動画配信サービス「ネットフリックス」が年初に発表したグローバル展開について、米メディアではその動向を占う記事が目立つ。
家電見本市「CES」で、リード・ヘイスティングスCEOはインド、ロシアといった巨大市場を含む130カ国以上での新たなサービス展開を発表。そのスピードとスケールを印象づけた。
By Markus Henkel (CC BY 2.0)
すでに世界で約7000万人のユーザーを持つ同社の急拡大に、業界内には〝対ネットフリックス連合〟を模索する動きもある。
2015年は140%という米国トップの株価の伸びを示し、株価をリードするネット企業群としてFANG(ファング=フェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、グーグル[アルファベット])とも総称される。
ドラマの賞争いの一角にも食い込むが、年明けのゴールデン・グローブ賞では、動画配信のライバル、アマゾンが2部門受賞に対して、ネットフリックスは無冠に終わった。
そして、年明けから株価は下落傾向で振るわない。
ネットフリックスは果たして〝世界テレビ〟になるのか。
●世界130カ国以上で
1月6日、米ラスベガスで開催中の「CES」では、基調講演に立ったネットフリックスCEOのヘイスティングスさんが、動画配信サービスの世界展開を発表していた。
本日、グローバル規模のオンライン・ストリーミング・ネットワークが新たに誕生しました。今回のサービス開始によって、世界中の皆様、すなわちシンガポールからサンクトペテルブルクまで、あるいはサンフランシスコからサンパウロまで、各国にお住まいの人々が、映画やドラマを同時に楽しめるようになったのです。
日本を含む60カ国に加え、インド、ロシアなど130カ国以上で新たにサービスを実施。中国、さらに経済制裁対象のシリア、クリミア、北朝鮮を除く計190カ国以上でのサービス展開になるという。
現在、6900万人の会員を持つ同社は、このサービス拡大で世界5億4000万を超すブロードバンド利用者が潜在顧客となる。
調査会社「スタティスタ」の2015年第3四半期のデータでは、普及率が米国やメキシコではほぼ半数のネットフリックスだが、英国29%、アルゼンチン25%、オランダ16%など、3割に届かない国が大半だ。
つまり、同社のグローバル展開には、それだけの伸びしろが見込まれているとも言える。
「スタティスタ」の2020年の予測では、英国、アルゼンチンともに35%、オランダ33%など、軒並み3割を超えるとしている。
その原動力として投入するのが、自社制作のオリジナルコンテンツだ。
2016年は今年から倍増、600時間分の制作を予定しているという。
●8部門ノミネート、そして無冠
CESでの基調講演の4日後、米アカデミー賞の前哨戦、1月10日に発表された今年のゴールデン・グローブ賞は、ネットフリックスにとっては、期待はずれの結果となった。
麻薬王を描く「ナルコス」、女性刑務所を舞台にしたコメディ「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」、ホワイトハウスを舞台にした大作「ハウス・オブ・カード」といった話題の自社制作ドラマで、テレビネットワークとしては8部門と最多ノミネートだったが、結局、受賞はゼロ。
対するライバルのアマゾンは、5部門とノミネート数こそ少なかったが、ふたを開けてみればミュージカル・コメディ「モーツァルト・イン・ザ・ジャングル」での2部門受賞となった。
昨年1月のゴールデン・グローブ賞でも、ネットフリックスは7部門ノミネートだったが、「ハウス・オブ・カード」で主演のケビン・スペイシーが受賞するにとどまったのに対し、アマゾンは「トランスペアレント」でノミネートされた2部門での初受賞だった。
アマゾンの鼻息は荒い。
独ディ・ヴェルトの昨年12月のインタビューで、CEOのジェフ・ベゾスさんはこう述べている。
我々が受賞したいのはアカデミー賞だ。アマゾンはすでに、ゴールデン・グローブ賞もエミー賞も受賞しているから。今のところの目標は、年に16本の自社制作ムービーだ。
●年140%の株価の伸び
昨年、株価をリードしてきたネットのグローバル企業4社を総称する「FANG」には、英語で「牙」の意味がある。
名づけたのは投資家でCNBCのパーソナリティー、ジム・クラマーさんだ。
RBCキャピタルマーケッツの調査では、米国での動画配信サービスの利用率では、昨年来、ネットフリックスが50%前後で首位をキープ。
デッドヒートを続けるのがユーチューブ、20%代でアマゾンとフールーが接戦となっている。
株価もこれを反映。2015年の年末の株価は117ドル、年初に比べて140%と、伸び率ではS&P500の中でトップとなった。
アマゾンも年末の株価は663ドルで、伸び率114%。
ただ、2016年に入ってからの雲行きは怪しい。4社とも軒並み5%以上の下げ幅を示し、「FANG失速」の声もあがる。
●コードカッティング
ネット動画配信の台頭は、米国ではテレビ配信の土台を担って来たケーブル・衛星放送の業界に影を落とす。
「コードカッティング(ケーブル切り離し)」と呼ばれるケーブルテレビ離れだ。
米国では地上波よりも、ケーブルや衛星によるテレビ視聴が一般的だ。
だが、ケーブルテレビは契約チャンネルのパッケージがあらかじめ決まっていて自由度が低い、などのユーザー側の不満があった。
ネット動画配信ならば、定額制で見放題だ。
調査会社「イーマーケター」のデータによると、ケーブル・衛星などの有料テレビの契約解除数は、2015年で490万世帯の見込み。
そもそも有料テレビを契約しない世帯数も1590万世帯あり、これらを合わせた非有料テレビ世帯は毎年8%程度増加し続け、2019年には2810万世帯に上ると見ている。
このあおりを受け、現在1億世帯を超す有料テレビ契約数は、2017年には9900世帯と1億を割り込み、2019年には9640万世帯にまで、減少を続けるとの予測だ。
●「神の定めたテレビの見方」
ネット業界による動画配信の急成長は、既存のテレビ業界にはどう映っているのか。
NBCユニバーサルの調査・メディア開発担当社長のアラン・ワーツェルさんは、アドウィークのインタビューで「恒常的な脅威ではない」と言い切っている。
ワーツェルさんがその根拠としているのは、調査会社「シンフォニー・アドバンスト・メディア」による視聴データだ。
昨年9月から12月にかけて、18歳から49歳までの年齢層を対象に、ネットフリックスのドラマの配信日から35日間の視聴数を計測したという。
マーベルのダークヒーローものの実写版「ジェシカ・ジョーンズ」の場合、視聴数は480万人で、ABCの法廷ドラマ「殺人を無罪にする方法」やコメディ「モダン・ファミリー」と同じぐらいだという。
ネットフリックスのコメディ「マスター・オブ・ゼロ」で390万、「ナルコス」で320万。
ワーツェルさんは、このデータから、大半のネット動画配信(SVOD)ユーザーは、3週目までに従来の視聴スタイルに戻っている、と述べている。
人々は(3週目までに)テレビを神の定めた方法(従来のスタイル)で見るようになっている。その頃には(ネット動画の)インパクトも消え去っているというわけだ。
さらに、ネットフリックスのビジネスモデルは、なんとか翌月に契約をつないでもらう、というもので、テレビ業界とは違う、と指摘する。
ネットフリックスが、我々に対して恒常的に深刻な影響を与えるような、幅広い、継続で十分なコンテンツを持ち合わせているとは思えない。
また、ユーチューブについても、「付け足しのようなもの」と言う。
1人あたりの1カ月の視聴時間で見ると、従来型のテレビが62時間なのに対してユーチューブは12時間。「ユーチューブの視聴時間はばかばかしいほど短い」
ワーツェルさんは、自局NBCが昨年9月から放送を開始した犯罪ドラマ「ブラインドスポット」についても、ネットフリックスの調査と同じ18歳から49歳の世代を対象にした視聴率データを明らかにしている。
それによると、リアルタイムと同日中の視聴を合わせた視聴率は3.11%。これがリアルタイムと放送後7日間の視聴率では4.96%。
ネットフリックスの調査期間と同じ放送後35日間に、ネット配信などを加えると、7%に跳ね上がるという。
米国の視聴率の1%は116万世帯に当たるので、視聴数は同日だけで360万、35日間で812万に上る計算になる。
ネットフリックスの「ジェシカ・ジョーンズ」などとは規模が違う、ということのようだ。
●対ネットフリックス連合
ネットフリックスのグローバル戦略に対する懸念から、各国の有料テレビやネット動画配信の事業者が〝連合〟を組む動きも見せているようだ。
番組のグローバルなライツ(放映・配信権)の買い付け競争で、「まともにネットフリックスとぶつかったら、競り負けてしまう」と。
そして、指をくわえて見ていれば、コンテンツはどんどんと、ネットフリックスに呑み込まれてしまう。
ウォールストリート・ジャーナルによると、有料テレビ事業者では21世紀フォックス傘下の英「スカイ」が、カナダの「ベル・メディア」、オーストラリア「フォックステル」が、共同買い付けの話し合いを始めているという。
ネットフリックスがグローバル展開をする上で、ネックとなるのが、各国向けコンテンツの品揃えだ。そこで、コンテンツのグローバル配信権の一括買い付けを好条件で提示しているという。
新作ドラマシリーズのグローバル配信権買い付けでは、制作費の1.2倍から1.5倍の値付けをするという。
平均的なドラマ1話分の制作費は400万ドル(4億7000万円)。通常、制作スタジオは初回放映権を、制作費の7割程度で販売。残りの制作費は、再放送などで回収していくという。
ネットフリックスに一括販売すれば、一気に制作費を回収し、利益も確保できることになる。
●世界テレビになるか
ネットフリックスは〝世界テレビ〟になるのか。
ニューヨーク・タイムズのテクノロジーライター、ファーハド・マンジョーさんは、売上高55億ドルのネットフリックスの500億ドル(5兆8500億円)という評価額について、実際の価値はその数倍、という声の一方で、先行きに懐疑的な声があることを紹介している。
(高い評価をしている人々は)おかしなものでも飲んで、妄信的になってるんじゃないか。
拡大のスピードがあまりに速く、リソースが追いつかないのでは、との懸念だ。年初来の株価下落もこの見方を後押しする。
イノベーションとスピードとスケール(規模)は、シリコンバレー企業のDNAのようなものでもある。
グローバルに展開し、膨大なユーザーデータを解析し、きめの細かいビジネスにつなげる手法は「FANG」にも共通する。
従来のテレビとは発想が違うのは確かだ。
ネットフリックスの最高コンテンツ責任者、テッド・サランドスさんは、CESの講演で、その違いをこう述べたという。
野球に例えるなら、従来のテレビはホームランで得点するだけだ。我々もホームランでは得点するが、一塁打でも二塁打でも三塁打でも得点する、ということだ。
1月19日には同社の2015年第4四半期の決算が発表される。
面白い展開にはなりそうだ。
(2016年1月17日「新聞紙学的」より転載)