がん対策基本法の制定以来、がんの患者さんに対しては、病気そのものの治療とは別に、痛みをコントロールすることの大切さが認識され、痛みに対して積極的な治療が実施されるようになってきました。
痛みに苦しんでいるのはがん患者さんだけではないはずですが、その他の病気では、たとえ激しい痛みであったとしても痛みに対する治療は軽視されていると私は感じています。
そのため、とりわけ原因の特定できない痛み、いわゆる線維筋痛症やCRPS、脊髄損傷後の疼痛、重度の非特異的腰痛などの患者さんは、激痛に苦しみながらもわかってもらえず、どこへ行っても診てもらえないという言わば「痛み難民」となってしまう場合が少なくありません。(1)
私の家内もそんな一人でした。
家内は、15年前の交通事故により頸髄を損傷し手足などに重いマヒがあります。
受傷後半年ころから痛みが出て、やがて身動きにも支障を来すほどになりました。医師に相談しましたが「気のせいでは?」「我慢するしかない。」との返事、「リハビリを怠ける口実。」とさえ言われました。精神的にも落ち込み、リハビリは進まず次第に引きこもりのような生活になっていきました。
一年半後、友人の紹介で痛みに理解のある医師に出会えました。痛みへの積極的な治療や、痛みを考慮したリハビリ、共感的な理解による精神的な支えなどに救われました。
この経験を新聞に投稿したところ、同じような痛みに苦しむ患者さんからの反響がありました。その多くが痛みを理解されず、ともすると医療によりかえって状態が悪くなったという訴えです。(2)
なぜこんなことがおこるのでしょうか?
痛み、特に長引く痛み(慢性痛)は、全人的なものであり、その治療は複数の診療科が連携していくべきだと多くの専門の先生方は述べています。(3)
ですが、わが国の医療は縦割り意識が強く、複数の診療科による連携は苦手のようです。
また、「慢性痛は単に"長く続く"急性痛ではなく、中枢神経系の可塑的な変化を伴って成立する独立した病態である」と慈恵医大・痛み脳科学センターの加藤総夫先生も述べていますが、「痛みには急性痛と慢性痛があり、急性痛は警告信号だが、慢性痛は痛み警報システムの複雑な故障」といわれるようになってきました。(4)
しかし、急性痛と慢性痛の違いについて、一般国民はもちろん、失礼ながら医療関係者の多くもご存じないか無関心のように思えます。
そうした状態ですので、わが国においては未だ慢性痛に必要な診療の仕組みは確立されておらず、「痛み難民」の多くは放置されたままです。
そんな厳しい状況ではありますが、最近になって前向きな動きも次々と出てきています。
厚労省などが行っている慢性の痛み対策関連事業は、他の予算が削られる中、年々増額の方向で動いています。
更に昨年6月に閣議決定された「一億総活躍プラン」に慢性痛対策の推進が記され、骨太の方針2017でも「慢性痛対策に取り組む」と書かれる見通しです。(5) (6)
マスコミの報道も、一昨年NHKスペシャルで「腰痛治療革命」が放送されて以来、慢性痛について取り上げることが多くなってきました。(7)
世界情勢に目を向ければ、WHOによる「国際疾病分類」の2017年改正(ICD-11)では、「人口の2割が訴える慢性痛を適切に分類記述することは世界的急務」とし、これまで各疾患の症状などとしか書かれていなかった「慢性痛」を独立した疾患として分類する方向とも言われています。(4)
これらの動きは、本格的な慢性痛対策が始まる前触れなのかもしれません。
慢性痛問題への真摯な対応は、痛み難民を救うだけでなく、健康寿命を延ばし、無駄な検査や手術や投薬を減らすなど医療費削減にも役立ち、労働力の確保や介護の負担を軽減することにもつながることでしょう。また、慢性痛は自殺や不登校や引きこもりの原因の一つにもなっているとみられ、それらの解決にも貢献するはずです。(8)
慢性痛の概念を理解するのは難しいことかもしれません。筆者自身が、家内の痛みは慢性痛であると納得するまで何年もの時間がかかっています。また、慢性痛に正しく対応する仕組み作りは、医療体制や制度を大きく変える必要のある難しい作業だとも考えています。
他国に比べ20年以上遅れているとも言われるわが国の慢性痛に対する医療。広く国民にこの問題が理解され、関係者が協力し日本の実情に合ったより良い慢性痛診療システムが、一刻も早く構築されることを願っています。
【参考または引用 URL】
(2017年8月8日「MRIC by 医療ガバナンス」より転載)