グーグルとフェイスブックのネット広告市場の寡占状態は、報道の自由を阻害する。業界としての交渉を認めて欲しい――。
「ニュースメディア連合」と名前を変えた米国・カナダの2000社が加盟する旧新聞協会が、連邦議会や政府に対し、業界としてのカルテル(共同行為)を規制する独占禁止法から、メディア業界を免責するよう求める意見表明をしたことが、話題を呼んでいる。
By Scott Schiller (CC BY 2.0)
8割近い広告費を手にするグーグル、フェイスブックの寡占に、業界として手も足も出ない現状への苛立ちが背景にあるようだ。
念頭には、欧州連合(EU)で相次ぐ2社への強硬姿勢がある。
だが一方で、メディア業界の足元の液状化は加速している。その根本的な対策としては、少なくとも即効性は期待できない。
●「2社の寡占」への対抗
グーグルとフェイスブックによる寡占的なネット広告の支配は、大統領のツイッター投稿などより、はるかに報道の自由を阻害しうるものだ。
「ニュースメディア連合」のデイビッド・チャバーンCEOは9日、ウォールストリート・ジャーナルへの寄稿で、こう指摘した。
昨年、団体名から「新聞」の名を外したことで話題となった旧米新聞協会による、連邦議会、政府に対する、反グーグル・フェイスブックのキャンペーンだ。
チャバーン氏が2社の「寡占」の証拠として挙げるのは、そのシェアと圧倒的な存在感だ。
調査会社「ピボタル・リサーチ」のアナリストの分析によると、グーグルとフェイスブックの2社で、米国のネット広告費730億ドル(8兆2000億円)の77%を占めるという。
さらに調査会社「パースリー」のデータによると、サイトへのアクセス流入元(リファラル)としても、フェイスブック(40%)とグーグル検索(37%)で77%を占める。
その上でチャバーン氏は、業界としてこの2社に対し、「(ニュースコンテンツの)著作権保護」「(それぞれのサイトにおけるニュースサイトの)課金システムに対する支援」「(広告による)収益の分配とユーザーデータの共有」などの要求を突きつけていきたい、という。
だが、現状では、法律がそれを妨げている、と。
チャバーン氏は、競争の制限を排除する米国の反トラスト法(独占禁止法)が、値上げなどのカルテル(共同行為)を禁じており、これがメディア業界としてまとまってグーグル、フェイスブックと交渉するための障害になっている、と指摘する。
1社ごとでは太刀打ちできないIT業界の巨人でも、業界として2000社がまとまれば交渉のテーブルにはつくことができる、との目論見だ。
具体的には、メディア業界に対し、例外的にカルテルを免責する新法を制定するか、もしくは、規制当局が現行法のままで免責運用するよう求めている。
この動きに対し、ジャーナルの親会社、ニューズ・コーポレーションは、「デジタル寡占企業による反競争的な振る舞い、特にニュースと情報のビジネスに悪影響を与えていることについて、社会と議会に注目してもらう取り組みだ」との声明を公表。
ニューヨーク・タイムズのマーク・トンプソンCEOも、「メディアと巨大デジタルプラットフォームとの、極めて非対称で不利な関係について、懸念と時には怒りのボルテージが上がってきている」と述べているようだ。
●新聞業界の現状
米メディア業界が、議会や政府に向かって表立って働きかける背景には、それだけの切迫感がある。
新聞業界の広告収入を見ると、2005年まではほぼ右肩上がりだったが、同年の494億ドル(5兆4000万円)をピークに、リーマンショックを挟んで、つるべ落としのように急落。
2016年には183億ドル(2兆円)と3分の1近くにまで減少している。
さらに、業界としての足元の液状化は、雇用者数にも現れている。
米労働省労働統計局のまとめによると、新聞業界の雇用者数は、2001年の41万人から右肩下がりを続け、やはりリーマンショックを挟んで急落。2016年9月には17万人と、6割減になっている。
業界の規模が半分以下に縮んでもなお、さらなるリストラの動きが続く。
ニューヨーク・タイムズでは6月末、編集者(コピーデスク)のリストラ策を巡って、編集現場による抗議行動も起きた。
編集者からディーン・バケー編集主幹、ジョー・カーン編集局長に宛てた書簡は、こう指摘する。
100人以上いる編集者を50人から55人に削減して、記事にこれまでと同等のクオリティーを期待するというのは、あきれるほど非現実的だ。
新聞業界が、議会、政府にアピールをする、もう一つの背景としてあるのが、グーグル、フェイスブックの寡占状態に対し、EUで相次ぐ厳しい対応だ。
●EUの対応
チャバーン氏が挙げるのが、EUによるグーグルに対する24億ユーロの罰金制裁だ。
欧州委員会は6月27日、グーグルがEU競争法(独占禁止法)に違反したとして、1社への制裁金としてはこれまでで最高の24億2000万ユーロ(約3千億円)の制裁金を科すと発表した。
欧州委員会は、グーグルがネット検索での支配的な地位を利用し、検索結果で「グーグル・ショッピング」が他サイトより目立つように表示、利益を拡大したと認定した。
3月には、ドイツのメディア大手、アクセル・シュプリンガーなどが加盟する業界団体「オープン・インターネット・プロジェクト(OIP)」が、グーグルがモバイルOS「アンドロイド」を提供するスマートフォンメーカーに制約を課していると指摘。やはりEU競争法違反だとして、欧州委員会に苦情申し立てをしている。
さらに5月、フランスのデータ保護当局「CNIL」は、フェイスブックがターゲット広告のための個人テータ収集で同国の個人データ保護法違反があったとして、15万ユーロ(1900万円)の罰金を科すと発表。
その翌日、欧州委員会は、フェイスブックが2014年にメッセージアプリ「ワッツアップ」を買収した際、同委員会に提出した資料が"不正確あるいは誤解を招く"内容だったとして、1億1000万ユーロ(142億円)の罰金を科すと発表。
また6月、フランスのマクロン大統領と英国のメイ首相は、首脳会談後に、テロを喚起するような"有害プロパガンダ"の排除に、グーグルやフェイスブックの法的責任を問う措置を講じることで合意した、と明らかにしている。
ドイツでは、同様の趣旨で、フェイスブックなどがヘイトスピーチやフェイクニュースの排除を怠れば、最大で5000万ユーロ(65億円)の罰金を科す法案が6月末に成立している。
特にEUでは2014年、グーグルニュースに関して、ドイツやスペインのメディア業界が、ニュースコンテンツの使用料を求める"グーグル税"をめぐる騒動があった。
ただ、その結果、スペインではグーグルニュースの閉鎖により深刻なダメージを被ったのは、メディア業界の方だった。ドイツでも、結果的に使用料要求の旗は、いったん降ろされた経緯がある。
●キャンペーンの効果
ただ、グーグルやフェイスブックは、手をこまねいているわけでない、との立場だ。
ニューヨーク・タイムズの取材に対し、アリゾナ州立大学やニューヨーク市立大学のジャーナリズムスクールなどとニュースリテラシー普及のプロジェクトに取り組むフェイスブックは「我々はクオリティー・ジャーナリズムがフェイスブック上で発展するための支援に取り組んでいる」と回答。「ニュースラボ」「ファーストドラフト」などのジャーナリズム支援を行うグーグルも「メディアのデジタル移行が成功するよう支援したい」と述べている。
そんな状況の中での、米メディア業界による今回のアピールだ。
問題は、このキャンペーンがどんな効果を生むのか、という点だ。
多くの業界ウオッチャーは懐疑的だ。もし議会や政府がメディア業界の例外扱いを認め、グーグルやフェイクブックとの交渉のテーブルにつくことができたとしても、そこから有利な条件を引き出せるかどうかは、全くの未知数だからだ。
さらに、プラットフォームとの関係、さらには政治との関係の認識そのものに問題はないか、との指摘の声も出ている。
テックブログ「ストラテッカリー」のベン・トンプソン氏は、このキャンペーンそのものが大きな間違いだ、と指摘する。
巨大プラットフォームが無数のコンテンツを集めて拡散するアグリゲーションのモデルでは、主導権はプラットオームに手にのみあり、メディアの側にはない、と。
そして、ユーザーとの結びつきから組み立てるメディアによる課金モデルこそが生き残り策なのに、そこにプラットフォームを呼び込むことは、「この提案の中でも、もっともバカげた点だ」と指摘する。
トンプソン氏はこう述べる。
ジャーナリズムは重要だ。だからこそ、メディアがただ存在するだけで広告収入を稼げるという、とうの昔に消滅した世界からは早く脱却し、生き残りだけでなく、ネット上で繁栄できるメディアをつくりあげることが重要なのだ。それによって、社会もよりよいものになってくだろう。この闘争の観点からすると、ニュースメディア連合による今回の動きは、その理念を自分から損なうようなものだ。
テックライターのマシュー・イングラム氏は、これがメディア業界による、「成功の望みのない、起死回生の賭け」だと見る。
(三行広告を新聞から奪ったとされる)クレイグズリストからフェイスブックまで、新聞業界が直面するあらゆる競争上の脅威は、それらが業界の利益を奪い去るはるか以前から明らかだった。だが、ニュースメディア連合に加盟する大半の新聞社は、それが手遅れになるまでほとんど何の手も打ってこなかった。
フェイスブックなどからの支援を受けて、フェイクニュース対策とニュースリテラシー普及のプロジェクト「ニュース・インテグリティ・イニシアティブ」に取り組むニューヨーク市立大学教授のジェフ・ジャービス氏は、このキャンペーンの中には評価できる点もあるという。
それは、メディア側が、プラットフォームの握るユーザーデータの共有を求めている点だ。ジャービス氏は、メディアのエンゲージメント推進などの施策でカギとなるのは、データだという。この要求については賛同する、と。
だが、メディアがプラットフォームに変化を求めるより、むしろプラットフォームがメディア側に変化を求めるべきだとジャービス氏は指摘する。
つまり、(メディアとプラットフォームの)関係をうまく機能させるためには、プラットフォームもメディアに変化を求めるようにしたらいいだろう。だが、そんなことが起こりえるだろうか。メディアがIT企業を政治力で脅している状況で、企業側は不都合だが必要な真実にもとづく議論など、したがらないだろう。
そして、メディアが政治に協力を求めることそのものに疑問を投げかける。
我々に必要なのは、政治家と陰謀を企むのではなく、政治家を監視するニュース業界だ。そしてプラットフォームには、その監視の手助けをしてほしい。
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(2017年7月16日「新聞紙学的」より転載)