ドイツの24歳が開発したミニブログサービス「マストドン」が急拡大している。
ミニブログの代表的なサービスは「ツイッター」だが、時系列のタイムライン表示にアルゴリズムを加えるなど、その運営方針をめぐり、ユーザーの不評を買う動きも続いていた。
そこに、(知識とリソースがあれば)だれでもサーバーを立ち上げられる分散型、オープンソースなど、自由さを特徴とした「マストドン」が登場。注目を集めたようだ。
ユーザーとサーバーは急拡大し、企業が立ち上げる例も出ている。
ただ、だれでもサーバーを立ち上げられるため、悪意のあるサーバーが紛れ込む可能性もあるし、有害な投稿内容へのコントロールも、それぞれぞれのサーバー運営者とコミュニティの判断に委ねられることになる。
一極集中で〝サイロ〟化するソーシャルメディアへの対抗軸として、分散と協調のインターネットの基本思想を伺わせる「マストドン」は、どこまで定着するだろうか。
●1200サーバー、42万ユーザー
マストドンでは、分散型の運営サーバーは「インスタンス」と呼ぶ。そのインスタンスの一つ、mastodon.xyzが、運用の現状をまとめている。
mastodon.xyzのデータによる(4月22日現在)
それによると、4月22日現在で運営サーバーの数は1200、ユーザー数の合計は42万人にのぼる。
ユーザー数で見ると、上位1位と2位(mstdn.jp[個人運営]:84,264人、pawoo.net[ピクシブ運営}:76,533人)を日本のインスタンスが占め、日本における急速な浸透ぶりがよくわかる。
3位にあるインスタンス「mastodon.social」(51,527人)が、そもそもマストドンを開発した24歳のドイツ人、オイゲン・ロッコさんが管理するインスタンスだ。ユーザー急増のため、現在は新規ユーザーの登録を停止している。
●インスタンスを選んで登録する
マストドンは絶滅したゾウ科の古代生物。見た目はゾウやマンモスに近いようだ。マスコットのイラストが、まさにそのマストドンをイメージしている。
この名称は、メタルバンドの「マストドン」にもインスパイアされているようだ。
マストドンの特徴は、フェイスブックやツイッターの対抗軸として、タイムラインは、アルゴリズムでの優先優先順ではなく、すべて時系列。
広告の表示も、閲覧履歴のトラッキングも行わない。
運営者は、それぞれが独自のポリシーのもとで、マストドンのインスタンス(サーバー)を立てる。
ユーザーの利用法はシンプルだ。
企業や個人が立ち上げているインスタンスの中から、信用のおけそうなものを選択。メールアドレスとID、パスワードを登録すれば、それで利用可能になる。
マストドンのネットワーク上のIDは、[自分のID]@[自分の登録したインスタンス]となる。ロッコさんのIDはGargron@mastodon.socialだ。
ツイッターでは投稿は「ツイート(さえずり)」と呼ぶが、マストドンでは「トゥート(吹き鳴らし)」という。ツイッタが140文字に制限されているのに対し、マストドンは500文字と多い。
ちなみに、ツイッターでいう「リツイート(転送)」は「ブースト」と呼んでいる。
ツイッターと違うのは、公開範囲を投稿ごとに、「一般公開」「インスタンス内のみ公開」「フォロワーのみに公開」「特定の相手のみに公開」の4段階で指定できること。
マストドンは、この点ではフェイスブックの投稿機能に近い。
このほか、テキストや画像が刺激的な内容の場合は、その旨のメッセージをあらかじめ掲示し、デフォルトでは内容にマスクをかけることもできる。
さらに、他のユーザーの投稿(トゥート)を見たい場合は、ツイッターのように「フォロー」をする。フォローは同じインスタンス内だけでなく、別のインスタンスの相手にも「リモートフォロー」という形で行える。
投稿を表示するタイムラインは3つ。
「ホームタイムライン」は自分の投稿とフォロー先の投稿が表示される。
さらに「ローカルタイムライン」は自分が登録したインスタンスのユーザーたちの投稿。
そして、「フェデレーティッド(連合)タイムライン」。これは、インスタンス内のユーザー、およびインスタンス内の誰かがリモートフォローしている外部のインスタンスのユーザーの投稿や転送(ブースト)が、一緒になって表示される。
ユーザーがリモートフォローを積み重ねることで、インスタンスの間をつなげることになる。これが、マストドンの掲げるインスタンス間をつなぐ、〝フェデレーション(連合)〟の思想を象徴する機能のようだ。
ユーザーは、その中で気になる他のユーザーがいれば、フォローをすることで、「ホームタイムライン」でも投稿が表示されるようになる。
ただ「連合タイムライン」は投稿の総量が多くなると、滝のようなタイムラインになってしまう。
タイムラインをテーマやフォロー先ごとにカスタマイズしたり、増やしたり、といった機能は今のところない。
また、ユーザーはいったんインスタンスに登録すると、登録削除の手続きは、今のところ見当たらない。
●「分離しながら共存する」
ロッコさんは昨年10月にマストドンを公開している。
オープンなミニブログの規格「OStatus」に準拠したサービスだ。
今のような時代に、私たちがフェイスブックでできる最も重要なことは、私たちみんなの役に立つグローバルなコミュニティを構築するためのパワーを、人々に与えるグローバルなソーシャルインフラの開発だ。
ロッコさんは今年2月、自らのブログ「ハッカーヌーン」で、フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグさんのこんなスピーチを引用した上で、こう述べている。
フェイスブックは、人々が何かを構築するためのパワーを手にするプラットフォームではないし、決してそんなものになることもできない。フェイスブックはウィキペディアやモジラのような非営利の装いすら見せていない。この会社の主眼は、広告主の金と引き換えに、あなたのデータを解析し、広告を見せることで、あなたからできる限りのものを搾り取ることだ。フェイスブックがグローバルやソーシャルインフラになる未来は、広告とデータ処理から誰も逃れられない未来だ。
さらに、インフラとパワー、分散と連合について、こんな説明をしている。
フェイスブックが誰かに何かをするパワーを与えられないのは、単純な理由だ。そのパワーは結局、常にフェイスブックそのものの中にあるからだ。フェイスブックは、ソフトウェア、サーバー、そして運用規則をコントロールしているのだから。
そうではなくて、ソーシャルメディアの未来は、〝フェデレーション(連合)〟にあるべきだ。究極のパワーとは、人々が自らの空間、自らのコミュニティをつくり、うまくフィットするようにソフトウェアを修正できるようにし、なおかつ別々のコミュニティの人々が互いに交流することを妨げないことだ。もちろん、すべてのユーザーが自分のミニソーシャルネットワークを運営することに関心があるわけではない――すべての市民が、自らの小国を運営しようとは思っていないのと同じだ。だが私は、多くの国が、分離しながら共存する州によって構成されており、多くの分離しながら共存する国々がEUやNATOのような連合を形成している大きな理由が、そこにあると思っている。自治権と連携のミックス。〝フェデレーション〟だ。
ロッコさんの不満は同様に、ツイッターに対してもある。特に昨年2月、それまでの時系列順表示を変更し、アルゴリズムによる優先表示を導入したことには、違和感があったようだ。
そのこともあって、マストドンの分散型の〝フェデレーション(連合)〟システムには、ことのほか、こだわりがあるという。
マストドンの開発の最初期のころから、ツイッターの問題は、中央集権型であることや、アルゴリズムの想定外の変更、だけではないと考えていた。ユーザーへの嫌がらせ的振る舞いと、それに対処すべきツールの欠如は、常にツイッターの問題点だった。
ネットワークの〝フェデレーション〟は、その振る舞いにも影響を及ぼす。個々のインスタンスは、それぞれ別々に運営されており、別々のルール、運営方針を持つことになる。それにより、小規模で独立しながらも、統合されているコミュニティを形作るパワーは、人々の手に取り戻される。エンドユーザーとして、あなたは自分が同意できるルールとポリシーを持ったインスタンスを選び取る能力を手にしているのだ。
これが、マストドンの思想のようだ。
ツイッターやフェイスブックと違い、中央集権型サービスに事実上の〝ロックイン〟をされるのではなく、運営方針に不満があれば、いつでも他のインスタンスに乗り換えが可能、ということだ。
そのために、「フォロー」「ブロック」「ミュート」をしているアカウントのリストをCVSファイルとしてダウンロードとアップロードができるようになっている。これにより、インスタンスを乗り換えても、「ホームタイムライン」はそのまま引き継ぐことができる。
●3週間でユーザー数20倍に
ロッコさんはマストドンをあくまで個人として運営しており、ベンチャーキャピタルの資金を得ているわけでもない。
マストドンのサーバーコストをまかなうための資金には、クラウドファンディングを利用。658人の支援者から毎月3000ドルの資金を得ている。
他のインスタンスでも、サーバーコストをまかなうために、クラウドファンディングを利用しているケースが目につく。
ロッコさんの4月1日付のブログでは、マストドンのユーザー数はまだ2万4000人だったという。公開から半年のユーザー数としては、穏当な伸びる具合だ。
実に、3週間ほどでユーザー数は20倍近く膨れあがったことになる。
●ウェブの思想
ウェブを発明したティム・バーナーズリーさんは、ウェブの誕生から28年を迎えた今年3月12日、「発明者によるウェブの3つの課題」と題した論考を公開した。
その第1の課題として、バーナーズリーさんは、こう指摘した。「私たちは自らの個人データのコントロールを失ってしまった」
現在の多くのウェブサイトのビジネスモデルは、個人データと引き換えに無料のコンテンツを提供する、というものだ。私たちの多くはこれに同意している――たいがいは長くて複雑な利用規約に受け入れて、ということだが――しかし、基本的に私たちはそれらの情報が無料サービスと引き換えに収集されることを気にかけてはいない。だが、私たちはチャンスを見逃している。私たちのデータは、その後、独占的なサイロに取り込まれ、私たちの視界からは見えなくなる。それによって、もしこれらのデータを直接コントロールでき、いつ、誰とそれを共有するか選ぶことができたなら、手に入れられたはずのメリットを失っているのだ。
バーナーズリーさんは、オープンな設計思想であったはずのウェブが、中央集権型のソーシャルメディアの普及によって、〝サイロ化〟していることに危機感を表明していた。
このウェブの発明者の思想は、マストドンを開発したロッコさんの思想にも通底するところがある。
ユーザーを中心とした自由なネットの復権だ。
そのような発想のもとに、これまでもフェイスブックなどの対抗軸のサービスが次々と登場してきた。2014年に登場した「Ello(エロー)」などもその一つだ。
ただ今のところ、フェイスブックやツイッターの存在感に影を落とすような、成長を見せたユーザー中心の対抗サービスは現れていない。
マストドンはどうだろうか。
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■デジタルメディア・リテラシーをまとめたダン・ギルモア著の『あなたがメディア ソーシャル新時代の情報術』(拙訳)全文公開中
(2017年4月22日「新聞紙学的」より転載)