京都の朝鮮学校前で街宣活動を行った在日特権を許さない市民の会(在特会)側に新たな街宣活動の差し止めと高額賠償(1226万円)を命じた7日の京都地裁判決は、主要メディアで大きく取り上げられています。
今回は本件におけるメディアの報道姿勢を主要紙社説を通じてメディア・リテラシー的に検証いたしましょう。
まずは判決要旨を朝日新聞記事より。
ヘイトスピーチ訴訟の判決(要旨)
京都市の朝鮮学校周辺での街宣活動禁止と損害賠償を命じた7日の京都地裁判決理由の要旨は次の通り。
■被告(「在日特権を許さない市民の会」〈在特会〉など)の行為の違法性
示威活動と(インターネット上の)映像公開行為は、児童や教職員を畏怖(いふ)させ、通常の授業を困難にするので学校法人の業務を妨害し、名誉を毀損(きそん)する。
被告らは在日朝鮮人に対する差別意識を世間に訴える意図で示威活動と映像公開をしたと認められ、人種差別撤廃条約が定義する人種差別に該当する。示威活動と映像公開による名誉毀損行為は、授業中の学校近くで拡声機や街宣車を用い、著しく侮蔑的で差別的な多数の発言を伴うもので、人種差別に該当することからすれば、「専ら公益を図る」目的で行われたと評価することができず、違法性ないし責任が阻却される余地はない。
人種差別行為が無形損害を発生させている場合、人種差別撤廃条約の定めに適合させるために、支払いを命じる賠償額は人種差別行為に対する効果的な保護や救済措置となるよう定めなければならない。本件の場合、無形損害の金銭評価は高額なものにならざるを得ない。
■街宣活動の差し止め
学校法人である原告は、学校周辺での示威活動などによって起きた権利侵害(業務妨害や名誉毀損)に対しては、同様の侵害が起こりうる具体的なおそれがある場合、法人の人格的利益に基づき被告らに対しさらなる権利侵害を差し控える不作為義務の履行請求権を得る。
在特会と会員の一部被告によって、学校の移転先で同じような業務妨害や名誉毀損がされる具体的な恐れが認められるから、差し止め請求には理由がある。
原告の差し止め請求は、被告らの表現行為そのものを差し止めるものではなく、校門を起点に半径200メートルの範囲だけに場所を限定する。(北海道知事選の候補者が雑誌の発行差し止めを求め、最高裁が出版等の事前差し止めの要件を示した)北方ジャーナル判決の法理は、この程度の不作為義務の給付をも違法とするものではなく、被告らの主張は失当だ。
(2013年10月8日16時49分 朝日新聞)
ポイントはこの2点。
<高額賠償>
人種差別行為が無形損害を発生させている場合、人種差別撤廃条約の定めに適合させるために、支払いを命じる賠償額は人種差別行為に対する効果的な保護や救済措置となるよう定めなければならない。本件の場合、無形損害の金銭評価は高額なものにならざるを得ない。
<街宣活動の差し止め>
在特会と会員の一部被告によって、学校の移転先で同じような業務妨害や名誉毀損がされる具体的な恐れが認められるから、差し止め請求には理由がある。
原告の差し止め請求は、被告らの表現行為そのものを差し止めるものではなく、校門を起点に半径200メートルの範囲だけに場所を限定する。
高額賠償(1226万円)の根拠を「人種差別撤廃条約の定めに適合させるため」とし、「校門を起点に半径200メートルの範囲だけに場所を限定する」街宣活動の差し止めることは「被告らの表現行為そのものを差し止めるものではな」い、つまり表現の自由は守られると判断しています。
さて翌八日、新聞主要各紙の社説ですが興味深い報道姿勢が現れています、朝日・毎日・日経・東京の4紙がこの判決を取り上げた社説を掲げているのに対し、読売・産経の2紙は沈黙を守ります。
【朝日新聞社説】ヘイトスピーチ―司法からの強い戒め
http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_gnavi
【毎日新聞社説】ヘイトスピーチ 差別許さぬ当然の判決
http://mainichi.jp/opinion/news/m20131008k0000m070132000c.html
【日経新聞社説】ヘイトスピーチ戒めた判決
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO60781500Y3A001C1EA1000/
【東京新聞社説】ヘイトスピーチ 「言論の自由」守るには
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2013100802000153.html
4紙の主張は判決支持で一致しています。
(朝日社説)
外国人らへの差別感情をあおるヘイトスピーチが社会問題化しているなか、裁判所が法に照らして、「人種差別」と断じた意義はきわめて大きい。各地でヘイトスピーチを展開している人たちには、司法からの強い戒めと受け止めてもらいたい。
(毎日社説)
特定の人種や民族への憎しみをあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)と呼ばれる言動の違法性を認める初めての司法判断が示された。東京や大阪などの在日韓国・朝鮮人が多く住む地域などで繰り返され、社会問題化しているこうした行為の歯止めにつながることを望みたい。
(日経社説)
ヘイトスピーチはいま、東京や大阪など街中のデモで繰り返されている。今回の判決がこうした動きにどのような影響を与えるかはわからないが、侮蔑的、差別的な言動を厳に戒めた判決の意味を社会全体で受け止めるべきだ。
(東京社説)
残酷な言葉を叫ぶヘイトスピーチに参加する人は常識に欠けるし、それを見逃している人も思いやりに欠けているとはいえないか。言論の自由を守り、差別的な行動を自らなくしていくために、もう一度考えたいことである。
一方、ヨーロッパ諸国にあるヘイトスピーチそのものを禁じる法整備については各紙とも否定しています。
代表して朝日社説の当該部分から。
(朝日社説)
ユダヤ人排斥を唱えたナチスの台頭が大量虐殺につながった記憶が鮮烈な欧州では、ヘイトスピーチそのものを処罰対象にした法規を持つ国が多い。
日本にはこうした規制はない。法制化の議論もあるが、「表現の自由が制約されかねない」という消極論も強い。
表現行為の規制は「どこまで許されるか」という線引きが難しい。恣意(しい)的な運用の恐れもあり、慎重に考えていくべきだ。
うむ、表現の自由が制約されかねない理由からヘイトスピーチそのものを処罰対象にした法規は慎重に考えていくべきと論じています。
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さてここで各紙社説の内容を角度を変えて検証してみましょう。
一連の在特会などによる街宣活動は、海外における特に中国や韓国における反日デモなどに触発されている面は否めないのですが、海外のヘイトスピーチに関して各紙社説はどのように触れられているのか。
朝日社説がナチスのユダヤ人排斥のみ触れていますが、毎日、日経、東京各紙は海外のヘイトスピーチに関しては一切触れていません。
(朝日社説)
ユダヤ人排斥を唱えたナチスの台頭が大量虐殺につながった記憶が鮮烈な欧州では、ヘイトスピーチそのものを処罰対象にした法規を持つ国が多い。
興味深いのは毎日社説で、在特会などによる街宣活動が韓国や中国で逆に反日感情を刺激しているといさめていることです。
(毎日社説)
韓国や中国では、日本でのデモなどの様子がネット上で紹介され、反日感情を刺激している。一部の人たちの言動が日本と韓国や中国との関係悪化を助長することは避けなければならない。
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まとめです。
今検証したとおり、ヘイトスピーチ訴訟に関して主要紙の中で社説で取り上げたのは朝日・毎日・日経・東京の左派系と日経の4紙であり、その主張は判決支持で横並びしております。
一方、読売と産経、保守系の2紙は社説では沈黙を守ります。
読売と産経も社説以外では本件を大きく報道していることから、本件の報道価値は認めているものの現時点で社説として自説を主張することを控えています。
おそらく他紙の主張を見据えた上で論評するかどうかを決めようと様子見しているものと思われます。
これから、この判決そのものを社説で否定はしづらいのしょうが、左派系各紙が無視した本件の心理的背景で連関していると推測される中国や韓国の激しい反日デモとの関わりについて触れた論説を保守系2紙が社説として掲げる可能性はあるかも知れません。
この問題ではネット上の議論と新聞各紙の論説では大きく視点が異なっているように感じます。
ネット上の論説では本件は中国や韓国の激しい反日デモとの対比すなわちグローバルな問題としてで論じられていることが多いのに対し、検証した通り社説を掲げた新聞各紙は海外の反日デモは無視して本件をあくまで日本の国内問題として捉えているわけです。
ヘイトスピーチ訴訟に関して、ネット言論空間と既存メディアでたいへん興味深い乖離(かいり)が見られます。
ネット言論空間に一応関わっている当ブログとしては、海外の反日デモは無視して本件をあくまで日本の国内問題として捉えているマスメディアの報道姿勢に違和感を持たざるを得ません。
もちろん在特会の街宣活動は支持できるものではありませんが、このような鬱積した憤りの表現活動がなぜ出現したのか、その背景の分析がまったくなされていないことに、当ブログとしてマスメディアの報道姿勢に違和感を覚えるのです。
(※2013年10月8日の「木走日記」より転載しました)