1にも2にも党内力学
内閣改造と自民党の党役員人事が出揃いました。メディアは、改造の目的を云々し、内閣にニックネームをつけ、いつもどおり大騒ぎをしています。改造後の世論調査で内閣支持率がどこまで回復するかはなお見通せませんが、話題を変える効果はあったように思います。
私の印象はというと、安倍総理は、憲法改正も、総裁三選もまったく諦めていない。引き続き、長期政権に意欲満々であるということです。今般の改造は、政策的に何をしたいかという要素は一切なく、1にも2にも党内力学を意識した政治的な戦術と理解すべきと思っています。私は、政界人間模様的な話はあまり好きではないのですが、今回ばかりは、その手の話が本質のようです。
内閣支持率の低下を受け、安倍政権があたかも崩壊前夜のような印象を振りまいているメディアや識者がいますが、日本政治のルールをわかっていないのでしょうか。あるいは、安倍政権への批判を繰り返している間に、自分のポジショントークを信じるに至ったということでしょうか。
日本政治のルールは、衆議院の多数派が総理を選ぶというもの。それは、重要なのは最初から最後まで自民党内の力学です。そして、内閣の支持率低下にも関わらず、ここはいささかもブレていません。細田派、麻生派、額賀派、岸田派、二階派の主要5派閥は安倍政権を支え続けると明言しているのですから、言ってみれば自民党内は平常運転なのです。
細田派が総裁派閥として安倍総理を支えるのは既定路線でしょう。しかも、細田派には次期総裁候補になりそうな玉がいない。安倍総理が四天王を作りたいと言ったときの、稲田前防衛相、松野前文科相、下村元文科相は、一連のモリ・カケ問題や、日報問題でケチがついてしまった感があります。総裁選への出馬経験があり、今回、官房副長官になられた西村康稔氏あたりは、将来は嘱望されていますが、せいぜい次の次くらいの時間軸の話でしょう。
他方、麻生派、額賀派、二階派は、派閥トップが高齢であるか、身体検査に引っかかる要素を抱えていて現実に総理・総裁の椅子を狙えるようには思えません。それぞれの派閥に、この人をプリンス(あるいはプリンセス)にしようという明確な候補がいるようにも見えません。しかも、麻生氏は明確な閣内ナンバーツーとして、二階氏は党の要として遇しています。
政権は石破氏や野田氏は怖くない
安倍官邸からすれば、政権から距離をおく石破氏や野田氏は怖くありません。石破氏は、政治家としての経験や実力は安倍総理に比肩し得る党内唯一の存在でしょう。ただ、いかんせん党内力学的には厳しい立場です。石破氏にチャンスが回ってくるのは、自民党が政権転落の危機にある時だけでしょう。自民党は、追い詰められなければ石破カードは切らない。それは、ご本人もわかってらっしゃるようにお見受けします。
野田氏は、自民党で存在感がある女性政治家の中では、社会的にリベラルな面があり、人間的にも魅力があって面白い。最近、経済政策が左旋回しているように見えるのは気になりますが、安倍政権との差を出すためでしょう。最後は、自民党的に常識的なところに落ち着くのではないでしょうか。ただ、女性であることと、安倍総理への遠慮が薄いこと以外に、「売り」が良くわかりません。
政策的に何を象徴しているのか不明だし、野田氏を総裁にすることに政治生命を賭す覚悟がある子分もいらっしゃらない。先の総裁選で出馬を見送らざるを得ない状況に追い込まれたことに現れています。今般の改造で、総務相としてよほど頭角を現すか、周りに一流のブレーンを配置しない限り、トップリーダーを狙えるところまでは届かないでしょう。
ただ、郵政造反組の野田氏が現政権で結果を残せる可能性は低いと思っています。総理も、官房長官も、そんなことは許さないでしょうから。とはいえ、野田氏が今後階段を登っていかれる上では、今回の人事をお受けになったのはよかったと思います。女性として頭が1つ抜けているのは、今後しばらく野田氏しか見えないのですから。
改造のポイントは岸田氏の処遇
ポスト安倍として取りざたされている面々の中で、政権が多少なりともリスクを感じているのは岸田氏でしょう。第4派閥とは言え、派閥の領袖であり、ハト派というぼんやりとした象徴性も持っています。仮に、岸田氏が総理に対して主戦論を取るようなことがあれば、一定の支持が集まる可能性もあるでしょう。私には、今回の内閣改造は、岸田氏を封じ込めるための二重の仕掛けに見えます。
一つは、岸田派から林(文科相)、小野寺(防衛相)、上川(法相)、松山(一億総活躍)の4人を入閣させて優遇していること。これは、岸田氏への配慮であると同時に、いざという時の「人質」の意味もあるのではないでしょうか。岸田さんが反旗を翻すようなことがあれば、閣僚ポスト継続をちらつかせて分断を図れます。特に、林、小野寺両氏は50代で将来に向けての野心もあるでしょうから、岸田派の結束の度合いが試される展開となるわけです。
もう一つは、安倍総理の悲願である改憲の流れです。岸田氏は、憲法9条は変える必要がないという立場で、総理の改憲構想とは距離を取っています。ただ、今後は政調会長として自民党案を取りまとめる立場にありますから、それが、安倍政権への忠誠と9条改憲に向けての踏み絵となるという仕掛けです。総理の方針に基づく自民党内の改憲案がまとまれば、立場上岸田氏も反対はできないでしょうから、そこに共犯関係が生じる。観点からすれば、万が一岸田氏が改憲案のとりまとめに抵抗するようなら、その時に切ればいいのですから。
この構図は、岸田氏の外相時代と同じです。安倍政権の外交政策の大きな絵は官邸が描いています。その上で、実務における岸田氏の手堅さは評価する。よく言えば、岸田氏を育てているとも言えなくもないですが、普通に言えば飼い殺しにしているわけです。「加藤の乱」を経験して、加藤紘一氏が政治生命を絶たれたのを見ている岸田氏にしても、現時点で主戦論に舵を切っても勝ち目がないことは理解しているでしょう。与えられた場所で最善を尽くし、官邸が許容する範囲内で自らのカラーを少しずつ出していくしか道がないわけです。
本当のポスト安倍
私が、今回の内閣改造で面白いと思ったのは、本当のポスト安倍の構図が見えてきたということです。これまでの安倍政権は、40代、50代の実力者を冷遇し、ポスト安倍の芽をことごとく摘んで来ました。それは、自民党の伝統には反します。ポスト安倍として名前が上がる面々も、権力を身にまとっているギラギラ感がないのです。
その瞬間は権限を手にしていなくても、将来この人は総理になるよねというオーラです。それは、日本政治全体にとっては決していいこととは言えないけれど、安倍総理のリアリズムとしてある種の凄みではあるでしょう
ところが、今回の改造は支持率低下を受けてのものであり、なるべく経験者、実力者を配置せざるを得なかった。前内閣で失言を繰り返したレベルの低い入閣待機組を入れている余裕はなかったわけです。結果的に、それはとても良いことだったのではないでしょうか。日本政治は、小選挙区制の下で二大政党制を目指すべく設計されていますから、中選挙区時代の名残である当選回数に応じた大臣職のたらいまわしという慣習とはそろそろ決別すべきなのです。
今後は、新たなポスト安倍の候補として、河野(外相)、加藤(厚労相)、茂木(経済財政相)あたりにも注目していくべきと思っています。それぞれ、党内の人望や、国民的な知名度には、相当程度ばらつきがあります。当然、現段階でポスト安倍の本命ということにはならないでしょう。ただ、前半に申し上げた通り、議院内閣制と一党優位体制を組み合わせた日本政治において、リーダーの選出は最後は自民党内の力学で決まってきます。
しかも、次期総理総裁を選ぶ上では最大派閥の実質的オーナーである安部総理の意向が当然強く反映されるでしょう。安倍総理が、現在の自民党における党内力学と実力で選んだ結果、彼らにポストが回ってきたのですから、それは重要な指標になるわけです。
政策的な主戦場は改憲
今般の内閣改造は、政治的な戦術論のレベルで理解すべきであり、政策的な意味合いはほとんどないと思っています。安倍内閣の目玉政策は、アベノミクスから、一億総活躍から、人づくり革命へと看板の掛け替えが行われています。それらの政策にたいしたインパクトがないのは、安倍総理には与党内のコンセンサスを崩してまで改革を推進する気がないからです。
小泉政権の時にように、内閣の政策的な主戦場は経済改革ではないのです。安倍政権の経済最優先の柱は金融緩和であり、日銀主導で民主主義の枠外で進められるもののみ。痛みを伴う社会保障改革も、既得権にメスを入れる構造改革も、相当好意的に見ても漸進的に改善策を打ち出している程度です。それでも、株価は好調だし、失業率も低いのだからまあいいかということでしょう。日本経済の中長期的な持続可能性について、私自身は相当危機感を持っていますが、それは次の人が取り組めばいいと。
政権が、従前の政治的資源を注ぎ込んでいるのは、外交であり、安保であり、いわゆる戦後レジーム案件です。言わずもがな、最大のテーマが改憲ということになろうかと思います。そのためには、発議に必要な衆参での2/3を維持する必要があり、自民党内でな波風は立てられないし、公明党の機嫌も取らないといけない。それが、総理から見えているリアリズムの世界なんだろうと思います。
今般の内閣改造ではっきりしたことは、当分の間、日本政治の主役は安倍総理であり続けるということ。そして、政治の主戦場は改憲論議となることではないでしょうか。
(2017年8月3日「山猫日記」より転載)