「らく(6)」と「ご(5)」の語呂合わせで考案された6月5日「落語の日」。この日を記念してMy Eyes Tokyo(MET)では、海外に落語を広める人たちや、落語に魅せられた外国人とのインタビューをシリーズでお送りしております。
お一人目の英語落語家・大島希巳江さん、お2人目のドイツご出身"落語伝道師"クララ・クレフトさんに続き、3人目はスウェーデン人落語パフォーマー・ボルボ亭イケ也さん(本名:ヨハン・ニルソン・ビョルクさん)です。
*以下"ボルボさん"と表記。
真打の落語家さんにその名を授けられたボルボさんは、日本で落語に出会い、落語と恋に落ち、一旦母国に帰国しても愛する落語を追いかけて再び日本にやってきた、筋金入りの"落語バカ"です(褒め言葉ですよ!)。
昨年12月にMETが開催した公開トークイベントにボルボさんをお招きし、落語「出来心」を巧みな江戸弁で演じていただいた後、ボルボさんの"Tokig Rakugo"(落語にゾッコン)なストーリーをお聞きしました。
*独演会&インタビュー@フロマエcafe & ギャラリー(荒川区西日暮里)
■ 言語好き+笑わせ好き+日本好き = 落語!
私は昔から人前で演じたり、人を笑わせるのが好きでした。そういうことをしていると、自分が生きていることを実感できたんです。だからスウェーデンで俳優になることも考えましたが、その前に大学で勉強しようと思い、元々言語好きな私は日本語を学ぼうと思いました。
高校時代、偶然にも日本語のクラスがありました。先生は日本人と台湾人のハーフで、スウェーデンで育った人でした。小さい頃は日本語を話せましたが、やがてスウェーデン語が日常の言葉になり、大人になってから日本語を再び学んだという、とても興味深い人です。その人の授業では、私はガチで勉強するというよりは、軽い感じで日本語に触れたという感じです。
私は元々サムライや忍者、アニメなどの日本文化がとても好きでした。アニメで好きだったのは「ドラゴンボール」や「ナルト」。あと余談ですが、日本に来てからハマったアニメは「シュタインズ・ゲート(Steins;Gate)」です。誰も知らないですね(涙)
それに言語の勉強は元々好きでしたから、日本語クラスはとっても面白かった。だからその流れで、進学したストックホルム大学で日本語を専攻しました。
■ 日本語で人を笑わせたい
ストックホルム大学2年生の時に、日本の大学への交換留学生を募集していたのを知り、私はそれに応募して名古屋にある南山大学に4ヶ月間留学しました。学費は無料でしたが、留学期間中はハードな授業についていくために勉強ばかりしていました。当時住んでいた寮が大学の目の前だったから、毎日そこと大学の往復だけ。有名な名古屋城にすら行けませんでした(笑)おかげで名古屋の街のことを全然知ることないまま、スウェーデンに帰国しました。
その後もっと日本語を学ぶために、再び私は日本に行きました。大学4年の時に、同じく交換留学で中央大学に1年間です。今度は東京に行きたいと思って中央大学に行ったのですが・・・(笑)それは置いておいて、この中央大学で私は落語に出会いました。
留学したのはその年の4月、ちょうどサークルの勧誘の時期でした。私はただ背が高いというだけでバスケ部からスカウトされましたが(笑)それを振り切ってたどり着いたのが落語研究会でした。
落研の人から偶然ライブのチラシをもらったので、本当に軽い気持ちで見に行きました。「つまらなかったら帰ろう」くらいに思っていたのですが、とても面白かった。私は言語が好きで人を笑わせるのが好きなので「僕も日本語で人を笑わせてみたい」と思うようになりました。高校時代の日本語クラスで先生は「イクラはいくら?」みたいな寒いジョークを言っていましたが(笑)私も日本語で面白いことを言ってみたいと思った。それはもはや習性みたいなものですね。しかも、もし私が寒いことを言っても「いや、僕はスウェーデンから来たから」と言って逃げられますし(笑)
■ 八王子で落語デビュー
そんな理由で落語研究会に入りました。外国人である私にとって正座は辛かったですが、そんなことで落語をやめる人間ではありません。でも一緒に入った人の中には、すぐ退部した人もいました。正座が辛いのではなく、部の空気が合わなかったからでしょうね。だって、落語をやろうとする人なんて大抵は"変人"ですから(笑)
入部してしばらくは、テレビでもおなじみの"大喜利"をやります。それからコントや漫才に挑戦して、ようやく落語を始める感じです。私は4月に入部して2ヶ月後に落語を始めました。
初めての高座のことを、今でも覚えています。八王子に住むご年配の方々の前で披露したのが私の落語デビューです。演目は「酢豆腐」でした。口が回らず、頭が真っ白になって、演技だけに集中していたからお客さんのことも目に入りませんでした。先輩からは「お客さん、笑っていたよ」と言われました・・・本当かどうか分かりませんが(笑)
江戸落語で使われる日本語は、江戸弁です。私がそれまで勉強してきた標準語とは全然違います。だから中央大学時代は、日本語は講義ではなく落研で勉強したと言っても良いくらい(笑)当時は落研以外に演劇部にも所属していましたから、あんまり勉強しませんでした。日本の大学生と同じですね(笑)
■ スウェーデンでも落語デビュー!
1年間の留学生活の後、スウェーデンに帰国して卒論を書きました。テーマはもちろん「落語」です。私はスウェーデンでも落語を披露したことがあります。私の故郷であるウプサラという街に日本人会があり、その人たちが現地の人と共催したイベントに私が呼ばれました。
私はスウェーデン語で「酢豆腐」をやったのですが、スウェーデン語バージョンと日本語バージョンとではウケるところが違いますね。それにスウェーデン語で演じると、母国語だからかすごくウケました。ただ残念ながら、どんなにウケてもスウェーデンでは落語家としては食っていけません・・・(涙)
■ そこに落語があるから
ストックホルム大学を卒業後、私は演劇の勉強をしようと思いました。その時考えたのは、イギリスかアメリカでした。やはり日本語よりも英語の方が簡単ですから。しかもイギリスやアメリカなら、日本と違って外人としてではなく、他の俳優と同じような役で舞台などに出られるのではないか - そんな考えもありました。
でも日本には落語がある。落語は好きだし、もっと追求したい。だから再び日本に来ました。2014年4月に再来日し"東京フィルムセンター"という学校に入りました。
ここで私は3年間勉強します。その間にもっと自分の名前を売れたらと思いますね。そのために落語をもっともっと上手くなりたい。そのために越えるべき壁は、やはり日本語です。そのために私は今でも日本語を日々学んでいますし、名人の演じる落語を何回も繰り返し聞いて勉強しています。
2015年1月@インターカルト(草苑)日本語学校 *主催:The International Center in Tokyo (ICT)
■ 政治で笑うスウェーデン、政治を避ける日本
落語には"バカな人たちのやることを笑う"ところがあります。落語を聞いて「ああ、自分はそこまでバカじゃない」と思って安心するわけですが(笑)それは全世界共通だし、人間の悪いところですね(笑)
ただスウェーデンには、落語のような一人で2役またはそれ以上の役を演じるようなコメディはありません。私の時代だと、スウェーデンで人気なのはコント、英語だと"Sketch"(寸劇)と言ったりしますが、そういうのが人気です。
そして日本とスウェーデンのお笑いには決定的な違いがあります。スウェーデンでは政治も笑いにするし、さらには国の王様をも笑います。
(イギリス人のお客さんから:「イギリスでも同じですよ」)
政治は日本でもお笑いのネタにしている人たちがいるそうですが、テレビではあまり放送されませんね。さらにその上の人となると・・・一緒に漫才をした落研の先輩から言われました。「ヨハン(ボルボさんの本名)はいつでもスウェーデンに帰れるからいいけど、オレはこの先も日本にいたいんだよ!」と(爆笑)そこまで行かなくても、いつか政治をネタにした新作落語をやってみたいですね。
■ ボルボさんにとって、日本って何ですか?
日本はもちろん好きです。結構住みやすい国だと思いますし、皆さん礼儀正しいし、優しい人たちがたくさんいます。
でも、もし私が日本でサラリーマンとして働いていたら、難しいでしょうね。"上司より先に帰ってはいけない"みたいな上下関係には、きっと耐えられないと思います。日本人は、よく耐えているなと思いますね。
でも最近は、自分が外国人であることを逆手に取って、それらを避けています。うまく敬語が言えなかったりしても「あいつは一生懸命日本語を勉強しているんだな」と思ってもらえたりします(笑)もちろん敬語はできないわけではないですけどね。普通の日本人の若者よりできているんじゃないか、と思うくらいです(笑)
自分は演芸の世界に身を置いているから日本の良い部分に触れられますが、もしサラリーマンになるしか道が無かったら、とっくにスウェーデンに帰っているでしょう(笑)
だからここ日本では、私はお笑いの道で生きていきたいです。ただし"変な日本語を話す外人タレント"ではなく、私の本当のキャラや芸で勝負したい。そのために日本語を限りなく完璧に近づけ、落語ももっと上手くなりたいと思っておりますので、これからも是非応援お願いします!
■ ボルボさんにとって、落語って何ですか?
単に滑稽で、人を笑わせるものであるように見えながら、文化、そして人間の根本にある良いところも悪いところも全てさらけ出す人情ドラマの面もあります。
何か人間について深く語られるものがあるというのが、私にとってはすごく魅力的です。
しかも一人で、半ば傲慢に(笑)演じられる落語は、目立ちたがり屋の私にはピッタリ(笑)でも、一人では決してできないお客さんとの対話が落語にはあります。さらに、たとえ古典落語であっても、演じる人によって内容をアレンジできる柔軟さがあるのも魅力です。
落語には、可能性が沢山秘められている気がします。まだまだ知らない噺が私を待っていると思いますし、新作もいくらでも作れそうです!
【関連リンク】
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(2015年1月23日「My Eyes Tokyo」に掲載された記事を転載)