EUの著作権法制の改革に関する発表前の文書とされるものがネット上で暴露され、波紋を広げている。
中でも目をひくのが「グーグル税」の問題だ。
グーグルが検索結果にニュースを表示することに対し、使用料の支払いを求めるドイツやスペインの騒動はこれまでも紹介してきた。
そしてこの文書には、「グーグル税」のような使用料徴収の仕組みについて、EU全域への適用の可否を検討する、との内容が盛り込まれているのだ。
EUはどこまでもやる気なのだろうか。
●「デジタル単一市場の著作権」
文書を暴露したのは知財情報サイト「IPキャット」。5日付でサイト上に掲載した。
「現代的でより欧州らしい著作権の枠組み」と題された12ページの文書は、欧州委員会から欧州議会、理事会などに向けた報告書となっており、9日に正式発表の予定とされている。
文書は、インターネット時代に則した著作権制度が必要と指摘し、2016年に向けた政策プランをまとめている。
EUの著作権制度は、すべての市場プレーヤーと市民が(ネットのもたらした)新たな環境のチャンスを捉えられるように適応する必要がある。単一市場として機能するよう、分断化や軋轢を克服するための、より欧州らしい枠組みが求められている。
域内でのコンテンツの「越境流通」促進のための制度整備、研究目的などの適用除外規定の標準化、などのメニューが並ぶ中で、目をひくのが「著作権のための適切な市場機能の達成」という項目だ。
こう述べている。
現行のEUの著作権ルールは、ネット上の新たなコンテンツ配信の形態によって生み出される価値を、公平に共有するよう担保できているのか、という懸念が広がっている。
現在、この議論の中心となっているが特定のネット上のプラットフォームやアグリゲーションサービスだ。だが、著作権で保護されたコンテンツの商業的な再利用、再送信を含むすべてのネット上の活動で、引き続きこの問題が発生してくるだろう。
この状況は、現行のEU法の規定する著作権が果たして十分な内容か、適切に設計されているのか、という疑問を投げかける。特に、ニュースのアグリゲーション事業者に対して、この問題の解決策を試みた加盟国もあるが、それはデジタル単一市場の分断化の危険もはらむ。
回りくどい表現だが、ここで述べている「ニュースのアグリゲーション事業者」とは、何よりグーグルのことで、「解決策」とは、まさに「グーグル税」の問題だ。
●「グーグル税」の副作用
「〝グーグル税〟はメディアにどれだけのダメージを与えたか」などでも紹介してきたが、これはネット検索でニュースコンテンツを表示することと、それへの使用料課金を巡る、グーグルと欧州メディアの対立だ。
よく知られているのは、ドイツとスペインの例だ。
ドイツでは2013年、アクセル・シュプリンガーをはじめとするメディアの後押しで、法改正が成立。「副次的著作権」法と呼ばれる。検索結果で記事の抜粋(スニペット)を表示することに対して、使用料を課すという内容だ。
これに対して、グーグル側はスニペットを非表示にするなどして対抗。メディア側は、グーグルの検索結果への表示を拒否するという手段に出たが、昨年11月、アクセスの激減に耐えられずに2週間で表示拒否を取りやめた。
一方のスペインでも、やはりメディア業界の旗振りで昨年10月に著作権法の改正が成立した。
ニュース記事へのリンクとスニペットを掲載するアグリゲーションサービスに対して、メディア側が使用料を要求でき、従わない場合には最高で60万ユーロ(約8000万円)の罰金が科される、という内容だ。
これに対しグーグルは、今年1月の法施行を控えた昨年12月、スペイン版グーグルニュースの閉鎖を表明する事態となった。
ネット調査会社「コムスコア」のデータでは、法が施行された今年1月以降、トラフィックが平均で6%減少。特に小規模サイトでの影響が大きく、減少率は14%にのぼるという。
さらに昨年2月、メディア側にとっては気がかりな判決をEU司法裁判所が出していた。
これはスウェーデンの新聞社のジャーナリストたちが、ノルウェー資本のウェブサイトを相手取った裁判だ。このサイトは自社の記事へのリンクを無断掲載しており、EU著作権保護指令(2001年)が定める著作物の「公衆への公開」権を侵害している、として訴えていた。
だが判決で司法裁は、記事へのリンクに著作権者の許諾は不要、との判断を示した。
本件の状況において、当該著作物をクリック可能なリンクによって閲覧可能な状態においたということは、それを新たな公衆に公開したものではない、と見るべきである。
つまり、すでにネットで公開されている記事に第三者がリンクを張り、それをネット配信したとしても、元々の記事の読者獲得に悪影響を与えるわけではなく、自由だ、と。
●「2016年春までに検討」
これらの経緯を受けての、今回の欧州委員会の文書となる。文書の中では、今後の政策メニューについて、次のようにまとめている。
委員会は保護された著作物を新たな形態でネット送信することで生み出された価値を、市場の多様なプレーヤーが共有することに関し、さまざまな項目を調査中であり、2016年春までにこの分野における施策を検討することになるだろう。
特に、リンクをめぐるEU司法裁判決を受け、判決文が示す「公衆への公開」「閲覧可能化」について、太字まで使って検討課題に挙げている。
委員会は「公衆への公開」と「閲覧可能化」の権利の定義について、対応が必要かどうかについて検討する予定だ。
さらにこう述べている。
委員会は、作者、実演家の報酬を管轄するシステムの法的確実性、透明性、バランスを向上させるために、EUレベルにおける解決策が必要かどうか、EUと加盟国の権限も考慮しつつ、合わせて検討することになるだろう。
●「副次的著作権2.0」
欧州議会議員(海賊党)のジュリア・レダさんは、これを「副次的著作権2.0」と名づけ、特に委員会の文書が、リンクをめぐるEU司法裁判決を検討課題としてあげていることから、こう述べている。
副次的著作権の新たな企みは、ハイパーリンクに対するこれまでにない最も危険な攻撃だ。
EUのメディア業界は、「グーグル税」の推進にこのところ攻勢を強めており、欧州委員会が何らかのアクションを取るだろう、との観測は出ていた。
欧州委員会デジタル担当委員(独CDU)のギュンター・エッティンガーさんも、こう述べていた。
スペインにおいては、(副次的著作権)の進捗、認知がドイツよりはるかに進んでいるようだ。我々はそれについて検証しており、その結果は著作権改革提案に盛り込まれるだろう。
欧州の副次的著作権法をつくるかどうか? それは可能だろうし、考えうる話だが、私はそれについてはコミットしない。
●支援と対立
グーグルと言えば今年4月、ガーディアン(英)、フィナンシャル・タイムズ(英)、ディー・ツァイト(独)、レゼコー(仏)、ラ・スタンパ(伊)、エル・パイス(スペイン)などの欧州主要メディアとともに、ジャーナリズム支援プロジェクト「デジタル・ニュース・イニシアチブ(DNI)」を発足。
左手で握手しながら、右手での殴り合いが続きそうだ。
(2015年11月8日「新聞紙学的」より転載)