失くしたものは、ここにあった

見失っていた感覚。それを、パタゴニアで見つけた。

南米チリのパタゴニア地方、アンデス山脈の麓で暮らす私たちの日常のストーリーを綴っています。今回は、その10回目です。

「シンプル・ライフ・ダイアリー」7月29日の日記より。

晴れて、素晴らしい日だった。太陽がキャビンの窓から射し込んでいた。三々五々、人々がミーティングのために集まってきた。集まったのは、大人12人と女の子が2人。

「わあ、暖かい」キャビンに入るなり、みな、ジャケットを脱ぎ、マフラーや毛糸の帽子を取って、薪ストーブの周りに座った。オーガニック協会、副会長のミゲリナさんが、今日のミーティングで話し合う内容を読み始めると、女の子たちは外へ出て遊び始めた。

Paul Coleman

とても、リラックスした雰囲気だった。人々は、マテと呼ばれる、チリで飲まれる典型的なお茶を回し飲みし始めた。ディレクターのセルジオが、アイセン州各地から農業協会が集まるイベントが近々あることと、来月、キノコ・フェスティバルのイベントがあることをアナウンスした。キノコのイベントでは、野生キノコの判別の仕方や料理の仕方を学んだり、キノコ栽培のスタートキットを買ったりできると言う。キノコの栽培は、ずっとやってみたいと思っていたけれど、イベントに行くとなると、往復の移動も入れて4日ぐらい家を空けなければならないので、今回は、見送ることにした。

「誰か、キノコに詳しい専門家がラフンタに来て、ここに生えているキノコの判別法とか料理法、栽培方法を教えてくれたらいいんだけど」とポールが言うと、セルジオが、今、大学の研究者チームをラフンタに呼んで、キノコの判別法や栽培法を教えてもらえるように、計画を進めていると教えてくれた。これが実現すれば、願ってもいない、いいニュースだ。

そして、次は、コンポスト・プロジェクトの話に移った。農業局から資金援助が下りて、メンバー全員が、大型のコンポスト・ボックスを設置できることになったのだ。正しくコンポストされているかを知るため、温度計やPH測定器も購入できることになった。コンポスト・ボックスは、メンバーがボランティアで各農場に出向いて設置する。道路のアクセスがない農場もあるので、牛に荷車を引かせて材料を運ぶか、肩に担いで運ぶしかない。そういう場所には、みんなで出かけて、ピクニックがてら、手伝おうということになった。

みんなで野菜作りのことも話した。たとえば、毎週金曜日にファーマーズマーケットで野菜を売っているフリアさんは、虫の大量発生に悩まされていて、解決法を探していた。

「今年は、ハサミ虫がすごいの。レタスを植えたら、全部、芽を食べられちゃった。殺虫剤を使わないで、解決する方法、誰か知らない?」

すると、オーガニックのエッセンシャルオイルを作っているダニエラが、「カネロとシプレスのオイルを水で薄めた液をかけたら、効いたよ。少し、分けてあげるから、試してみたら」と答えた。

「ジャガイモの病気対策は、何かある?」今度は、ミルタさんが尋ねた。

「今年は、長雨のせいでジャガイモの葉が真っ黒になって枯れてしまって、植えた量より収穫が少なかったの」

すると、ダニエラが答えた。

「講習会に行った時、この病気を引き起こす原因になるカビを殺す菌があるから、それを土に混ぜるといいって教わったよ。もう少し、調べてみる」

「カレンジュラもいいって、ネットで読んだよ。ジャガイモを植える前に、カレンジュラを育てて、それを畝にすき込んでから植えるといいって。試してみて、結果を知らせるね」と、私も付け加えた。

みんなでおしゃべりしている間、ナナさんが、お手製のドーナツをみんなに配ってくれた。コーヒーや紅茶を飲みながら、それをいただく。少しして、今度は、カロリーナが手作りのリンゴのケーキを配り、お昼の時間が過ぎたころ、私がチアバータ・ブレッドとルバーブ・ジャムを差し入れし、ミゲリナさんがアボカドを、ノラさんが手作りパンをシェアしてくれた。

話し合いが終わると、今度は、外へ出て、講習会をした。作りかけの貯水池の周りに、みなで集まって、ポールが作り方を説明した。

「この池は、約1500リットル入ります。作り方は簡単で、穴を掘って、周りにアースバックを積んで、水平にし、ビニールシートを敷くだけ。池の縁には、芝生のブロックを置いてビニールシートを固定します。とても、経済的ですよ」

Dragon Tree An

次に、もう一つの貯水池に移動した。こちらは、丘の上の一番高い場所に作られていて、池の底にパイプが通してある。丘の傾斜に沿ってパイプを下ろすと、斜面に沿って作られている段々畑に水が撒けるようになっている。池の水はとてもきれいで透明だったので、底まで見通せた。

「見て、カエルが死んでいるのが見えるでしょう?」ポールが指差すと、みなが、覗き込んだ。

「最初に見つけた時は、カエルの周りにオタマジャクシがたくさん集まっていたので、木乃実は、お葬式をしていると思っていたんですよ。そしたら、後で、オタマジャクシがカエルを食べていることに気づいて、びっくりしました」

「ええ!」みなも、驚きの声を上げた。

「どうして、死んでしまったんですか?」誰かが尋ねた。

「今年の秋は、特に気温が高かったので、遅くまで産卵していたんでしょう。オタマジャクシがいる池には、必ず一匹か二匹、死んだカエルがいるんですよ。普通は、寒くなる前に森に帰って冬眠するんですが、今年は、卵を守るために池に留まっているうちに、急に冷え込んだので、死んでしまったんだろうと思います。でも、そのおかげで、オタマジャクシは死んだカエルを餌にし、底に沈んだ土の層の下に隠れて、越冬できたようです」

すると、ノラさんが神妙な顔をして、こう言った。

「犠牲になったのね。親の愛だわねえ」

みんな、頷いていた。そこには、野生のカエルに対する尊敬の念があった。

それから、キッチンとつながっているビニールハウスに移動した。すると、セルジオが声を上げた。

「あれ、薪から、キノコが生えてるよ!」

「これ、食べられるよ! 知ってる。だって、うちの家族が食べてたもん」ダニエラがそう言うと、みな、キノコをちぎって、口に入れ始めた。

「美味しい!」私も食べてみた。薪小屋として使っていたビニールハウスの屋根が大雪で崩壊してしまったので、やむを得ず、濡れた薪をキッチンに移動して乾かしていたのだけれど、その薪からキノコが生えていたのだ!

「面白いよねー。ずっと、キノコ栽培をしたいと思ってたけど、知らないうちに、やってたなんて!」

みんなが笑った。

Paul Coleman

ミーティングの後、みんなは、幸せそうに帰って行った。太陽が、まだ照っていて、春の気配が感じられた。お腹が空いていたので、キノコを収穫して、ガーリックソテーにした。

「んんんー、美味しいー!!」ポールも私も、同時に叫んだ。あまりにも美味しいので、キノコだけでお腹を一杯にしたいくらいだった。

「絶対、キノコを育てよう!」と、ポールが言った。

ミーティングの後、とても幸せな気持ちだった。そこには、シェアリング(共有)とケアリング(思いやり)そして、コミュニティーとして、みんなとつながっているという感覚があった。

東京で暮らしていた時には、見失っていた感覚。それを、ここで見つけた。そんな気がしていた。