最高人民会議で金正恩が見せるべきもの

金正恩氏は、自らの肩書きは党の最高レベルまで格上げしながら、それに見合った責任と課題を負う覚悟は見せただろうか。

北朝鮮の「朝鮮中央通信」は、今月(編注:2016年6月)29日に「最高人民会議」(北朝鮮の立法機関、日本の「国会」に当たる)を開催すると報じた。会議開催の最大の目的は、金正恩労働党委員長へ新たな国家最高職責の付与というのが衆論である。

=====肩書きにこだわる時か

今年5月に開かれた第7回労働党大会でも、「朝鮮労働党第1書記」から「労働党委員長」へと金正恩の肩書きが引き上げられた。しかし、自らの肩書きは党の最高レベルまで格上げしながら、それに見合った責任と課題を負う覚悟は見せただろうか。

北朝鮮住民の生活改善のために対策が至急な経済分野においては、「国家経済発展5カ年戦略」というものを掲げたが、過去に発表した経済開発計画では国民所得を基準に「○倍」上げるなど大体の数字を出したことに比べ、今回は具体的な目標や数字はなかった。5年内に経済を持ち直す基盤と自信がないため、具体的な数字を提示すべき「計画」の代わりに「戦略」という用語を使って責任を避けようとしたという分析が多い。

=====本当に政権安定を望むなら、核を放棄し人民生活に目を向けよ

今回の最高人民会議では政権安定を念頭においた組織改編が行われると見られている。組織・人事再編を通じて雰囲気を一新し、政権の基盤を安定させるとともに、金正恩の肩書きを格上げすることによって権力を一点に結集させるということだ。

しかし、現在のように住民たちが深刻な生活苦に悩んている中で様々な名目の上納、労働力動員など搾取までされている状況では、住民の間で不満が膨らむことは避けられない。また、このような不満は「下からの亀裂」を招くため、政権安定は不可能になる。権力掌握や指導者の偶像化より「民の生活の安定」が先だという事実は、歴史からも確認できる。

しかも、北朝鮮政権は国際社会の反対と制裁にもあきらめない核開発のせいで経済制裁を受けるようになったのに、「戦闘」という好戦的な名の下、その尻拭いを住民にさせている。北朝鮮当局は、党大会開催に向けて実施した、70日間住民の労働力を強制動員する「70日戦闘」が終了して一ヶ月足らずで再び「200日戦闘」を宣言した。

この200日戦闘は、党大会で打ち出した「国家経済発展5カ年戦略」を実現するためだそうだ。最初から具体性に欠けていて中身がない戦略と批判されたのだが、その実現方法として出したのが―情けないことに―「住民労働力の強制動員」だとは。70日戦闘で疲れた溜まった住民たちはご褒美をもらって当然だが、それどころか、休む暇もなく200日戦闘に駆りだされ、2016年には365日のうち270日を強制労働で送ることになった。

=====住民を絞り上げるだけでは、経済再生も政権安定もない

私も脱北をする前、しょっちゅう強制労働に動員されたが、みんなが一日でも労働から外される工夫、監視員の目を避けて休む工夫ばかりしていた。だが、最近会った知り合いの脱北者から聞いたチャンマダン(北朝鮮で住民らがものを売買するために開設するヤミ市。商売は資本主義的なものとされるため当局によって規制される)の話は真逆で面白い。

彼女はチャンマダンでものを売る場所を取るために朝7時に市場に着いたが全く場所がなかった。次は早めに出かけて朝5時に着いたが、その日も場所は全然なかった。既に場所を取って並んでいる人に、あなたは何時に来たか、と聞くと、彼は「昨日の夜に来てここにしゃがんで夜を過ごした」と答えたそうだ。

この話で分かるように、人間は自分の利益のためなら強制しなくても立ち働く存在である。強制的に働かせる上にその成果は他人が持っていくならば、人民の自発的な労働意志を弱めるだけだし、そのままだと北朝鮮経済は決して持ち直すことができないだろう。

韓国「IBK企業銀行経済研究所」のチョ・ボンヒョン首席研究員は、「経済は労働力ばかり投入して回るものではない。資金や投資などがない状況で労働力だけを動員する200日戦闘は無理な速度戦になるし、結局北朝鮮経済の足かせとなる」との見解を示した。

=====金正恩は今、何をすべきか

金正恩が今重視すべきものは、核兵器でも派手な肩書きでもなく、北朝鮮住民の心である。住民らが少しでも幸せを感じ、心から自分たちの指導者を尊敬して支持するようにするために、何をすべきかを悩んでほしい。その答えは、金正恩とその周りの権力層を除いた人みんなが知っているような気がする。

6月29日に開く最高人民会議で、金正恩は国家経済発展5カ年戦略の具体的な実行計画と目標を提示しなければならない。住民たちを急き立てて開催した党大会も、住民が期待している経済再生に関するビジョンは曖昧にぼかして高位階級だけのお祭りで終わったと批判されたのである。党大会の後続措置とされている今回の最高人民会議で、金正恩が経済発展戦略について果たしてどのような具体策を見せるのか、国際社会は注視している。今回も見せかけや目隠し程度にとどまるなら厳しい非難を受けるに違いない。

5月の党大会でとりわけ「電力」について言及が多かったのは、北朝鮮が現在の電力難を自認していることを意味する。電力だけを見ても、北朝鮮は5年という短期間で経済を活性化させるには基礎的なエネルギー・インフラが劣悪である。農業社会で牛を使って畑を耕す時にだって、牛にエサもやって、途中で休ませただろう。

今の北朝鮮の200日戦闘は、やせた土地に疲れた住民たちを押し込んで「今すぐ実を収穫してこい」といっているようなものである。国が基礎インフラの構築に投資すべき資源を核開発につぎ込んでおいて、経済再生は住民からの労力搾取に依存しようとする戦略は、一国の指導者が出すものとしては無責任で安易すぎるのではないか。

イ・エラン 韓国・自由統一文化院 院長、1997年脱北

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