皆さんは"世界難民の日"をご存知でしょうか?2000年12月に国連総会決議で定められた国際デーのひとつで、以来毎年6月20日に世界各地でイベントが行われています。
その"世界難民の日"を記念して、My Eyes Tokyoが過去に行った、大変ユニークな方法で難民支援をされている方をご紹介させていただきたく思います。東京・港区でネイルサロン「アルーシャ」を経営している、岩瀬香奈子さんです。
この「アルーシャ」は、普通のネイルサロンとは異なる点がいくつかあります。① ネイルアーティストは外国人② しかもその大半が「難民」であることです。でも、堅苦しさは一切ありません。フレンドリーな笑顔で、お客さんを迎えてくれます。そしてネイルをしている間も、お客さんとネイルアーティストたちがガールズトークに花を咲かせています。
インタビューは2部構成です。Part1は、岩瀬さんが"難民ネイルサロン"を立ち上げた経緯、Part2は「アルーシャ」の船出から現在への道のり、そしてこれから目指す道についてお送りします。
*インタビュー@アルーシャ(港区虎ノ門)
*英語版はこちらから!
■ 難民にも"手に職"を
現在、このお店で働くネイリストは5人。彼女たちの出身国はミャンマー、フィリピン、中国など様々です。当初は日本に来た難民が対象でしたが、今は少しだけ範囲を広げています。国籍は特に問いません。
中には日本のハローワークで"トータルビューティー"の講座を受け、ネイル以外にもメイクやアロマを勉強した人もいます。メディアに取り上げていただいたこともあり、ネイリスト志望の人は増えていますね。ネイル技術の基礎は私が教えて、後は外部講師を招いたり、ネイリスト同士が切磋琢磨しています。
このようなネイルサロンが他にあるかどうかは、存じません。外国にもあるかどうか分からないです。でもアメリカのように移民が多く、難民も受け入れている国では、ネイルサロンの従業員の中に難民の方もいるかもしれませんね。
2008年のリーマンショック以降、どこの職場でも外国人労働者から解雇されたと伺いました。レストランや工場などで働く難民も例外ではありません。そのような環境の中で生き続けるためには、ある程度の自分への投資が必要、というのが私のポリシーとしてあります。その点、ネイルアーティストになれば手に職をつけられますし、日本のネイル技術は世界中で人気ですから、世界のどこへ行っても生活できると思います。
■ 筋金入りビジネスパーソン、社会事業に関心
私がネイル事業を考えたのは、難民問題に対処するための現実的な手段としてでした。難民の方の生活問題に焦点をあてれば、やはりまずは仕事、生活費のことを考える必要があります(難民だけではなく誰でもそうですが)。私はこれまでずっとビジネス畑を歩んできましたから、社会貢献とは言え、ビジネスにならないものをやっても長続きしない、という考えがありました。それに「かわいそうだから買ってあげる、お金を払ってあげる」と消費者に思われるのも嫌ですし、継続しませんから、顧客がリピートすることも重要でした。ネイル事業はその点をクリアでき、しかも在庫を抱えないので、ビジネスとしてイケると思いました。
しかし私には、ネイル事業での経験は全然ありませんでした。
私は一般企業で約10年間、営業をしていました。その間にベンチャー企業の立ち上げもやったし、イギリスのビジネススクールに留学もしました。この会社を立ち上げる直前は、米系のエグゼクティブサーチ、つまりヘッドハンティング会社で仕事をしていました。
でも私は、以前から社会貢献事業に関心がありました。学生の時は、阪神大震災のボランティアにも行きましたし、他にもいろいろなボランティア活動をしていました。ただ、私自身がNPOのような形をとって何かをやることは全く考えていませんでした。日本のNPOのシステムだと、報酬が少ないから働いても疲弊するんじゃないかと思うくらい。だから、営利企業としての難民支援事業に乗り出したのです。
■ フェアトレードから出発
起業した当時は「難民を支援したい」という考えは全くありませんでした。私は2009年1月までサラリーマンをやっていて、退職して2ヶ月後に会社を立ち上げました。でもその頃は、全然別のことをやっていたのです。
会社名の「アルーシャ」は、タンザニアの街の名前です。当時、そこでマイクロファイナンス事業(小口金融や小口保険などの総称。貧困緩和と事業収益の両方を追求)をしようと考えていた、慶応大学名誉教授の岩男壽美子先生という方がいて、私もそれに参加したいと思いました。ボランティアをしていた頃の血が騒いだのだと思います。
岩男先生と初めてお会いしたのは2008年の暮れ、まだ私が会社勤めをしていた頃でした。先生の話を聞いて、私もタンザニアに行きたいと思いましたが、暮れの忙しいときにお休みをもらえるはずがありません。会社員生活もそろそろ潮時だと思っていたし、フェアトレード事業(発展途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することを通じ、立場の弱い途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す運動)にも関心がありました。岩男先生からタンザニアの障がい者が作ったアクセサリーやハチミツの話を聞いて、それらを日本に輸入して販売する仕事、いわゆるフェアトレードをやりたいと思いました。
だけどそのためには、輸入元や販売元となる法人を作らなくてはいけない。だからサラリーマンを辞めて会社を作ることにしたのです。先ほど申したように、ベンチャー企業の立ち上げにも関わったことがありましたから、会社設立もそれほど難しくは考えていませんでした。
会社設立してしばらくは、昔いたベンチャー企業のお手伝いですね。経営者クラブでの講演会やセミナー関連の事業とか、友人の会社の手伝いなど、いろいろ行っていました。
■ 全然知らなかった"難民"のこと
でもフェアトレード事業に関心があることを友人に伝えたら、NPO関連のつながりがすごく増えました。当時はすでに岩男先生とのつながりもありましたし、それを知った方々が応援してくれたりしました。ILO(国際労働機関)のマイクロファイナンス責任者が来日した時、岩男先生とプロジェクトをやっているということだけで、私もプレゼンさせていただいたりしました。
そして2009年11月に、初めて難民支援をされている方にお会いしました。REN(Refugee Empowerment Network 難民自立支援ネットワーク)代表の石谷尚子さんという方です。マイクロファイナンスと難民だから、似ていなくもないと思った友人が紹介してくれました(笑)
私は当時、恥ずかしいくらいに日本の難民事情を知りませんでした。「日本に難民なんているんですか?」って聞いたくらい(笑)そんな私に、石谷さんはたくさんのことを教えて下さいました。その中で、RENが行っているビーズアクセサリーのフェアトレードについてお聞きしました。
実際、見せていただいたアクセサリーはすごく精巧に作られていました。私は思いました。「これだけ手先が器用だったら、ネイルをさせてもイケるのではないか」。ネイルなら在庫を抱えることはないから、事業として成り立つのではないか、と閃いたのです。
■ "難民+ネイル"へ動き出す
私自身もネイルが好きで、お店にはもちろん行っていましたが、趣味で自分でもやっていました。それに、絶対に爪って伸びますよね(笑)ビジネスをするなら消耗品の方がいいし、中でもネイル関連事業は収益率が高いことを、昔から聞いていました。
それに、ハンデを背負った人こそ収益率の高いビジネスに参加するべきだ、と思いました。だって、たとえ他店より料金設定を低くしても、高い収益率でカバーできるんですから。そのようなビジネスを通じて日本社会に入り込んだ方が、彼らにとっても良いのではないか、と思ったのです。
そういうことを石谷さんに話したら「ぜひやって下さい!」ってお願いされて、それで私も「やろう!」という気になりました。そのうち他の難民支援団体の人たちにも私のアイデアが広がって、私のところに話を聞きにきたいという人が増えていきました。つい先日まで、日本にいる難民のことを知らなかったのに・・・
だから急いでプレゼン用の資料を作りました。だって、せっかく皆さんがいらしたのに「いえ、あの時の思いつきですから・・・」とは言えませんよね(笑)
ネイルを通じた難民支援事業、というコンセプトが固まってから、私はネイルスクールに通い始めました。それまではお客さんとしてネイルサロンに行ったことがあっただけだから、そのレベルでは難民の人たちに教えられないと思ったのです。
プロのネイリストをトレーニング用に雇えればいいですけど、何ヶ月雇うかも分からなかったし、月に20〜30万円払うなんて、とてもじゃないけど私の会社では無理です。それなら自分で覚えた方がずっと安上がりだし、ネイリスト側の気持ちを多少なりとも理解できる。そういう思いもありました・・・と、色々もっともらしい理由を並べましたが、何より私自身ネイルが大好きだったので、これを機会に「ネイルスクールに行ける!」と張り切ってました(笑)。
だから2ヶ月毎日通って、ネイル施術をマスターしました。そして2010年2月から難民の人たちへのネイル研修を始めました。研修は定員を8人に設定したのに、その前の研修説明会に20人以上の難民の方々が来たのです。
「アルーシャ」の船出から現在への道のり、そしてこれから目指す道について語ったPart2は、こちら
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(2010年9月22日「My Eyes Tokyo」に掲載された記事を加筆修正・再構成の上で転載)