「フェイクにダマされるな」というニュースに潜む"落とし穴"

トランプ大統領をめぐる記事の撤回は、さらに続く。

「フェイクにダマされるな」――トランプ政権の"ロシア疑惑"報道をめぐって、CNNやネットメディア「マザーボード」などの記事撤回の騒動が続き、"フェイク"な情報提供に対する警戒感がメディアに広がっている。

そんな中、MSNBCのニュース番組「ザ・レイチェル・マドウ・ショー」が6日、スクープと銘打って、こんなタイトルの特集を放送した。「報道機関へ:トランプ政権のロシア疑惑、偽造された文書に気を付けろ」

番組では、調査報道メディア「インターセプト」が6月に報じた「米大統領選の選挙システムにロシアがサイバー攻撃」というスクープと、そのもとになった米国家安全保障局(NSA)の流出文書を紹介。

合わせて、これよりも数時間早いタイムスタンプ(作成日時データ)がある同じ流出文書を、MSNBCも2日遅れで入手したと明かす。しかも調査したところ、「偽造されたものだとわかった」と。

"ロシア疑惑"をめぐって、政権側から報道機関に情報戦が行われていることを示唆するとともに、「インターセプト」のスクープの信頼性に疑問を投げかけるとも取れる内容だ。

だが翌日、スノーデン事件のスクープで知られる「インターセプト」のグレン・グリーンウォルド氏は即座に反論。「インターセプト」が公開した流出文書のデータをみれば、MSNBCに流出文書が送られたのは「インターセプト」のスクープ公開の"後"であり、「ニュース価値は極めて小さい」と断じた。

過熱する"ロシア疑惑"報道の"落とし穴"。そんな「フェイクにダマされるな」というニュースに潜む"フェイク"を暴く、報道の応酬だ。

●「インターセプト」のスクープ

「インターセプト」が、「機密指定のNSA報告書、2016年大統領選直前のロシアによるサイバー攻撃の詳細を明らかに」と題したスクープを報じたのは6月5日だった。

記事では、5月5日付のNSAによる報告書が、匿名の情報源から提供された、と説明。

5ページにわたる報告書では、ロシアの情報機関「連邦軍参謀本部情報総局(GRU)」が、米大統領選の選挙システムを扱う民間業者にサイバー攻撃を実施。さらに、自治体の選挙担当者100人以上に、ピンポイントの攻撃を特徴とする「スピア型」フィッシングメールを送りつけた、などと図解入りで詳述していた。

「インターセプト」は合わせて、この報告書を、米国の調査報道記者・編集者協会(IRE)が運営する調査報道資料の共有サイト「ドキュメントクラウド」で公開した

●情報提供者の訴追

だがこのスクープに対しては、その公開のタイミングを狙いすましたかのように、わずか1時間後、司法省が情報源とされる政府の請負業者の25歳の女性職員訴追を発表する

女性職員は、機密資料を持ち出したことによる、スパイ活動法違反に問われた。

この時に公開された宣誓供述書には、資料の提供を受けた「報道機関」がスクープ公開前の5月30日、NSAに接触し、この資料のコピーを渡したことも明らかにされていた。

取材の過程で、資料の内容を当局に確認するためだったようだ。

そして結果的に、これを手がかりに内部調査を行い、4日後の6月3日、すなわちスクープ公開の2日前に、女性職員を逮捕した。

「インターセプト」は、資料は匿名の封書で郵送されてきた、と説明し、情報源については知らない、と主張する。しかし、提供資料のコピーをそのままNSAに渡したことで、資料に印刷された「すかし」などの手がかりから逮捕にいたった、などとして、その取材方法が批判をまねく事態にもなった

●「提供資料は偽造」MSNBCの指摘

MSNBCの番組で、キャスターのレイチェル・マドウ氏がこの資料を取り上げたのが7月6日

21分にわたる番組の焦点は、匿名の情報源から提供された、というNSAの機密報告書のPDFファイルだ。

番組では、「インターセプト」のスクープと、NSAの機密報告書について紹介。さらにスクープの2日後、同様の報告書が番組宛にも提供された、と明らかにする。

そしてマドウ氏は、このPDFファイルのタイムスタンプ(作成日時)を調べると、「6月5日12時17分15秒」だったと指摘。「インターセプト」によるスクープと機密報告書の公開は「6月5日15時44分」で、それよりも3時間以上も早い、とカレンダーを示して時系列を説明する。

「インターセプト」が公開する前の、政府関係者以外には極めて入手困難な機密指定の報告書を、何者かが提供してきた、との主張だ。

しかもそこには、この種の報告書ではありえない、トランプ陣営の実在の人物の名前が記載されていた、と述べる。それは、MSNBCが入手した報告書が「偽造」だという根拠になる、と。

つまりMSNBCは、政府の関係筋が「偽造」報告書をメディアに提供し、報道させることで、"ロシア疑惑"報道の信頼性を揺るがせようとしているではないか、と示唆しているのだ。

しかもそれは、「インターセプト」のスクープに影を落とす可能性に、含みを持たせているようにも取れる。

マドウ氏はこう述べる

トランプ陣営がやったかどうかはともかく、この問題(ロシア疑惑)を果敢に報じる米国のジャーナリストの心臓をひと突きにしたいなら、トラップを仕掛け、疑惑の証拠であるかのように見せかけたものを、報道機関に取り上げさせればいい。後から事実を明らかにし、その報道は木っ端微塵。

そうすれば、その報道機関の信用に傷をつけることができ、同種の報道についても、それが事実であろうとなかろうと、将来にわたって影を落とすことができるわけです。

マドウ氏がこんな忠告を口にするのは、そのような実例がたて続いたことが背景にある。

●CNNとマザーボードの記事撤回

CNNは6月22日、「ロシア投資ファンドとトランプ氏関係者のつながり、議会が調査」との記事をウェブ版に掲載した

記事は、匿名の議会筋の情報として、上院情報委員会が、ロシアの政府系ファンド「ロシア直接投資基金(RDIF)」のキリル・ドミトリエフ総裁(CEO)と、トランプ大統領の顧問のアンソニー・スカラッムッチ氏が、大統領就任式4日前の1月16日、ダボス会議の場で接触していたことについて、対ロシア制裁解除をめぐる協議の疑いがあるとして調査を行っていると報じた(スカラムッチ氏は、6月末に米輸出入銀行の首席戦略責任者に指名されている)。

だが、翌23日夜に記事は撤回され、CNNは「編集基準を満たしていなかった」として、スカラムッチ氏への謝罪を表明。26日には、記事を執筆した記者や調査報道部門の責任者ら3人の辞職が明らかにされた。

CNNは「誤報」だったとはしておらず、「記事として公開するに足る十分な裏付けがなかった」との認定だという。記事に引用されている匿名の「議会筋」は、1人だけだった。通常、調査報道の記事化にあたっては、複数の情報源で確認を取る。

CNNを「フェイクニュース」と目の敵にしてきたトランプ大統領は、翌27日朝にはツイッターにこう書き込んだ

ワォ、CNNは"ロシア疑惑"の大ニュースを撤回させられ、3人の社員が辞任に追い込まれたぞ。一体、ほかの偽ニュースはどうするんだ?フェイクニュース!

さらにトランプ氏は、7月2日の朝、CNNのロゴで顔部分が覆われた男性を自身がプロレス技で攻撃する動画を、ツイッターに投稿している

トランプ大統領をめぐる記事の撤回は、さらに続く。

若者向けネットメディア「ヴァイス・メディア」傘下の「マザーボード」も6月28日、ディスニーワールドで歴代大統領のロボットが演説を披露するアトラクション「大統領の殿堂」に、トランプ大統領を加えることをめぐり、軋轢が生じている、などとした2本の記事を、やはり「編集基準を満たしておらず、事実関係の誤りがあった」として撤回を明らかにしている

メディアに攻撃的なトランプ大統領についての昨年来の報道は、急激なユーザー・読者増につながり、メディア業界では「トランプ・バンプ(景気)」と呼ばれてきた。

だが過熱する報道合戦とは裏腹に、脇のゆるみが、相次ぐ記事撤回という形で表面化したということだ。

MSNBCの番組は、この一連の流れを受けての"警告"だった。

●「インターセプト」の反論

MSNBCのマドウ氏が「偽造NSA報告書」を取り上げた翌日、「インターセプト」の創設エディターの1人で、英ガーディアンのコラムニストとしてNSAの内部文書暴露の「スノーデン事件」をスクープしたことで知られるグレン・グリーンウォルド氏が、反論記事を掲載する

グリーンウォルド氏は、マドウ氏が入手したという「偽造NSA報告書」は、政権の情報戦を裏付けるような証拠ではない、と断じる。なぜなら、「ネットにアクセスできれば、誰でも入手できた文書だからだ」と。

グリーンウォルド氏が指摘するのは、まさにマドウ氏が"疑惑"の根拠として指摘したタイムスタンプ(作成日時データ)だ。

マドウ氏は、MSNBCに寄せられたNSA報告書のPDFファイルのタイムスタンプが「6月5日12時17分15秒」で、「インターセプト」によるスクープと機密報告書の公開時間「6月5日15時44分」より3時間以上も早いことから、"謀略"の可能性を示唆していた。

グリーンウォルド氏は、「インターセプト」の記事と報告書の公開は「6月5日15時44分」だと認める。だが、情報源から郵送されてきたNSA報告書を、記事公開のためにPDF化したのはその前であり、「ドキュメントクラウド」に公開しているPDFそのもののタイムスタンプ「6月5日12時17分15秒」こそがその時間だと指摘する。

つまり、MSNBCが入手したとするNSA文書は、「インターセプト」が公開したものとタイムスタンプが分秒までぴったりと一致する、同一のファイルだということだ。

「インターセプト」の公開以前に入手されたものであれば、政府関係者など出どころは限られるが、公開後であれば、世界中の誰でも入手可能。そのうちの誰かがダウンロードし、改竄を加えてMSNBCに送りつけたとしても、それは"謀略"の証拠にはなり得ないし、ニュースではない、と。

グリーンウォルド氏は記事の中でこう述べる。

政権側がトランプ氏とロシアの関係についての記事の信頼性を傷つけるため、大規模な連携によって、報道機関に偽情報を提供する、という可能性は、もちろんある。だが、その説を裏付ける確かな証拠はないし、今回のニュースも何の裏付けも提供していない。注意深くデータ確認をする必要がある、というメドウ氏の警告は重要だ。

だがもし(そしておそらくはその通りだろうが)、MSNBCが提供を受けたという文書が、「インターセプト」のサイトから入手した誰かが送ったものだとすれば、このニュースの重要性は、極めて小さなものだろう。そして、メドウ氏が番組で提起したその他の不吉な"謀略論"は、根拠がないことになる。

情報確認スキルのレベルが問われる――"情報戦"は、そんな局面に入っているようだ。

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(2017年7月9日「新聞紙学的」より転載)

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