昔ながらの玩具「ぶんぶんゴマ」をヒントにした手動遠心分離機が開発された。血液サンプルの処理やマラリア原虫の分離を、電気なしで安価に行うことが可能だ。
Paper and string: the DIY centrifuge
「ぶんぶんゴマ」をヒントにした紙製の遠心分離機を使って、血液サンプルからマラリア原虫などの寄生虫を分離することができた。
インド育ちのManu Prakashは、子ども時代に「ぶんぶんゴマ」でよく遊んだという。ぶんぶんゴマは、ビンの蓋に穴を2つ開けて紐を通した玩具で、両手で紐を持って蓋を何度か回転させた後、紐を両側に引っ張ったり緩めたりして紐をよじれさせ、蓋を高速回転させて遊ぶ。
長じてスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の物理生物学者になった彼は、この単純な玩具が、マラリアなどの疾患の診断に役立つ安価なツールになり得ることを示し、2017年1月10日にNature Biomedical Engineeringに報告した(参考文献1)。
Prakashは、2013年のウガンダへの研究旅行の後でこのプロジェクトに着手した。ウガンダの診療所を訪問した彼は、ほとんどの診療所で遠心分離機(あるいは、遠心分離機を動かすための電気)が利用できず、基本的な疾患の診断に必要な血液サンプルの分離ができないことを知ったのだ。
折りたたみ式の紙製の顕微鏡「フォールドスコープ(Foldscope)」(参考文献2)を発明して2016年のマッカーサー賞(天才賞とも呼ばれる)を受賞したPrakashは、「ある診療所では、壊れた遠心分離機をドアストッパーとして使っていました。アフリカから帰国した私たちは、電力を使わず、人力だけで遠心分離ができないだろうかと考えたのです」と語る。
安価なローテク遠心分離機としては、野菜を入れたカゴを回転させて水切りをするサラダスピナー(参考文献3)や泡立て器(参考文献4)を利用したものが発明されているが、こうした装置の回転速度はせいぜい1200rpm(毎分1200回転)で、試料を処理するのに時間がかかりすぎる、とPrakashは言う。Prakashらは、より高性能の遠心分離機の開発を目指し、回転するおもちゃを買い集めて、それら1つ1つの動きを高速度カメラで撮影した。ヨーヨーの回転は遅すぎる上、使いこなすには練習が必要だった。それに対して「ぶんぶんゴマ」は、使い方が簡単で、市販の遠心分離機に匹敵する1万rpmという高速で回転していることが分かった。
これに気を良くした研究者たちは、ぶんぶんゴマ遠心分離機のさらなる改良を目指して、その基礎にある数学を調べた。ビデオ映像から、ぶんぶんゴマの2本の紐は、よじれたりほどけたりする際に、お互いの周りに巻きつくだけでなく、DNAのようならせん構造をとることも明らかになった。このらせん構造を作らせる力を記述する方程式を解くと、円盤の大きさから紐の太さまで、理想のぶんぶんゴマの仕様が見えてきた。回転数の上限は、理論的には100万rpmにもなった。
人間の手ではここまで速く回転させることはできない。⇒
ケンブリッジ大学(英国)の応用数学者である時枝正は、「この研究が特別なのは、どこにでもある単純なものに着目して、素晴らしい有用性を明らかにしている点です」と言う。
ぶんぶんゴマを最適化したPrakashらは、血液サンプルを紙製の遠心分離機に固定するためのプラスチック管を取り付けた。「ペーパーフュージ(paperfuge)」と命名された試作品の回転速度は2万rpmで、1分半の回転で血液から血漿を分離し、15分でマラリア原虫を分離することができた。
医療従事者たちが、診療所や野外でこんなに長い間ぶんぶんゴマを回してくれるかどうかはまだ分からない。Prakashは現在、PIVOT(米国マサチューセッツ州ボストン)という医療NGOと提携して、ペーパーフュージの使いやすさだけでなく、市販の遠心分離機と比較したときの耐久性や信頼性を評価する臨床試験をマダガスカルで行っている。
PIVOTの共同設立者であるハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の経済学教授Matt Bondsは、「ペーパーフュージが使い物になるかどうかはまだ分かりません。今の遠心分離機からペーパーフュージに切り替えるよう説得するにはエビデンスが必要でしょうが、選択肢としてペーパーフュージを使えるようにしておけば、新たな世界が開けてくるのではないでしょうか」と話す。
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170304
原文:Nature (2017-01-10) | doi: 10.1038/nature.2017.21273 | Spinning toy reinvented as low-tech centrifuge
Devin Powell
- Bhalma, M. et al. Nature Biomed. Eng. (2017).
- Cybulski, J. et al. PLoS One9, e98781 (2014).
- Brown, J. et al. Am. J. Trop. Med. Hyg.85, 327-332 (2011).
- Wong, A. et al. Lab Chip8, 2032-2037 (2008).
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