ダボスで2月に開催された世界経済フォーラムには世界中から実業界や各国政府、学術や芸術のリーダーたち2500名が集まった。私はこのダボス会議に14回参加している。例年と同じく、世界経済、環境問題、地政学、それに健康医療のセッションがびっしりと組まれていた。
このダボス会議で、テクノロジーが単なる討議のテーマの一つから、あらゆる討議に欠かせないものになってきたことは驚くに当たらない。日々、世界は密につながり、開かれてきた。通信メーカー「エリクソン」社の予想では、2020年までには世界の6歳以上の人口の90%が携帯電話を持つだろうという。携帯電話を使えばあらゆることをより速く行うことができ、通信や情報、知識そして商売までも 「民主化」 される。ゲイツ財団は2015年の書簡で、携帯電話の普及により、誰でも銀行口座を開いたり、オンライン教育を利用するなど、幅広い範囲の経済的発展の可能性が広がると書いた。
しかし今回のダボス会議ではどの討議でも、経済的な不均衡と気候変動による危機の増大が議論の中心となった。若者の失業率の増大は引き続き不安定要因だが、人工知能やロボットの技術が発展すればその傾向に拍車がかかる。国連の推計では、現在世界の失業者数は2億人を超える。アメリカとヨーロッパだけでも3300万人だ。能力開発や生涯教育、専門技能の再教育は世界の失業問題に取り組むために避けて通れない。
今まさに起こっていることだが、資本主義により貧困層へと転落する人があまりに多い。経済が低成長の時にEPS(一株当たりの利益)を追求すれば、失業率はますます増え貧富の格差は増大する。貧困撲滅のための国際協力団体「オックスファム」によれば、2016年には世界の金持ちの上位1%の人たちが、世界の富の半分以上を独占するだろうという。実際、たったいま80人が個人で持つ財産が、他の35億人が持つ富を合わせた額を上回っている。もしこの80人のお金持ちが死ぬ前にその財産のほとんどを世の中に返す、と決心したらどうなるか、ちょっと考えてみてほしい。そうしたら何が起こるだろうか。
大気中の温室効果ガスの濃度は過去80万年で最大の水準にあるそうだ。そして、気候変動が経済と人類の進歩にとって大きな悪影響をもたらす確かな証拠がある。潮位は記録的に上昇しており、毎年平均3.2mmの上昇率は過去80年の平均値の約2倍である。
潘基文国連事務総長はダボス会議でこう述べた。「私たちは、世界から貧困をなくすことができる最初の世代であり、気候変動による最悪の影響を避けるための方策を取れる最後の世代なのです。もし私たちがこれらの解決に高潔な信念を持たず、歴史的な責任を果たせなかったとしたら、後世の人々は我々を厳しく断罪することでしょう」
経済的格差と環境危機の拡大によって、世界中に地政学的な緊張も高まることになる。私たちには、この拡大に対して正面から取り組む義務があるし、後世の人々のために、経済活動が世界の発展に果たす役割を見直さなければならない。
著名な経済学者ミルトン・フリードマン氏は、企業の存在目的は株主の利益を追求する活動にある、と説いた。でもそれは間違っている。企業の存在目的は、株主に儲けさせることだけにあるのではない。世界の在り方をより良くしなければならないし、それによって一般人の価値も上げなければならないのだ。
これは、クラウス・シュヴァーブ教授が1971年に世界経済フォーラムを創設した時のビジョンであり、それ以後毎年開かれているダボス会議を支える中心となる考え方としてこれまで受け継がれてきた。教授の考えによると、私たちは株主(シェアホルダー)の価値を作り出すのではなく、株主以外の利害関係者(ステークホルダー)の価値を高めるように変わらなければならない。教授の 「ステークホルダー理論」 によれば、企業経営は株主に対して責任があるばかりではなく、企業は利害関係のあるあらゆる一般人の利益を追求しなければならない。顧客、従業員、協力者、供給業者、一般市民、政府、それに環境のほか、事業運営の影響を受けるあらゆる人や団体がその対象である。
事業で成功するためには、このステークホルダー理論を受け入れなければならない。私がセールスフォース社を立ち上げたとき、同時にセールスフォース財団も設立した。これはアメリカ内国歳入庁(IRS)が規定する501(c)(3)に基づく公共の慈善団体であり、株式の1%、社員の労働時間の1%、それに製品の1%を地域社会や私たちの目的のために寄付するという「1-1-1モデル」に基づいて、ビジネスと慈善活動を統合する。私たちの会社と従業員の価値を総合し、小さな町であれ世界全体であれ、企業はその属する地域社会に溶け込まなければ生き残れない、という考え方を実践に移している。
でもそれだけではまだ足りない。私たちは、利害関係のあるすべてのステークホルダーからより高いレベルの信頼を集めなければならないし、透明性を高めなければならない。私たちは 「物言うステークホルダー」 を必要としており、この人たちにっよって会社は関係のあるあらゆる事柄に責任を持たされる。これは、物言う株主の上を行く役回りである。なぜなら、物言う株主は株価を通じて社長や会社役員に影響を及ぼそうとするだけなのだから。
端的にいえば、株主の価値を最も効率的に産み出すためには、利害関係のあるすべてのステークホルダーの利益を追求しなくてはならないのだ。
ウォール・ストリートのアナリストが先日マーク・ザッカーバーグ氏に、Facebookが率先して後進国の人々をインターネットで繋ごうという構想は果たして株主の利益にかなうのか、と質問をした。「それは、私たちが望む株主の利益にはかなうと考えています。私たちは使命を果たすためにこの会社を作ったのですから。私たちは毎朝起き上がると、さまざまな決定を下しますが、それは世界の人々を繋ぎたいからなのです。それをここでやっているのです」 これがザッカーバーグ氏の答えだ。「もし金儲けだけが目標なのなら、アメリカといくつかの先進国だけにとどまって宣伝広告を増やすことだけにエネルギーを注ぎ込む方がいいかもしれません。でも、この会社はそれだけが関心事ではないのです」 やがて時がたてば、インターネットが行き届かない地域にもこれを広げているFacebookは大きなビジネスをつかむであろう。
私は2004年に、シュヴァーブ教授の考え方に触発されて 「思いやり資本主義」 という本を書いた。教授は次のように考えていた。「思いやりや助け合いを大切にする会社は、競争においても極めて大きな利点がある。従業員に高度の誠実さや品位を植え付けることができる。その結果、一般の人々も心を持った会社として、よい関係を保とうとしてくれる。地域社会への奉仕については、それが正しいことだからそうするが、それが会社を潤すことにもなる」
このブログはハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。