グーグルマネーは批判を封じるのか? 米シンクタンクで解雇騒動

国際的にも大きな懸念の的になっている。

グーグルが大口の資金提供元となっている米シンクタンクで、同社に批判的な声明を発表した研究者のプロジェクトが事実上の打ち切りとなり、自身も解雇される、という騒動が起きている。

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この騒動をスクープしたニューヨーク・タイムズによれば、声明にグーグルの親会社、アルファベット会長のエリック・シュミット氏が不快感を表明。その数日後、プロジェクトはシンクタンクからの"分離"を申し渡され、さらにタイムズが騒動を報道すると、数時間後には研究者も解雇された、という。

巨大IT企業への収入とデータの一極集中は、国際的にも大きな懸念の的になっている。

「それが証明された」とプロジェクトのメンバーは述べている。

●2100万ドルの支援

騒動の舞台となったシンクタンク「ニューアメリカ」は1999年設立。社長兼CEOのアンマリー・スローター氏は、プリンストン大学公共政策大学院長、クリントン長官時代の国務省政策企画本部長を務めたことでも知られる。

また、アルファベット会長のエリック・シュミット氏は2008年から昨年まで、ニューアメリカの理事長を務めており、2000年から理事に在籍するなど、関わりは深い。ニューアメリカのメインの会議室の名前は「エリック・シュミット・アイディア・ラボ」。スローター氏のCEO就任も、シュミット氏が関わっている、という。

ニューヨーク・タイムズの報道によると、ニューアメリカは創設以来、グーグル、シュミット夫妻、さらに夫妻の財団から、合わせて2100万ドル(23億円)を超す資金を受けている。

ただ、大口の資金提供元としては、この他にもゲイツ財団、ヒューレット財団、フォード財団なども名を連ねている。

●EUによるグーグル罰金制裁

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私たちは連邦取引委員会(FTC)、司法省、各州検事総長を含む米国の執行当局に対し、この重要な前例を踏襲することを求める。グーグルに対し、そして、アマゾンのようなその他の支配的な独占企業に対して。

騒動の発端になったのは、ニューアメリカのサイトに6月27日付で掲載された「オープンマーケットは欧州委員会がグーグルに対して支配的地位の濫用を認定したことを称賛する」と題した、この声明文だ

筆者は、ニューアメリカのフェローだったラリー・リン氏。「オープンマーケット」とは、リン氏がシンクタンク内で率いていた競争政策に関するプロジェクトだ。

欧州委員会はこの日、グーグルがEU競争法(独占禁止法)に違反したとして、1社への制裁金としてはこれまでで最高の24億2000万ユーロ(約3千億円)の制裁金を科すと発表した。

欧州委はこの中で、グーグルがネット検索での支配的な地位を利用し、検索結果で「グーグル・ショッピング」が他サイトより目立つように表示、利益を拡大したと認定していた

●ニューヨーク・タイムズのスクープ

この声明文をめぐるニューアメリカ内の騒動を、8月30日付でニューヨーク・タイムズが報じた

それによると、この声明文は配信後間もなく、サイトから削除され、数時間後に再び掲載される、という奇妙な動きがあったという。

また、声明文に関して、シュミット氏からCEOのスローター氏に対し、不快感の表明があった、という。

その2日後、リン氏はスローター氏に呼ばれ、オープンマーケットのニューアメリカからの"分離"を告げられた、という。

さらに8月30日、タイムズの報道がネットに掲載されると、今度は、スローター氏はリン氏の解雇を発表。スローター氏はツイッターで、「この記事は虚偽だ」と主張した。

●スローター氏の主張

ツイッターに加えて、スローター氏は同日、ニューアメリカのサイトにタイムズの記事への反論を掲載する

本日のニューヨーク・タイムズの記事は、グーグルがニューアメリカに対し、(欧州委の罰金制裁に関する)リリースを理由に、オープンマーケット・プロジェクトを追放すべくロビー活動を行った、と示唆している。はっきりさせておきたい:この示唆は完全に虚偽だ。

声明の中には、「虚偽」を裏付ける具体的な内容は示されていない。

ただ、リン氏の解雇については、抽象的だが、このような説明がある。

彼(リン氏)は、公開性と組織内の同僚への配慮という、ニューアメリカの規律の遵守を繰り返し拒否した。これは、我々が同じ組織で共に働いていくことがもはや不可能である、ということを意味する。

そして、スローター氏は3日後の9月2日付で、ミディアムに改めてこの騒動に関する釈明を掲載した

スローター氏の主張は2点だ。

1点目はシュミット氏による不快感の表明のタイミング。

スローター氏は、タイムズの記事ではシュミット氏が不快感を示したことを受けて、リン氏の声明文をいったん削除した、と読めるが、それは間違いだ、と主張。不快感の表明自体はあったが、それは声明文削除の後だった、という。つまり、声明文削除にシュミット氏は関係ない、というものだ。

2点目は、リン氏の「規律違反」の具体的な内容だ。

それは、リン氏の声明文の内容が理由ではない、と。それを掲載するにあたり、スローター氏に事前の通知がなかったことが、「規律違反」に当たるのだという。

すでに同僚たちに不快な、そして多くは不誠実という表現をするかもしれない、不意打ちの前科があるスタッフに対し、私はリリースが公表される前にそれを見ておきたかった。オープンマーケットの声明文が掲載後、削除されたのはそれが理由だ。声明文は私が最終的なチェックをする前に掲載された。そのことは、バリーに電話で直接伝えてある。私は金輪際、何かを検閲することはないが、正確性や書きぶりについてただすことはあるかもしれない。それは、組織として、資金提供元が最低限の防衛的措置をとるための配慮だと思える:我々は先方の意向にそぐわない何かをしようとしているが、少なくともそのことについてはあらかじめ通告した、と。

つまり、プロジェクトの打ち止めやリン氏の解雇は、シュミット氏の介入によるものでも、声明文の内容によるものでもなく、あくまでリン氏の手続き上の瑕疵「規律違反」によるものだった、と述べているのだ。

ただ、「この記事は虚偽だ」と断じたツイートについては、記事全体を否定した形になり、「ツイートを後悔している」とした。

●内外からの批判

ニューヨーク・タイムズの9月1日付の続報によると、スローター氏のこの対応には、シンクタンク内外から批判の声が上がったようだ。

ニューアメリカ内では、この騒動をめぐる執行部の対応を批判する署名集めが始まっている、という。

リン氏とオープンマーケットのメンバーは、「シチズンズ・アゲンスト・モノポリー」という組織を立ち上げ、グーグルやその他の大手IT企業による市場支配への批判を続けていく、と宣言している。

citizensagainstmonopolies.org

オープンマーケットのフェローだったマット・ストーラー氏は、バズフィードへの寄稿で、こう述べている

私のチームの研究者たちは、シリコンバレーが持つ力の危険性について、率直に議論した。それに対し、シリコンバレーは、我々の議論がまさに正しいということを証明してくれたのだ。

タイムズのスクープは、ワシントン・ポストが寄稿などでフォローしたほか、ウォールストリート・ジャーナル、ガーディアン(記事リン氏のインタビュー)、フィナンシャルタイムズからワイアードまで、一斉に報じる事態となった。

グーグル、フェイスブック、マイクロソフト、アマゾン、アップルなどの大手IT企業による市場支配への懸念は、大きな関心の的になってきた。

その中で、これらの懸念に対するIT企業側からのロビー活動にも、目が向けられている。

ウォールストリート・ジャーナルは、ニューアメリカ騒動に先立つ7月、グーグルによる研究者らへの資金提供の状況をまとめた大型記事を掲載している

それによると、グーグルはわかっているだけで、200本以上の学術論文や研究報告に5000ドル(55万円)から40万ドル(4400万円)にものぼる資金を提供してきた、という。

ただ、それはグーグルに限ったことではなく、同社の競争相手となるマイクロソフトやクアルコム、ベライゾン、AT&Tは、グーグルの支配的立場濫用を指摘する研究者への資金提供を行っている実態もある、としている。

今回の騒動をワシントン・ポストのコラムで取り上げたジョージ・ワシントン大学准教授のヘンリー・ファレル氏は、タフツ大教授、ダニエル・ドレズナー氏の著書を引きながら、こう述べている

ニューアメリカのオープンマーケット・チームに、グーグルなどのIT企業が懸念を示すのは、当然だ。彼らの自己イメージやビジネスモデルを直接、批判しているのだから。さらに、リン氏を排除せよと、グーグルのシュミット氏やほかの誰かが直に要求する必要もなかっただろう。タイムズの報道が正しいとすれば、これはまさにドレズナー氏が指摘していることの実例なのかもしれない。「大学、シンクタンクといった知的組織のトップは、主要な資金提供元のニーズや優先事項、特徴に、極度に同調するよう、自らすすんで変化していくものだ」

日本では、このような文脈で「忖度」という表現も使われる。

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平和博

(2017年9月3日「新聞紙学的」より転載)

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