外国作品の著作隣接権の保護期間―ザ・ビートルズのレコード『ラヴ・ミー・ドゥ』は切れているのか?

インターネットが日常に存在し、音楽や映像、書籍をデジタル環境で入手し鑑賞するのが普通になった今日、著作物という情報のコピー&ペーストを司る権利「著作権」は随分身近な言葉になりました。しかし、著作権法が定めるもう一方の重要な権利「著作隣接権」については、権利の内容がかなり複雑であることもあって、まだまだよく知られていないのではないでしょうか。

The Beatles / Love Me Do

1. はじめに

インターネットが日常に存在し、音楽や映像、書籍をデジタル環境で入手し鑑賞するのが普通になった今日、著作物という情報のコピー&ペーストを司る権利「著作権」は随分身近な言葉になりました。しかし、著作権法が定めるもう一方の重要な権利「著作隣接権」については、権利の内容がかなり複雑であることもあって、まだまだよく知られていないのではないでしょうか。

これは、著作権・著作隣接権の「保護期間」についても同様です。著作権の保護期間については、現状の著作権者の死後50年にとどめるのか、70年に延長するのかという、いわゆる「保護期間延長問題」がここ数年でさかんに議論されていることもあり(著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラムTPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム)、人々の話題に上ることも少なくありません。他方、「著作隣接権」の保護期間については、筆者が知る限り、これまで大きな話題になったことは少ないように感じます。

そこで、今回は著作隣接権の保護期間をテーマにお話をしてみたいと思います。その中でも、ターゲットを絞って、1970年に現行法にリニューアルされる前の著作権法である旧著作権法における、「外国作品」の著作隣接権の保護期間を! ...興味が一気に引いて行く音が聞こえますが、このある種「マイナー」な論点についてコラムを書くのには、2つの理由があります。

1つは、旧法下における外国作品の著作隣接権の保護期間は、法律上非常に複雑な規定になっており理解が困難であるにも関わらず、これを解説したテキストがほとんど見当たらないこと。そして、もう1つは、ご存知、音楽史上最も著名なアーティストの1つザ・ビートルズの1枚目のシングル、「ラヴ・ミー・ドゥ」が発売された1962年10月5日から、今年(2013年)で50年が経過し、その著作隣接権の保護期間が満了している可能性があるからです。

条文の構造の検討が必要な部分も多く、いささか退屈な旅になるかも知れませんが、どうぞお付き合いいただければと思います。

2. 現行法における著作隣接権の保護期間

旧法を検討する前に、まずは現行法の著作隣接権の保護期間から確認しましょう。

そもそも、著作隣接権って何?という疑問については、例えばこちらのコラムをご覧ください。ここでは簡単に、著作物の伝達について重要な役割を担うプレーヤー(実演家、レコード製作者など)に認められる、その実演やレコードの複製などを禁止できる権利、としておきましょう。例えば、実演家は、自分の実演を勝手に録音してCDをプレスしようとした第三者にそれを止めるよう請求することができますし、既に録音された音源(レコード)の製作者は、そのレコードを勝手にコピーして販売しようとする第三者に止めるよう請求することができます。

それでは、著作隣接権の保護期間は、現行法では一体どのように定められているのでしょうか。著作権法の条文には、次のように規定されています(現行法101条)。外国の実演家・レコード製作者の権利についても、基本的には同様です(現行法7条5号以下。本来はここに1996年改正法による保護の遡及復活という問題があるのですが、詳細は省きます)。

実演家の権利    :開始時⇒実演時

           満了時⇒実演の翌年から50年

レコード製作者の権利:開始時⇒音の最初の固定時

           満了時⇒発行の翌年から50年(不発行の場合は、音の最初の固定時から50年)

3. 旧法における著作隣接権の保護期間

(1) 旧法における著作隣接権の保護期間の原則

しかし、「ラヴ・ミー・ドゥ」などが発行された1962年は、現行以前の旧著作権法の時代です。それでは、旧法における著作隣接権の保護期間はどうだったでしょうか。

実は、旧法では、「著作隣接権」という権利は存在しません。著作隣接権は、我が国では現行法になって初めて定められたもので、旧法時代には、実演家の権利は「演奏歌唱」として、レコード製作者の権利は「録音物」として、「著作権」の一部として保護されていました。

そこで、旧法時代における実演家・レコード製作者の権利がどのくらいの期間保護されていたかですが、原則として「著作者の死後30年間(団体名義の場合は実演または発行時から30年間)」保護されていました。しかし、旧法が現行法に変わり、実演家やレコード製作者の著作権が「著作隣接権」として生まれ変わった後、その時点で保護されていた既存の実演やレコードについては、現行法の保護期間(実演または発行時から50年間)と、旧法の保護期間(「著作者」の死後30年間)のうち、長い方を期間とするという経過措置が置かれたのです(現行法原始附則15条2項)。

実演家の権利    :実演の翌年から50年

           著作者の死後30年の方が長い場合には、その期間

レコード製作者の権利:発行の翌年から50年

           (不発行の場合は、音の最初の固定時から50年)

           著作者の死後30年の方が長い場合には、その期間

ここで、ザ・ビートルズの「ラヴ・ミー・ドゥ」の場合を考えてみましょう。

現行法では、実演家の権利は実演の翌年から50年間、レコード製作者の権利は発行の翌年から50年間継続することになります。とすると、1962年10月5日に発売された「ラヴ・ミー・ドゥ」の著作隣接権は、その翌年から50年間保護され、2012年12月31日をもって保護期間が終了したことになりそうです(※1)。

これに対し、旧法では、まずレコード製作者の権利については、「ラヴ・ミー・ドゥ」がレコード会社の名義で発行されているとすると、その保護期間は発行時から30年です(旧法6条)。したがって、両者を比べてより長期である現行法の50年が保護期間となり、上記のとおり現時点では保護期間が終了していることになるでしょう。他方、実演家の権利については、ザ・ビートルズのメンバーうち「最終に死亡したる者」の死後30年間継続することになります(旧法3条2項)。したがって、ポール・マッカートニーとリンゴ・スターの両氏が健在である現時点では、旧法下の実演家の権利は存続していることになるように思われます(※2)。

(2) 旧法下の「外国作品」の著作隣接権の保護期間

しかし、旧法下の実演家・レコード製作者の権利を巡る旅はまだ続きます。

旧法下では外国作品の著作権は、日本で初めて発行された著作物を除き、条約に保護の規定がない限り、そもそも保護されませんでした(旧法28条)。そのため、もしも当時条約で保護されていなかったならば、旧法からの経過措置は無関係となり、旧法下の実演・レコードについて上記※2の検討は不要で、上記※1の検討だけをすれば良いことになります(※3)。そこで、現行法が施行された1971年当時、日本が加盟していた①万国著作権条約、又は②ベルヌ条約(ローマ改正条約。以下同じ)で、外国作品の実演家・レコード製作者の著作権が果たして保護されていたのかが、問題になって来ます。

まず、①万国著作権条約は、「著作物」の例示の中に演奏歌唱や録音の著作物を含めていません(万国著作権条約1条)。また、仮に含まれるとしても、万国著作権条約は、ベルヌ条約加盟国の著作物には一律適用されません(万国著作権条約17条附属宣言(c))。そのため、いずれについても、ベルヌ加盟国だった日英関係については、万国著作権条約はここでは関係が薄そうです。

それでは、②ベルヌ条約はどうでしょうか。ベルヌ条約には、いわゆる「内国民待遇」と呼ばれる規定があります(ベルヌ条約4条1項)。本件に即していうと、「外国の著作者は、日本において日本の法律が内国民に与えている権利等を享有することができる」というものです。この点、実演家・レコード製作者の権利は、前述のとおり、旧法では「著作権」として保護されていました。したがって、旧法下の外国の実演やレコードは、ベルヌ条約によって、日本においても日本作品と同様の保護を受けていたように思えます。そうすると、やはり上記※2に戻って、「ラヴ・ミー・ドゥ」の実演家の権利は未だ存続していることになるのでしょうか。

しかし、ここでさらに疑問が生まれます。ベルヌ条約では著作物として列挙されていない演奏歌唱・レコードについても、日本では「著作物」扱いを受けていたという事情をもって、ベルヌ条約上の著作物として日本で保護されていたと考えるべきなのでしょうか。保護されていなかったなら、※3→※1と戻って、旧法下のレコードばかりか実演もすべて切れていることになりそうです。これについて、明確な文献・解説は見当たりません。しかし、私見ではありますが、次のような理由から、現行法施行当時、ベルヌ条約では外国の実演・レコードの保護は求められていなかったと考えます。

理由①:ベルヌ条約における「著作物」には、演奏歌唱・レコードは含まれないと考えるのが最も自然なこと

ベルヌ条約は「著作物」に関して規定を置いていますが、その意味については定義していません。しかし、ベルヌ条約の「著作物」の例示の中に演奏歌唱や録音の著作物がないこと、実演家やレコード製作者の権利については並行して協議・締結された?ローマ条約やレコード保護条約などの条約で別途保護していることから、ベルヌ条約がいう「著作物」には、演奏歌唱・レコード製作によるものを含まないと考える方がより自然に思えます。

理由②:現行法制定当時、条約による著作隣接権の保護がなかったと考えられること

1970年に制定された現行法には、当時日本がローマ条約に未加入だったこともあり、外国作品の実演家・レコード製作者の権利の保護は規定されていませんでした。その後、外国作品のレコード製作者の権利は、1978年加入のレコード保護条約に基づいて、同年の現行法改正時に初めて規定され(現行法8条3号以下)、外国作品の実演家の権利は、1989年加入のローマ条約に基づいて、同年の現行法改正時に初めて規定されています(現行法7条5号以下)。

このように、現行法制定時にあえて外国の実演家・レコード製作者の権利の保護を規定せず、その後著作隣接権保護に関する条約が締結されて初めて規定するに至ったことからは、旧法時に外国の演奏歌唱・録音物の著作権は日本で保護されていなかったと考えると整合しやすいところです。

以上、現行法制定当時、ベルヌ条約で外国作品の実演家・レコード製作者の権利が保護されていなかったとすると、外国の実演・レコードは、日本で初めて発行された作品以外は保護されないことになります。その場合には、「ラヴ・ミー・ドゥ」が初めて発行されたのはイギリスであるため、実演家・レコード製作者の権利は旧法下の日本では保護されず、したがって、上記※1により「ラヴ・ミー・ドゥ」の著作隣接権の保護期間は2012年12月31日で満了していることになりそうです。

それでは、仮にこうした理解が正しく実演家・レコード製作者の権利の保護期間が満了していた場合、「ラヴ・ミー・ドゥ」は誰でも自由に利用できるのでしょうか。

まず、音源(著作隣接権)の保護期間が満了したとはいえ、「ラヴ・ミー・ドゥ」の曲の著作権はまだ存続しているため、著作権者に無断で利用するという訳には行きません。しかし、「ラヴ・ミー・ドゥ」を含むザ・ビートルズの楽曲の多くは、現在日本音楽著作権協会(JASRAC)により管理されているため、JASRACに所定の手続で利用を申請し、規定の利用料を支払うことで、基本的には誰でも「ラヴ・ミー・ドゥ」のレコード音源を利用することが可能になります(広告利用その他難しい処理が必要な場合もあるので要注意)。これまでは、レコード音源を利用するためには、JASRACだけでなく、レコード会社などの許諾を受ける必要があり、別途利用料を支払ったり、利用を拒否されたりする可能性がありましたが、著作隣接権の保護期間が満了した場合、この部分の処理は不要でレコード音源を使用することができようになるでしょう。

例えば、「ラヴ・ミー・ドゥ」を含んだコンピレーション・アルバムを製作して販売したり、国内向けの音楽配信に自由にしたり、といった事態が想定できます。

4. おわりに

1962年にデビュー、アルバム第1作である「プリーズ・プリーズ・ミー」が全英アルバムチャートで連続1位を30週にわたって獲得し、その後発売したアルバム11作のうち10作が1位を獲得...といった説明は不要でしょう。世界で最も著名で先鋭的な音楽を発表し続けたザ・ビートルズ。そのザ・ビートルズのレコード音源の権利保護が既に終わっている(=パブリックドメインになっている)としたら、なかなかインパクトのある話です。また、仮にこう理解できるならば、「ラヴ・ミー・ドゥ」以外にも、今後著作隣接権の保護期間が満了する60年代の音源は続々誕生することになりそうです。今後の議論の集積が待たれるところですね。

以上、著作隣接権やその保護期間は、権利の内容が複雑で、また私たちの生活にどのように関わるのか今ひとつ分かりにくいかと思いますが、実は作品の流通や広がりにとても大きな影響を与えています。このコラムを機に、少しでも興味を持っていただけたら望外の幸せです。

※本コラムの執筆に際して、多くの文献と共に、横浜国立大学の川瀬真先生に有益なご示唆をいただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。なお、言うまでもなく、本コラムの文責はすべて筆者にあります。

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