先月7日の厚生労働省の発表によると、2013年度の国民医療費は40兆円を超え、7年連続で過去最高を更新した〔資料1〕。
<資料1>
(出所:厚生労働省資料)
厚労省は「社会保障に係る費用の将来推計」を提示しているが、社会保障費が今後当面の間"過去最高"を更新し続けることが避けられない見通し〔資料2〕。
<資料2>
(出所:厚生労働省資料)
経済成長による税収増に期待しながら、消費増税で社会保障財源を確保するというのが、アベノミクスの当初の思想であった。しかし現実的には、若干の税収増になりつつも、やはり赤字国債の発行に依存せざるを得ないのが、社会保障関係費の調達構造だ。
高齢化に伴う年金や医療など社会保障関係費の増加額(いわゆる自然増)は毎年約1兆円と言われていたが、過去3年間については経済雇用情勢の改善や厳しい制度改正により、年平均0.5兆円程度の伸びに抑制されている〔資料3〕。だが、それでも年平均0.5兆円の増加はある。
<資料3>
(出所:財務省資料)
経済成長による税収増に期待するだけでは、社会保障財源を確保できるかどうかは甚だ不確実。国債発行に頼ることに関しては、とっくに限界を越えている。結局、消費増税と社会保障関係費削減を同時並行させなければ、増え続ける社会保障関係費に係る財源を確保していくことはできない。
こうした事情もあり、今年6月に決められた「経済財政運営と改革の基本方針2015」(いわゆる骨太の方針)では、2020年度の基礎的財政収支黒字化に向けて、この自然増を今後3年間で引き続き年平均5000億円以下に抑えることが掲げられている。
ただ、社会保障財政を大きく好転させるための特効薬は見当たらない。やはり、医療費の削減に繋がるための施策を一つ一つ積み重ねていくしかない。その一つとしてここで提起したいのが、『残薬』に関する問題だ。
上述の「骨太の方針」では、「診療報酬・介護報酬を活用したインセンティブの改革を通じて病床再編、投薬の適正化、残薬管理、医療費の地域差是正等を促す」との文言が盛り込まれている。高齢者の慢性疾患系の薬は数ヶ月分まとめて処方されることが多く、服用されないままで残ってしまう薬が相当な量に上るとの指摘がある。飲み残し薬が高齢者宅にどの程度あるのか、その把握や削減のためにどうすべきなのか、検討する価値は高いと思われる。
財務省は、診療報酬を1%適正化した場合、約4300億円の医療費の抑制ができるとの試算を示している〔資料4〕。医療費に占める医薬品コスト(薬剤費)のシェアは4割弱。残薬を極力なくしていくことは、薬剤費の抑制に大きく寄与する。
<資料4>
(出所:財務省資料)
実際、調剤薬局での残薬削減への取組みは、これまでも経済財政諮問会議や財政制度等審議会で議論されてきた。診療報酬の在り方を審議する厚労省の中央社会保険医療協議会に提出された今月6日の資料では、飲み残し薬の確認を薬局の薬剤師が行い、処方された薬剤の量を減らす取り組みを全国に拡大することで、年間約29億円から約97億円の医療費削減効果が得られるとの調査研究が紹介されている。各地方それぞれの薬剤師会が中心となって飲み残し薬の確認と残薬の削減を進めている取組みも紹介されている。
だが、残薬は各家庭での飲み残し薬にとどまらない。慶應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本隆特任教授が今年7月に提示した研究報告書(『我が国におけるDVO導入』に関する医療費削減インパクトの推計)によると、病院における残薬も、抗がん剤だけで少なくとも400億円に上るとのこと。岩本氏によれば、バイアル(薬剤容器)供給の薬剤であって、特に抗がん剤など投与量が患者の状態に応じて厳密に管理されている注射剤は、原理上、残薬の発生が不可避だという。
バイアルは一般的に、再使用をすることができない。高価な薬剤であっても、残った薬は廃棄されてしまうし、その残薬コストも医療保険で支払われる。問題はそれだ。残薬コストに係る負担は、保険組合、患者、そして保険料を支払う一般国民にのしかかる。これでは、病院が残薬を削減しようとするインセンティブは働かない。
例えば米国では、日本とは医療保険制度が異なり、医療費を支払う保険会社の立場が強く、病院へのチェックも厳しい。だから、使い切れずにバイアルに残った薬剤を廃棄せず、安全な形で次の患者に用いようとする病院が多くなっているそうだ。
日本でも、病院がバイアル製剤を保険請求する時に、投与量の分だけを請求する原則が徹底されれば、使用されずに廃棄されてしまう薬剤の有効利用を促し、年間410億円の薬剤費削減が期待できる ーーー これが岩本氏の提言である。
この提言に沿って医療保険に係る制度の一部を見直せば、即効性ある薬剤費削減が期待できる。更に、抗がん剤以外の薬剤に対しても同じ手法を適用することで、更なる薬剤費削減を追求できるはずだ。特に後者について、対象とする薬剤を抗がん剤から他の注射剤にまで拡大すると、市場規模は2.86倍になる。医療現場での廃棄率が抗がん剤と他の注射剤とで同じかどうかは要精査であるが、1000億円程度の薬剤費削減に繋がる可能性も出てくる。
抗がん剤だけに対象を絞ったとしても、今後の薬剤費削減額は400億円程度にとどまらないだろう。岩本氏の試算では、抗がん剤の国内市場規模として5294億円という値が用いられているが、これが2021年には1兆614億円になるとの予測もある。今後の医療費増大と比例して、残薬費削減額も大きくなる。だからなおさら、早急に取り組むべきなのだ。
次の診療報酬改定に向けて、医療費のムダ撲滅に資する様々な知恵を逐一取り上げていく必要がある。そうでなければ、好転のための特効薬が見当たらない社会保障財政を持続させようとしても、やりようがない。様々な研究者がそれぞれの観点から医療費削減効果を試算していることは、たとえそれぞれの削減試算額が目を見張るような規模ではなくても、好ましいことだ。政府も具体的な削減策について常に知恵を求めている。
医療分野での利害調整に相当の困難が伴うことは歴史が証明している。だが、医療費膨張が将来の日本を圧し潰す主因の一つであるとの認識は、国民にも政治家にも十分浸透していると思われる。政治のリーダーシップで、将来世代の安心のためにも、医療費削減に切り込んでいくべきだ。