フェイクニュースや盗用コンテンツの氾濫――。
米大統領選では、それらがソーシャルメディアを通じて大規模に拡散し、選挙結果にも影響を与えたのではないか、と指摘されてきた。
事実かどうかは顧みられなくなり、誰もが信じたい情報だけを信じる――そんな情報のタコツボ化の先にあるのは、ニュースへの信頼の消滅と民主主義の破壊だ。
誰もがニュースの受信者であると同時に発信者でもあるメディアの生態系。そこでは今、何が起きているのか。問題の核心は何か。そして、私たちができることは。
『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』の著書がある元徳島新聞記者で法政大准教授、藤代裕之氏、『ネコがメディアを支配する ネットニュースに未来はあるのか』を出版した元ヤフー・トピックス編集責任者、元読売新聞記者で「THE PAGE」編集長の奥村倫弘氏、新著『信じてはいけない 民主主義を破壊するフェイクニュースの正体』を出した朝日新聞IT専門記者の平和博。
紙とネットを通じて、メディアの現場に長く関わり、問題提起を続けてきたこの3人が21日、朝日新聞メディアラボ渋谷分室で、約60人の参加者とともに「ニュースが絶滅しないためのメディア論」を語った。
当日の内容のうち、筆者(平)のプレゼンと質疑応答を採録する。
■フェイクニュース問題とは何か:平(プレゼン)
最近の話題で中東の小国、カタールに対し、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)などが突然断交するという「カタール断交危機」のニュースが続いています。
この断交のきっかけになったのが、実はフェイクニュースだった、という報道がありました。
カタールの国営通信にサイバー攻撃が行われて侵入され、そこにフェイクニュースが埋め込まれた。その結果、カタールの首長が、米国に敵対的な発言をしたという内容のフェイクニュースが発信され、それをサウジやUAEの衛星テレビが報道していったわけです。
それを行ったのが、ロシア人のハッカーで、しかもロシア政府の指示ではなく、"雇われハッカー"だったのではないか――米連邦捜査局(FBI)が調査に入って、そういう見立てをしています。
いってみれば、ゴルゴ13のように、報酬次第でハッキングもし、フェイクニュースも埋め込み、地域紛争の火だねになるような役割も果たしている。
トレンドマイクロさんが最近出した「フェイクニュース・マシン」という報告書があります。ここでも、どれぐらいのお金を払うと、フェイクニュースのサイトを立てるとか、コンテンツを配信するとかという相場をまとめています。
フェイクニュースで選挙に介入する。それを年間のキャンペーンとしてやると、どれぐらいかかるかというと、日本円で最低、4000万円ぐらいでできるのではないか、という試算をしています。
フェイクニュースも、お金次第でいくらでも、いろんな形で使える――それが今のところの状況のようです。
●ローマ時代から「ピザゲート」まで
フェイクニュースの歴史をたどると結構、古くて、紀元前30年ごろ、ローマ帝国の初代皇帝になったアウグストゥスが、政敵のアントニウスを攻撃する目的で、コインを鋳造して、誹謗の文言を書いて、それを流通させた。ツイッターの代わりにコインを使ったフェイクニュースの実例です。
19世紀末のイエロージャーナリズムでも、フェイクニュースは盛んに発信されていました。
オーストラリアの辞書が、フェイクニュースの定義をしています。
政治目的や、ウェブサイトへのアクセスを増やすために、サイトから配信される偽情報やデマ。ソーシャルメディアによって拡散される間違った情報
同種の言葉で「ポストトゥルース」も、去年、有名になりました。
一番有名なフェイクニュースというと、もうテレビなどで何度もご覧になっていると思いますが、「ローマ法王がトランプ氏支持」。フェイスブックを中心に、共有が100万回以上行われていました。
実害が出た、という意味では、陰謀論の「ピザゲート」で発砲事件が起きています。
これは、「ワシントンのピザ店を拠点とした、児童虐待の地下組織が存在していて、そこに(ヒラリー・)クリントン氏が関与している」という陰謀論でした。
それを信じた男性が、自動小銃を持ってピザ店に入り、発砲事件を起こしてしまった。男性はその場で逮捕。地元のワシントン・ポストは、翌朝、1面に写真付きで報道しました。
拡散のもとになったのは、「Reddit」「4chan」というネット掲示板です。
その他に、さきほどのカタールの例のように、サイバー攻撃とフェイクニュースがセットで用いられてもいました。
サイバー攻撃で大量の内部メールを流出させ、その中に証拠となるような情報が入っている、という主張をしてフェイクニュースを流していくわけです。
●フェイクニュースのプレイヤーとは
フェイクニュースに関係するプレイヤーは、いろんなレイヤー(層)に多数散らばっています。
中でも、ロシア政府が米大統領選に介入する目的で動いた、というのが去年の事例では一番大きなレイヤーです。
その中で、ロシアの情報機関とか、その下で動くハッカー集団とかメディア、さらに「いいね」やコメントをつけていく「トロール(荒し)」の専門業者。そのようなロシアのグループがあります。
それ以外に広告収入目的で、マケドニアの10代の若者たちがフェイクニュースサイトを立てたり、米国内でもパロディを標榜するフェイクニュースサイトがあったり。
トランプ氏支持の右派サイトが、政治的なキャンペーンとして、フェイクニュースを流したりもしました。
その間に位置する告発サイト「ウィキリークス」が、ハッキングされた流出メールを一般公開する、といった動きもありました。
そんなフェイクニュースの拡散の舞台となったのがフェイクスブック。そして、フェイクニュースの拡散を換金化するプラットフォームとして使われていたのが、グーグルの広告配信ネットワークでした。
そういった明確な意図がないままに、一般のユーザーは、そういったフェイクニュースを拡散する手助けをしてしまっていた、という構図になります。
●フェイクニュースの類型
フェイクニュース対策に取り組む「ファースト・ドラフト・ニュース」のクレア・ワードルさんが、フェイクニュースの類型をまとめています。
まずその7類型。
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1:風刺・パロディー:被害を与える意図はないが、だまされる可能性はある。
2:誤った関連付け:見出し、画像、キャプションがコンテンツ本体と関連していない。
3:誤解させるコンテンツ:ある問題や個人について誤解を与えるような情報の使い方をしている。
4:誤ったコンテクスト:正しいコンテンツが誤ったコンテクストの情報と共に共有される。
5:なりすましコンテンツ:正しい情報源がなりすましに使われる。
6:操作されたコンテンツ:正しい情報や画像をだます目的で操作する。
7:捏造コンテンツ:100%虚偽のコンテンツをだましたり損害を与える目的で新たにつくり出す。
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その裏側にある原因とか動機。
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・低レベルのジャーナリズム
・パロディーのため
・騒ぎを起こす、いたずら
・パッション
・党派心
・利益
・政治的影響力
・プロパガンダ
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ジャーナリズムの質の低さに問題がある、という点から、政治的なプロパガンダまで、いろいろな原因、動機が指摘されています。
●信じる人々
フェイクニュースが広がる理由の一つは、それを信じる人たちがいる、ということです。
昨年の「ピザゲート」の発砲事件が起きたすぐ後に、行われた世論調査の結果があります。
「クリントン氏がピザ店の疑惑に関与しているか」という設問に対して、9%、約1割の人は「していると思う」と回答しています。
さらに、フェイクニュース拡散に関与している、とされるのがツイッターの自動送信プログラム「ボット」です。
オックスフォード大学の研究チームが、昨年の米大統領選の投票直前1週間のツイッターの関連投稿のトラフィックを調べたところ、全体の20~25%が、「ボット」による発信だったのではないか、としています。
また、メディアへの信頼が低下しているということも、フェイクニュースを信じてしまう背景としてあるのではないかと指摘されています。
米国のケースでは、「メディアを信頼している」という割合が1999年には55%あったのが、昨年9月には、これまで最低の32%にまで落ち込んでいました。
新聞業界で働く人たちが少なくなってしまっている、というデータもあります。
米国の雇用統計を見ると、2001年から2016年までの15年間で、新聞業界の雇用数が6割減となっています。
●トランプメディア生態系
さらに、メディアにおける分断、ということも指摘されています。
ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者たちが調査した結果、「トランプメディア生態系」と言うべきメディア空間が出来上がっていることが判明したといいます。
ツイッター、フェイクブックでの、ユーザーの参照先ニュースサイトを分析したところ、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズ、CNNといった既存メディアのグループが、ややリベラル寄りのところに固まっているのと対照的に、トランプ支持の右派サイト「ブライトバート・ニュース」が、極端な保守寄りのメディア圏を形成していて、明確な分断が起きていたのです。
「ブライトバート」の会長をしていたスティーブン・バノン氏は、現在、トランプ政権で大統領側近となっています。
トランプ氏の支持者たちは、この「ブライトバート」を中心とした保守派のメディア空間の中だけで情報のやりとりをしている、というわけです。
さらに、フェイクニュースに対してファクトチェックをして、「それは間違いです」と事実を示しても、かえってよりフェイクニュースを信じてしまう、ファクトチェックが逆効果を生むという「バックファイアー効果」というものも指摘されています。
フェイクニュースの氾濫は米国だけではありません。フランス大統領選でも、フェイクニュースは流布しました。ただ、米国とは違い、あまり効果はなく、中道のダークホース、マクロン氏が当選しています。
●フェイクニュースと広告
フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏は昨年11月、自身のフェイクブックページで、フェイクニュース対策の内容を発表しています。ところが、その隣に掲載されていた二つの広告が、いずれもフェイクニュースにリンクしていた、という"事件"がありました。
これを明らかにしたのは、ツイッターの共同創業者で「ミディアム」CEOのエヴァン・ウィリアムズ氏でした。
広告関連で言うと、今年3月、英国、そして米国にも飛び火しましたが、政府、メディアなどの広告が過激主義、差別主義の動画に掲載されていることが判明し、広告引き上げの動きにつながりました。
このようなフェイクニュースの問題に対して、フェイクブック側からの投げかけも最近ありました。「ハードクエスチョン」と題した、フェイクニュース対策についての意見募集です。
フェイクニュースかどうか、排除すべきかどうか、誰がどう線引きをすべきか、フェイスブックがやっていいんですか、という問いかけです。
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・テロリストのプロパガンダ拡散阻止のために、プラットフォームはどんなアプローチを取るべきか?
・ソーシャルメディア企業は、問題のある投稿や画像のチェック・削除を、どこまで積極的にやるべきか? 多様な文化規範があるグローバルコミュニティーで、問題あり、と判断すべきは誰か?
・何が偽ニュースで、何が単に問題のある政治的言説か―定義するのは誰か?
・ソーシャルメディアは民主主義にとって有益か?
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日本国内では本日(21日)午前、ファクトチェックのプロジェクト「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)の設立会見がありました。
ここまでのお話のポイントは、メディアの信頼とは、それを担保する責任は、どうすればいいんだろう、というところに行き着くかと思います。
■会場からの質問
会場からの質問:ロシア(政府のフェイクニュースによる介入)のような話だと、スキルのある人間が悪意をもって情報発信してしまえば、どうしようもない、という話ですね。その中で、悪意や政治的意図のある人、お金目的の人、情報そのものをよくわかっていない人、それぞれが介在してフェイクニュースが広がっていくと。その中で、フェイクニュースが一番問題なのは、どのレイヤーの話だと思いますか。
平:報道する側からいつも悩んでいるのは、「フェイクニュース問題」といったときに、それが政府レベルのプロパガンダなのか、ネット空間の情報の質の問題なのか、ビジネスの問題か、ユーザーのリテラシーの問題か、人によって受け止め方が全然違っている、という点です。ロシア政府から米大統領選への介入を押しとどめる対策と、低レベルのコンテンツと広告収入への対策は、違ったものになります。事前の参加者からの質問でもいただいていましたが、例えば、災害時の流言飛語もフェイクニュースだし、政治的なキャンペーンの捏造ニュースもフェイクニュース。言葉は一緒だけど、対処の仕方は随分違うんじゃないか、というご指摘でした。緊急度、影響の深刻さによって、どこからどう手をつけるかというのは、やり方が違ってくると思います。
会場からの質問:今の活字メディアの記者を育てる仕組みとか組織は、これまでの活字のエコシステムの中で成り立ってきたもの。30年後、同じように成り立っているだろうか。
平:新聞社を維持するのでもなく、ビジネスモデルを維持するのでもなく、情報を質を維持していく、そのためのノウハウを維持していく。そのために、何をしたらいいのかというのは、私の個人的な関心事でもあります。リテラシーというと口幅ったくなってしまいますが、基本になるのは、やはり今までのメディアで培ってきた情報の取り扱い方、確認の仕方だと思うんです。そのDNAのようなものを何とかして、共有できないかという思いがあります。ただそれが、"ルール"に対する拒否感とか、既存メディアに対する信頼の低下などとぶつかってしまっているのが、現状です。ただ、それを乗り越えようという実例も出てきています。新聞社など既存のメディアが、ニュースを配信するプロセスで何をやっているのか、という透明化・可視化です。ニューヨーク・タイムズの「インサイダー」や、ロイターの「バックストーリー」、毎日新聞の「紙面審ダイジェスト」など。このように、メディアの内部で何をやっているのか、ということを外部にオープンするという取り組みは、リテラシーの共有の第一歩だと思っています。
会場からの意見:グーグルやフェイスブックも、フェイクニュース対策を打ち出しているが、問題は広告の自動取引システム。このシステムがある限り、フェイクニュースの問題は変わらない。そして、このシステムがグーグル、フェイスブックを成長させてきたエンジン。今のフェイクニュース対策は、それを温存させて、表面だけきれいにすることだと思います。それに対してどうすればいいか。それらのプラットフォームに対するチェック機能を、ジャーナリズムがきっちり果たしていかないと、だめじゃないか。ただ、ジャーナリズムも片足(コンテンツ配信、広告など)は、プラットフォームに依存してしまっている。本気でデジタルをやっていくのなら、第三極のマスメディア連合をつくるぐらいの状況ではないか。広告クライアントの意識も低い。どのサイトに載ってもいいんだ、ということが今まで多すぎた。ただ、欧米で騒ぎになって、ようやく日本でも動きが出てきた。
会場からの質問:「ニュースとは何か」という議論が欠けているように思う。これまでは、専門の機関が集め、マスで共有されるものをニュースである、と定義した上で、それが意図的に歪められたものがフェイクである、というラベルをふられていると思う。今、我々が考えているニュースは、工業時代のままの、狭い定義のものだと思う。ネット時代には、ニュースの定義自体を変えないといけない。ニュースには、ある事件、現象が起きる、それをまとめ、全員で共有する、というプロセスがある。今までその作業はプロがやり、チェックが済んだものだけがニュースとして配信され、そのプロセスは公開されていなかった。ネット時代には、現場から何のチェックもないまま上がってくるものや、途中で誰かが編集したものが「ニュース」という同じ名前で流通している。コミュニケーションのプロセスの中で、なんらかの情報が上がってくるというシステムの話だ。誰から誰への「ニュース」なのかによって、その評価も変わってくる。「ニュース」をもう少し広く捉えるべきではないか。
平:ニュースを従来のパッケージとして捉えるのではなくて、コミュニケーションの一つのファクターとして、トリガーとして捉えるということが、LINEとかフェイスブックで情報を摂取する生活の中では当たり前になっているように思います。ただ、その中にもフェイクは流れ込んでくる。災害があれば、「ライオンが逃げた」と写真を投稿する。それもフェイクニュースとして流通していくわけです。そういったものを含めてのフェイクニュース対策が必要なんだろうと思っています。コメントにフェイクなものを埋め込んだりとか、共有で埋め込んだりといったことも、専門のトロール(荒し)業者ではやっていたりします。そのようなものも含めて、「ニュース」を幅広く捉える必要はある、と思っています。
会場からの質問:ファクトチェックの可能性について。人とカネという課題をどうするか。
平:ファクトチェックのノウハウって、既存メディアが一番持っていると思う。情報を選んでその裏を取るというのは、新聞社など毎日、それしかやっていないので。そういうノウハウとリンクするのは一つの方法です。米国に事務局を置くファクトチェック機関「国際ファクトチェッキングネットワーク」などは、既存メディアやネットメディアと連携してやっているので。そこでのノウハウの融通が、一番効率的で、王道なのではないかな、と思っています。
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■新刊『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書)6月13日発売。
(2017年6月24日「新聞紙学的」より転載)