4月16日、理研発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹・副センター長が、STAP細胞の研究不正問題で記者会見を行った。テレビ局が生中継したため、私も視聴することが出来た。
笹井氏の説明は分かりやすかった。今回の論文発表の経緯を解説し、STAP細胞は「検証する価値のある合理性の高い仮説」と結論した。ただ、様々な問題点を指摘されたことを受け、「論文は撤回するのが適切」と意見を述べた。妥当な意見だろう。
ただ、筆者は、この記者会見を聞いて違和感を抱いた。それは、「最後の段階で論文仕上げに協力しただけ」で、「実際に指導したのは若山照彦教授である」との主張を繰り返したからだ。この発言に納得する人は少ないだろう。
笹井氏は、理研の再生科学総合研究センターのナンバー2だ。一般企業に例えれば、理研本部はホールディング・カンパニー、再生科学総合研究センターは事業会社に相当する。笹井氏は、一つの事業会社の副社長で、今春に社長昇格が予想されていた実力者である。センターの経営に大きくかかわってきたと考えるのが普通だ。
通常、経営者は、経営判断に関して責任を負う。現に、記者会見では、小保方晴子氏のユニット・リーダーへの抜擢人事には関係したと明言している。今回の不祥事について、任命責任を負うのが当たり前だ。
ところが、彼の発言からは、そのような気配は感じられなかった。まるで、自分のことを理研のリーダーと思っていないように見えた。これは、笹井氏が嘘をついていると言うよりは、おそらく、本音なのだろう。理研のような官庁と密接に関連する国立組織では、官僚機構と現場のスタッフの間に、曖昧な関係が生じることは珍しくない。そして、このような「無責任体制」が多くの不祥事を生み出す土壌となってきた。理研改革を考える場合、この意志決定システムこそがポイントになる。
理研では、どのようにして、組織運営の意思決定がなされるのだろうか?そして、笹井氏のような幹部は、どの程度関与するのだろうか?
私は、理研は、先人が築き上げた日本の財産で、笹井氏は素晴らしい研究者だと思う。いま、問われているのは、彼のリーダーとしての資質だ。残念なのは、事態がこれだけ悪化しているのに、その責任を取ろうとしているように見えない。
今回のSTAP細胞の実験のように、多くの専門家が共同作業を行う場合、すべての関係者が全貌を把握するのは原理的に不可能だ。自動車メーカーの社長に、「車の原理を全て把握しろ」など、誰も求めないだろう。官庁だって、大臣が全てを把握しているわけではない。そもそも、そんなことは、国民も期待していない。STAP細胞の研究も同じだ。
昨今、STAP細胞事件を受けて、「研究不正の再発予防のために、全ての著者は、生データから論文の内容まで把握すべき」だという主張を散見する。しかしながら、この主張は説得力を欠く。規範論を強調することで、短期的に合意を形成できるだろうが、実効性がない。先端的な研究で専門外のことまで、チェックすることはできない。
では、どうやれば複数の専門家が関与するプロジェクトで、不正を予防できるだろうか? 私は、リーダー次第だと思う。言い古された表現だが、「組織はトップ次第」だ。トップに人望がなければ、部下や共同研究者はついてこない。だからこそ、トップの人事は大切だ。今回のように部下が不祥事を起こした場合、公衆の面前で「未熟だった」と切り捨てたりしてはいけない。
もし、トップが部下を切り捨て保身に走ると部下は必ず離反する。そして、人望を失い、内部告発が始まる。昨今はSNS社会だから、告発は容易だ。現に小保方氏は米国のWALL STREET JOURNLに情報を提供した。
昨今、医学研究の不祥事が相次いでいる。多くの事例で、トップの責任回避が組織崩壊へと繋がった。降圧剤や白血病治療薬の研究不正で糾弾されたノバルティスファーマ社の場合、メディアに社員や元社員から大量の告発があったという。私も、複数の情報提供(告発)を頂いた。結局、ノバルティスファーマが、この問題にけりをつけるため、スイスの本社が介入し、日本法人の幹部三人を引責辞任させた。
状況は理研も同じだ。身を捨ててでも、理研を守ろうというリーダーが出てこないと問題は解決しない。幹部の矜恃が問われている。