NHKニュースの深読み出演を終えて。ポスドク問題は分野によって違うので全てを同じくくりで語ってはいけない。中村修二さんが言う、日本企業の技術者の待遇は、ポスドクとは全く別の問題。
昨日のニュースの深読みをご覧くださった方、ありがとうございました。「敗軍の将、兵を語る」的に振り返ってみます。番組はポスドクの話に終始してしまったので、結局、なぜ自分が出ているかも良くわからない感じになってしまいました。
この件は一週間前くらいに伺って、その時の話題は中村修二さんが仰るような、日本企業の技術者の処遇についてでした。企業の技術者がNHKに出るわけにもいかないから、私が出ざるを得ないかと。
それが(おそらく)企画を練る中でポスドク悲惨話に焦点が移ったようです。
出演の前日に話題の変更を知って、中村修二さんの件とポスドクはぜんぜん違うじゃないか、と驚きました。まあ、時事問題を取り上げる放送なので、直前まで方針はころころ変わり、その一方、出演者は事前に確保しなければいけないから、こういうことも起こるのでしょう。
もしポスドクの話題になると最初からわかっていたら、出演は引き受けなかったと思います。
そもそも私は博士課程さえ行っていない(企業の研究で論文博士を頂いた)、自分がいる電気や情報では博士は企業に普通に就職するので放送されたような問題はないし、自分もわからない。
今回放送されたポスドク問題とは、バイオに特化した話のようです(と私も番組の中で知りました)。「これからバイオは重要だ」と国策としてバイオの研究者は増やした、でも、産業界が育ってないから就職先が無い。これ、当たり前の話ですよね。問題はなぜそのような政策になったのか。。。
そういえば、私が学生だった20年前から「次はバイオだ」と言われ、バイオ系の学科は学生の人気もあったと思います。それが今でも「次はバイオだ」で、研究者の人口は爆発的に増えても、産業の規模はあまり変わらないのでしょうね。それでは雇用は厳しい。これは誰も予測できないとは言えども、つらい問題です。
STAP細胞のような事件が起こってしまう背景には、バイオという分野のきわめて厳しい状況があるのはないでしょうか。
一方、私がいる電気は、たとえテレビやパソコンの産業が傾いても、次は電気自動車だ、スマートグリッドだ、ロボットだ、と電気・電子回路を使う応用先は次から次に生まれてきます。
そうすると、以前は学生が電機メーカーに就職していたのが、自動車メーカーやロボットのメーカーに就職するようになると、就職先が変わるだけで雇用という意味では安定しているのです。これも「今から振り返るとそうだった」ということなので、将来を予測することは本当に難しい。
今回の放送に関しては、「中村修二さんが指摘する技術者の待遇の問題」と「大学のバイオ分野でのポスドク問題」という2つの問題を取り上げるだけの時間が無かったので、1つに絞ったのでしょう。
仕方の無いことだと思うので、次は何かの機会に、企業の技術者の話題を取り上げて頂ければと思います。
ポスドク問題も文系の学部ではまた違った問題になると思います。
時々刻々放送の内容が変わっていく状況で、いまさら出演キャンセルするのも迷惑かと思い、自分が言いたいことはおいて置いて、今回のポスドク問題で自分が言えることを必死に考えて発言したつもりです。あまり役に立てなかったかもしれないけど。
私の隣で政府の政策としてこの問題を語られていた橋本先生も、実はご自身の研究分野、研究室では博士は問題なく就職されると思うので、当事者が誰もいない、という間が抜けた感じになってしまいました。
もし次にバイオのポスドク問題を取り上げるならば、当事者の方に出て頂いたほうが良いと思います。
まあ、細かいことを言うとそういう事情ですが、公共放送ではあるので、社会に向けて研究者の話をできた、という意味では価値があったのでしょうね。
テレビは視聴率を稼がなければいけないので、「月収1万8千円!」とか視聴者の感情に訴える極端な話になってしまうのでしょう。この話も生放送の中で初めてしりました。「視聴率を稼ぐために極端な話になりがち」なのがテレビの限界であり、厳密な報道をテレビに求めるほうが難しいのかもしれません。メディアも多様な媒体が必要で、テレビはテレビの役割が、新聞は新聞の役割があるのでしょう。
それから「博士は足の裏の米粒で、取らないと気持ち割るけど、取っても食えない」というのは20年以上前から言われていることで、博士をMBAと置き換えても同様でしょう。
博士といっても取った人の実力は様々で、博士を取っただけで一流の研究者になれるわけではない。また、MBAを取っただけで名経営者になれるわけもない。
とか発言したかったのですが、本番ではタイミングを逸しました。情けない。
最後に、生放送では全く自分の力不足で言いたいことの半分も言えてません。せっかく準備したので、事前に用意していたコメントを公開します。
【質問1】企業は若い研究者を採用しずらいとも聞いたが?
【回答1】分野によって異なる。企業の求人と博士の専門のマッチングが大切。日本企業は入社してから人を育てるが、博士卒は即戦力になってもらわないと企業も困る。これは海外の企業でも同じ。年功序列の賃金の日本企業では博士は年齢相当(学部入社6年目+α)の処遇をするのだから。逆に言うと、即戦力となる博士は企業も採用する。だから、電気や情報、エレクトロニクスでは博士は普通に企業に就職していく。多少は違う分野への就職も可能。金融の取引では高度な数学が必要だったり、最近はビッグデータの解析だとか、論理的思考力を買われて経営コンサルティングとか、他の分野へ就職する事例も出てきた。ただ、博士の方に自分がやってきた分野をどうしても続けたいというこだわりがある場合、バイオなど相当する産業に雇用が少ない場合、就職は難しい。
【質問2】このままでは日本の科学技術はだめになるのか?
【回答2】一般論よりも、何を日本が強化すべきかの具体的な戦略が大切。ものづくりは新興国へシフトしつつあるが、中国など新興国が追いつけない分野は依然としてある。例えば集積回路の設計はアメリカが依然としてトップで、日本が次、インド・中国の影は薄い。日本は強みの持つ分野では負けてはいけない。
【質問3】企業の研究はどうなっているのか?
【回答3】企業は体力が落ちているために基礎研究が難しいだけでなく、ハードからソフトまで様々な技術を統合することが必要になり、一社ですべての研究することが難しく、大学への期待は高まっている面もある。ただし、米国で巨額の利益を得ている企業(グーグル、アップルなど)では、逆に様々な研究を自社で手がけるようになり、人工知能(やロボット、自動運転)など大学の研究者が企業に入る事例も増えている。
以前は今ほど事業の変化は速くなかった。自分が会社で働く年数よりも、事業が継続する年数のほうが短いくらい。以前は自分の事業がつぶれても、他に異動して再教育、終身雇用は保証されていた。事業にもよるので一概に言えず、今でもインフラの事業では、変化もゆっくりで、終身雇用で年功序列のやり方が機能するだろう。一方、エレクトロニクスやITは、携帯電話や液晶テレビを見てもわかるように、変化が急。事業が傾いたときには、不採算の事業をきらなければ成らないケースが出てきている。
終身雇用が保証されないのであれば、「プロスポーツ選手のように稼げるときに稼ぐ」で海外に流出する人が出てくる。
【質問4】理系は研究だけしたいのでは?
【回答4】私もずっと研究だけしたい。でも、それだけでは厳しい。研究費を獲得するために、マネイジメント能力、リーダーシップなど色々な力が必要だと大学に研究室を開いて分かった。大企業では分業できていたことを、大学では一人でやらなければならない。アメリカの大学ではもっと競争が激しいかもしれず、日本だけが大変というわけではないと思う。研究費獲得などが嫌で、アメリカでは大学からグーグルなど資金が潤沢な企業に移るケースが増えている。
企業でも同様。事業の変化のスピードが速い中、自分の研究もいつまで企業で生かしてもらえるか分からない。「稼げる時に稼げるだけ稼ぐ」プロスポーツ選手のような、ダメなら次の展開に進むという時代にすでになりつつある。新しい分野に取り組むには時間がかかる。自分が生き残るためには、今の専門技術をコアに少しずつでも領域を広げていくべき。大学を卒業した後こそ、勉強が必要。勉強の機会としては、社内だけでなく大学も活用することも良いだろう。
【質問5】理系のキャリアは?
【回答5】大学を出て企業へ、企業で培った経験を持って、また、大学に戻る...という流動化は大事。大学でこそ学べることもあるし、企業でこそ学べることもある。コストや歩留まりなど実用化に向けて何が大切かは、大学にいてはなかなかわからない。大学はバーチャルな体験で、企業でのリアルな実戦でこそ学べることはある。逆に、企業では体系立てて研究することは難しい。
労働市場の流動性が必要なのは大学だけではなく、企業の技術者も同じ。日本企業でも中途採用を以前より積極的に行うようになってきたが、いまだに「出戻り禁止、ライバル企業に移った従業員は裏切り者扱い」。ライバル企業から技術者を引き抜く、一度辞めた人間でも外で活躍すれば呼び戻す、といった変化が必要。そうでないと、できる人は流出する一方。
【質問6】今後どうするべきか?
【回答6】ひとつのことに集中して、周囲の意見も振り切って常識を覆す仕事をする人は、「変な人」であることも多い。従来のような、チームワーク重視のまじめな常識人を集めてこれからのグローバルの競争で勝てるのか。
今は1流の技術者が100人いるよりも、超一流の技術者が1人いるほうが大切な場合もある。
突拍子もないアイデアは「みんな同じが良いこと」の風土からは、生まれない。
年功序列のような「調和を大切な社会」も大事だが、それでは超一流の技術者は引き止められない。
中村修二さんのような社会で知られるような有名人でなくとも業界の有名人の流出は始まっている。
(2014年10月19日「Takeuchi Laboratory」 より転載)