福島を舞台に草の根の国際交流が進んでいる。
7月、上海の復旦大学から、郭亜文氏、張倩氏、呉菲氏という3名の女性研究者が来日した。彼女たちの専門は公衆衛生学。それぞれ、生活習慣病、乳がん、予防接種を研究している。
一ヶ月の福島滞在中に、彼女たちは南相馬市立総合病院や、いわき市のときわ会常磐病院を見学し、相馬市の仮設住宅入居者を対象とした健康診断にも支援スタッフとして参加した(写真1)。
(写真1)仮設住宅の住民などの健康診断を手伝う光景。2016年7月17日、相馬市保健センターにて
原発被害の爪痕が残る浪江町、南相馬市小高区を訪ねるとともに(写真2)、相馬地方の伝統行事である相馬野馬追も見学した。
(写真2)南相馬市の海岸にて。左から尾崎章彦医師、呉菲氏(上海復旦大学公衆衛生学院)、張倩氏、郭亜文氏(いずれも上海市静安区CDC)。
「百聞は一見に如かず」。三人は口を揃える。上海で抱いていた福島への偏見はなくなった。さらに、都会育ちの彼女たちにとって、福島での生活を体験し、その自然に触れることは貴重な経験になったようだ。
今回の短期留学を企画したのは、谷本哲也医師だ。私どもの研究所の研究員であるとともに、ときわ会常磐病院の非常勤内科医である(写真3)。
(写真3)研究の打ち合わせの光景。2016年7月3日、医療ガバナンス研究所にて。
左から谷本医師、呉菲氏(上海復旦大学公衆衛生学院)、張倩氏、郭亜文氏(いずれも上海市静安区CDC)。
谷本医師は、九大の学生時代の90年代から上海と日本を行き来している。私が復旦大学とお付き合いするようになったのも、谷本医師の紹介がきっかけだ。
谷本医師が、今回の短期留学を企画した目的は、日本と上海の長期的な交流体制を確立することだ。彼は何度も上海に赴き、彼女たちの上司に「長期的にお付き合いしたいので、若い年代の研究者を派遣して欲しい」と要望した。そして、「来年は日本からも若い研究者を派遣したい」と伝えた。
谷本医師が調整し「渡航費用は渡航側、滞在費用は受け入れ側が負担する」こととなった。今回はときわ会、および私どものNPOが費用を負担した。公的研究費は使っていない。税金を使わなければ、意思決定が速く、小回りがきく。
訪日中のスケジュールも、谷本医師は入念に準備した。彼女たちは、訪問した各所でプレゼンした。その回数は6回にのぼる。
南相馬市立総合病院の尾崎章彦医師をはじめ、多くの日本人研究者と、幾つかの共同研究を立ち上げた。
共同研究の成果が出るまでには時間がかかる。若者のモチベーションを維持するには、すぐに結果が欲しい。谷本医師は、日本と上海の既存のデータを用いてレターを書くように指導した。既に幾つかを英文医学誌に投稿しており、受理されたものもある。
若手指導で谷本医師をサポートしたのが、加藤茂明氏だ。加藤氏は、元東大分生研の教授で、今春からときわ会常磐病院に移籍し、研究室を開設した。世界の一流研究者の指導に、彼女たちは「きめ細かい対応に感動した。日本にきて本当に良かった」という。(写真4)
(写真4)加藤茂明教授が研究を指導する光景。2016年8月2日、いわき市のときわ会常磐病院にて。左から王洋氏(マサチューセッツ州立大学)、呉菲氏(上海復旦大学公衆衛生学院)、張倩氏、郭亜文氏(いずれも上海市静安区CDC)、右端が加藤教授。
今回の滞在を通じ、福島と上海の若者たちの相互理解が進んだ。日本滞在中はFacebookでやり取りした。帰国後はWeChatを利用し、連絡を取り合っている。来年は、こちらから2名の若者が訪中する。
谷本医師は「共同のプロジェクトに着手し、長期的な交流に結びつく経験をしてもらったのが良かった」と総括する。
アジアは益々発展する。欧米と異なり、アジアには安価で短時間で渡航可能だ。SNSを使いこなせば、個人でも相当のことができる。海外との共同研究のあり方も変わりつつある。