンメルがんセンター(米国メリーランド州ボルチモア)の数学者Cristian Tomasettiおよび遺伝学者Bert Vogelsteinらにより2017年3月23日にScienceに発表された(参考文献1)。
環境要因や内的要因ががんリスクに及ぼす影響がどの程度なのかについて、長く議論が続いている中、この研究結果は最新の論拠となる。また著者らは、がんを引き起こす変異の多くが受け継いだものではないこと、また、生活様式の選択を変えるなどによって防止できないと考えられることも示した。
Vogelsteinは、「これは『がんとの闘い方』を変え得る発見です」と言う。
「研究者たちは、がんを引き起こす変異が生じる際の環境要因の役割を強調する傾向がありました。これらの変異を敵と考えると、全ての敵が我々の体の外にあるなら、敵が侵入してくるのを防ぐ方法は明らかです。しかし、多くの敵、つまりがんを引き起こす変異の場合は3分の2近くが、実際には我々の体の内にあるなら、全く異なる戦略が必要でしょう」
とVogelsteinは説明する。
「その戦略とは、予防に加え、早期の発見や治療に重点を置いたものでしょう」と彼は言う
複製エラー
細胞が分裂するたびに、そのDNA複製過程ではエラーが生じる可能性がある。VogelsteinとTomasettiが2015年に発表した解析結果(参考文献2)は、一部のがんが他のがんより多く見られる理由を説明できる可能性があることから話題を呼んだ。彼らが導き出した結論は、臓器の幹細胞の分裂回数の違いが、その部位にがんが生じる頻度と相関する、というものであった。
つまり、それほど一般的にがんが見られない脳などの部位では、一般的にがんが見られる大腸などの部位よりも幹細胞の分裂回数が少ない、ということである(Nature ダイジェスト 2016年3月号「がんの主な原因は『不運』?」参照)。
がん発症の原因となるものの中には、喫煙や日光への暴露などのように避けられるものもある。
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この研究の結論は、「がん予防の取り組みには意味がない」という考えに至る恐れがあったことから、数百もの検証論文を生み出すこととなった(参考文献3)。「環境要因によって生じるがんの割合についての議論が再燃しました」と、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(バーゼル)でがんの数学モデルを専門としているRobert Nobleは言う。
Vogelsteinは、「がんを引き起こす変異を生じさせ得るものとして、喫煙や日光への暴露などが知られています。この研究によって、既知のがんの原因に対する取り組みに異議を申し立てるつもりはありませんでした。疫学研究から、がんの約42%は予防が可能であると考えられており、私の結果はそれに矛盾するものではありません」
と述べている(Vogelsteinの研究では、がんを引き起こす変異の数を見ている。一般的に、がん発症にはそのような変異が2つ以上必要であるため、変異のうちの1つが環境要因により生じるのであれば、がんの発症は完全に予防することが可能である)。
今回の研究では、この2015年の論文よりも2つの点が補強されている。今回の研究では米国以外の国にも解析が拡大され、69カ国のがん発生率に関するデータベースが含まれている。さらに、乳がんと前立腺がんという2つの一般的ながんも新たに加えられている。「拡大解析の結果から2015年の論文の結論が裏付けられました」とTomasettiは言う。
次にTomasettiらは、がんを引き起こす変異への環境、遺伝、ランダムなDNA複製エラーの相対的な寄与について計算した。彼の研究チームは、主にUKがんデータベースのデータを利用し(一部についてはがんゲノム塩基配列解読データを用いた)、特定の環境暴露の指標となる変異を探索した。
すると、がんによってこれらの要因が寄与する割合が異なっていることが分かった。例えば、肺がんの一種である肺腺がんでは、がんを引き起こす全ての変異のうち65%が環境要因(または遺伝要因)で、複製エラーは35%を占めるのみであったのに対し、前立腺、脳、骨のがんでは、がんのドライバー変異の95%以上が、DNAをコピーする際に生じるランダムなエラーによって生じていた。
総合的に、32種類のがんについての計算から、がんを引き起こす変異の約66%がDNA複製の際のランダムなエラーによって生じており、環境要因による変異は29%のみで、受け継いだ変異は5%であることが示された。
明確になる
「今回の研究に用いられた方法は、解析を簡素化するために多くの仮定に依存しなければなりませんが、妥当なものです」とNobleは言う。
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校がんセンター(米国)の所長Yusuf Hannunは、塩基配列データや疫学データを基盤として環境要因や遺伝要因を完全に予測する方法はまだ知られていないため、今回の研究がそれらの要因の寄与を過小評価しているかもしれないと懸念している。
例えば、「ある人の肺がんに喫煙がどの程度影響を及ぼしたかを見積もることができるかもしれませんが、大気汚染やラドン暴露の影響を完全に捉えることはもっと難しいと考えられます」
とHannunは言う。
「全体として、このような議論は、がんの原因のより良いモデル開発を目指す分野を活性化するのに役立ちました。議論を通してたくさんのことが明らかになり、それが非常に役立っているのです」
とNobleは言う。
Vogelsteinは、この結果により、患者とその家族、特にがんの子どもを持つ親が、がんの罹患で感じる罪の意識を少しでも軽減できたらと思っている。
多くの人が利用するインターネットを用いてがんの原因を検索すると、ある生活様式あるいは遺伝子によって引き起こされるという答えが得られることが多い。
「がんは何をしていたとしても発症したのだと理解する必要があります。がんというすでに困難な状況に、罪の意識を加える必要はありません」とVogelsteinは言う。
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170606
原文:Nature (2017-04-23) | doi: 10.1038/nature.2017.21696 | DNA typos to blame for most cancer mutations
Heidi Ledford
- Tomasetti, C., Li, L. & Vogelstein, B. Science355, 1330-1334 (2017).
- Tomasetti, C. & Vogelstein, B. Science347, 78-81 (2015).
- Nowak, M.A. & Waclaw, B. Science355, 1266-1267 (2017).
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