マーシャル・ガンツのことをはじめて聞いたのは、チベット首相のロブサン・センゲからだ。
ロブサンは、3年前に僕らがやっている東大グローバルヘルス・リーダーシップ・プログラムのために来日してくれた。
彼は、当時、チベット亡命政府の首相選挙に立候補するために、ハーバードの職を投げ打とうとしていたところだった。
プログラムでは、チベット難民としての自らの生い立ち、我々をとりまく世の中の状況、そして、今、なぜ自分が職も収入もなげうって首相になり貢献したいのかを、切々と語ってくれた。
その時の参加者は、だれもが感動で身動きひとつできなかった。
彼のストーリーとメッセージが心の奥まで染み入り、静かに、しかし、とても大きな勇気へと変わっていった。
スピーチひとつで世の中は変わる。その時、僕は確信した。
その後、ロブサンは本当にチベットの首相になった。世界中を駆け回り、持ち前の能力と情熱でチベットと世界の平和のために尽くしている。
そのロブサンがあの日講義をしてくれたのが、「パブリック・ナラティブ」だった。
そして、彼は、その第一人者、マーシャル・ガンツのハーバードでのアシスタントだったのだ。
マーシャル・ガンツは、現在ハーバード大学ケネディ行政大学院の人気講師であるが、その経歴は変わっている。
ハーバード大学を中退し、16年間にわたって全米農業労働者組合で交渉役、全国執行委員としてつとめる中で、頭角をあらわした。
草の根組織モデルの創始者・提唱者であり、市民から社会変化を起こす活動家として政治活動、組合、非営利団体のトレーナー、オーガナイザーとして活躍した後に、実に28年経ってハーバード大学に再入学した。
しかし、彼を一躍有名にしたのは、2008年の米国大統領選挙でオバマ大統領の選挙参謀をつとめたことだ。パブリック・ナラティブとコミュニティ・オルガナイジングという方法で、声なき声を拾い上げ、初の黒人大統領としてオバマを勝利に導いた。
なぜ、東大のグローバルヘルス・リーダーシップ・プログラムで彼を招聘するのか。それは、「市民の力で社会を変える」時代が到来すると、確信しているからだ。
「市民の力で社会を変える」。 それは、反原発デモに象徴されるように、一過性のブームで終わってしまっては意味がない。
リーダーは敵を作るのではなく、賛同者を増やし多くの人を巻き込んで行かなければならない。
マーシャルは、今、日本で行うワークショップに本気で取り組んでいる。
日本で本気のリーダーを作るため、日本人を含めたマーシャルのアシスタントと僕らの若手スタッフとの間で、日々準備が進められている。たった1日のワークショップのために、ひと月以上かけて綿密に準備をする。
パブリック・ナラティブのマニュアルだけでも数百ページあり、僕らのスタッフも週末返上で必死の毎日だ。
こうやって、その輪が少しずつ、しかし、確実に広まればいいと思っている。
ネット選挙もようやく解禁された日本だが、最後は、人が発する言葉、それが一番大事だ。
追記:6月3日にマーシャル・ガンツ氏、日本を代表する社会活動家の湯浅誠氏と社会起業家の駒崎弘樹氏をお招きし、社会改革のための手法について討議いただく公開セミナーを企画した。これには一日で300人以上の申し込みが殺到し、数日で登録を締切った。ゆるやかではあるが確実に、どうすれば社会を良くできるのか、と真剣に考える草の根レベルの意識の高い人たちが増えている。