社会的投資回収率(SROI)という社会性の計量評価手法の導入によりわかったこと。

対人支援事業の原資が公的事業の受託がほとんどの組織にとっては、迫りくる成果圧力と、現場で生み出す画期的でありながらも理解されないひとの変化の狭間で、大きなジレンマを抱えることが大きい。そんななか、ここ数年でにわかに注目されてきたのが「社会的投資回収率(SROI)」という社会性の計量評価手法である。

例えば、ひとりの若者が現在の仕事を辞め、そのキャリアを次に生かすために新たなフィールドを探している。それに対して相談員はキャリアの棚卸しと諸条件を含めた方向性の確認をする。助言をするというよりは、その若者のなかには確固たるものがすでにあり、相談員は鏡となることで、進むべき道を気づかせることに徹する。

もうひとりの若者は、幼少期に両親が他界し、児童養護施設で育つ。高校卒業後に工場の寮に入り働くが、身体を壊し、精神的疾患を患う。会社を休みがちになったことから解雇されるとともに住む場所を失う。住民票も保険証も、手持ちの資金も尽き、路上生活のなかで意識を失いかけていた公園で行政担当者に声をかけられ、生活保護を受給するに至った。数年かけて体調も戻ってきたところで就職活動を始めたいと相談に来る。

若者支援を行っていると、前者のようなケースも、後者のようなケースも対応することになる。両者が就職を果たしたとき、就職者数にカウントされるのはどちらも「1」だ。仕事をしていない状態を「0」とすると、ひとつのゴールである就職は「1」。若者支援に限ったことではないが、就職や自立に際して、特に税金を使った事業成果への期待と圧力が高まるなか、この「0」を「1」にするプロセスをもっと評価してほしいという意見は少なくない。

前者の若者も「1」、後者の若者も「1」であり、とにかくその数値をひとつでも大きくすることが成果として課されると、前者のような若者を支援することが目的化されかねない。「0」と「1」の間には支援者が大切にしている変化があり、それは無理矢理数値にすれば「0.1」「0.01」「0.001」に相当するがそれだけでは「1」というカウントにたどり着かないために無視されがちな数値でもある。

確かに、何十年も他者とかかわることのなかったひとが心から笑うことや、言葉を発することがほとんどないひとが誰かに声をかけること、自暴自棄になっていたひとが将来を真剣に考えるなど、現場においては奇跡と思えるような変化だと認識することはあるが、対人支援業務に明るくないひとにとっては、税金を使ってまで生み出す変化であるのか。単なるコストではないかと考えるのではないだろうか。なぜ、笑うこと、他者に声をかけること、将来を考えることにお金が必要なのか、と。

特に対人支援事業の原資が公的事業の受託がほとんどの組織にとっては、迫りくる成果圧力と、現場で生み出す画期的でありながらも理解されないひとの変化の狭間で、大きなジレンマを抱えることも大きいだろう。成果を出さなければ継続はない。継続がなければ対人支援ができない。自主事業を持っていたとしても受益者負担に耐えられる個人への支援に限定されてしまうリスクを負うことになる。おそらく、それは日本固有の問題ではなく、「費用対効果」を求められるという意味で国を超えた共通課題ではないだろうか。

そんななか、ここ数年でにわかに注目されてきたのが「社会的投資回収率(SROI)」という社会性の計量評価手法である。

社会的活動を行う組織体で用いられる成果および業績を数量化して測定する指標の一つである。その組織体へと投下された資源(主に残高としての正味財産)に対する一定期間の純額としての利益および社会的な成果の比率として計算される

出典:ウィキペディア

事業への投資価値を、金銭的価値だけでなく、より広い価値の概念に基づき、評価や検証を行うためのフレームワークがSROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率)です。この指標では、社会・環境・経済面の費用と便益とを以て様々な活動による社会的インパクトを評価し、その社会的価値を適切に評価することを目指しています。

出典:SROIネットワークジャパン:SROIの概念

事業によってもたらされた社会的価値をステークスホルダーごとに明確にし、貨幣価値に換算することで事業がもたらす価値を定量的に表現する。

出典:ソーシャルイノベーションの加速に向けたSROIとSIB活用のススメ

私たち、認定NPO法人育て上げネットでも、少ないながらもいくつかの事業でSROI評価を行ってきた。先日、株式会社公共経営・社会戦略研究所より、育て上げネットと日本マイクロソフトが展開している「若者UPプロジェクト」のSROIを活用した第三者評価の報告書が発表された。

当該プロジェクトでは、過去にもSROIを活用して社会的投資回収率を算出している(報告書)。その他、被災地支援として『東北UPプロジェクト』の第三者評価報告書もSROIを活用した。

SROI活用の事例が少しずつ報告されているなかで、SROIという手法と評価結果(社会的投資回収率)に注目が集まるなか、ここでは実際に導入したことでわかったことを書きたいと思う。

1. コストがかかる- やりたいからやれるというものでもない-

当たり前のことだが、第三者に評価を依頼すればコストがかかる。変化を定量化し、それを貨幣換算化することはそれほどコストがかからないようにも感じるが、それはあくまでも一定程度の合意されたフレームワークが完成した後のことである。評価者にしても、例えば、若者支援分野ではどのような変化を大切にしているのかを調査しなければならない。組織、支援者、被支援者、被支援者の関係者などにヒアリング調査をかけ、具体的に指標を立てていく。この作業がかなり膨大だ。逆に、一度フレームができれば、あとは項目ごとの数値を入れ込めばよいということになるかもしれない(コストが下がる)。

ほとんど導入事例がない状態では、誰かが事例を作らなければならない。このコストを誰が負担するのか。逆に、SROI評価者がコストを下げるという手もあるが、SROIという概念があまり広がっておらず、そもそも評価者が少ない。SROIネットワークジャパンがSROI算出のトレーニングを行っているが、評価できる人材が増加すればもう少し環境は変わるだろうし、プロボノ人材としての価値提供者が現れる可能性もある。あとは個別または複数の組織がクラウドファンディングなどで資金調達を行い、フレームワークを先に作り、同じ分野に広げていくことも考えられる。どちらにしてもいまは導入コストを確保し、事例を積み上げていかなければ裾野を広げられない状況だ。。

SROI評価を自ら算出した豊橋市の事例もあるが、SROIはどのような変化を指標とするのか。貨幣換算する際の参考コストは何を使うのかなどは恣意性が働きやすいため、中立性や客観性を担保するためには第三者による評価または社会的に合意されたフレームの活用が望ましいだろう。

2. ステークスホルダーが広がる

SROIの評価を導入したことで、ステークスホルダーが広がった。例えば、若者支援分野および既存の成果指標を変えたいと考えている政治家や行政担当者からのアクセスが非常に多くなった。前者に関しては、実際に導入算出を試みる例も出てきており、成果指標を立てる側の人間も、「0」と「1」だけの指標に限界を感じているようだ。しかしながら、既存の指標を変えるのであれば、代替案がなければただ不平不満を言っているだけになってしまうことから、ひとつの可能性としてSROIに着目したことから、新たなコミュニケーションにつながっている。

政治や行政に関わらず、企業とのつながりも生まれた。CSRコンサルタントの安藤光展氏がブログ「SROI(社会的投資収益率)による、CSRの評価方法と効果測定とは」で書かれているが、とっくにCSR担当者が自社の取り組みを伝えていくのかでかなり迷われているようで、社内外のコミュニケーション手段として興味を持たれる例も意外と多い。

特に、数値で成果を表現しづらい社会課題や、成果が出るまでに時間のかかる問題に挑む場合に、表面的な数値が小さくなってしまうこともある。かなり時間とコストがかかるものだと、たくさんの方々に価値を届けることが難しいため、対象者数が少なくなりがちだ。それでも意味や価値があるからこそ取り組むわけだが、CSR担当者の置かれた立場はかなり厳しく、ステークスホルダーも多いため、SROIを知りたいというニーズがあるようだ。

3. 現場のスタッフが元気になる

元気になるという表現を使ったが、自分たちが「言いたかったこと」、つまり、「0」と「1」の間にある小さな、そして大切な変化が指標化・数値化・貨幣化されることで、これまで何となく言葉で説明し切れなかったものが図や数値、貨幣や第三者による解説などで可視化されていくことに感動すら覚える支援者もいる。

困難度の高い状態のひとがが小さなチャレンジをする。そこにささやかながら貢献した喜びや自負、誇りを持つ人間がいる。しかし、そのチャレンジが多くのひとにとっては日常生活に紛れるほど当たり前の行為であり、どれだけ伝えても理解されないとしたら、それは支援者にとってどこか満たされない、自己肯定感の喪失にもつながる出来事になるかもしれない。

実際にそういう想いをした経験のある支援者は少なくないのではないだろうか。だからこそ、「0」「1」で課される成果指標の立てられ方や、事業評価の在り方とは一線を画すSROI評価は支援者を元気にする。もちろん、ある支援者が大切にしている変化が数値化することで思った以上に低くでることもあるため、その部分はマネジメントを担う人間がしっかりフォローをかける必要がある。

その役割を担う人間はSROIを少し深く理解しておかなければならない。このような評価の手法が、支援者のやりがいを刺激し、やみくもに頑張らせる手段となってはいけないが、成果への圧力が高まるなかで何かを変えていかなければと考える人間にとって、SROIという評価の方法は一考の価値があると認識されているからこそ、にわかに広がりを見せているのではないだろうか。

SROI評価について、前述の株式会社公共経営・社会戦略研究所インパクトレポートを開催する。筆者はコメンテーターとして参加するが、社会的インパクトを可視化することに関心があるひとにとってはよいケース検討の場になるのではないだろうか。

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