アップルのアイフォーン、アイパッド向けOSの最新版「iOS 9」が16日に公開されたのに合わせて、「広告ブロック」アプリが続々リリースされている。
「iOS 9」からブラウザー(閲覧ソフト)「モバイル・サファリ」が「広告ブロック」機能に対応したためだ。
アップルの有料アプリの米国ランキングは、いきなりベスト5のうち3つを「広告ブロック」が占めるという勢い。中でも一番人気の「ピース」には注目が集まった。
だが、公開から2日後、「ピース」は突然、アップルのアップストアから姿を消してしまう。
〝メディアを待ち受ける地獄〟とも言われる「広告ブロック」に、一体、何があったのか?
●「気分のいいことではない」
アーメントさんのブログによると、かねてからネット広告や行動追跡システムのうっとうしさに辟易していたようだ。
広告や行動追跡を排除するための〝ブラックリスト〟には、パソコン用ブラウザー向け「広告ブロック」サービスで人気の「ゴーステリー」のデータベースを使った。
ところが、この「ゴーステリー」のブラックリストが強力すぎて、アーメントさん自身のブログに広告を配信する、良心的と言われる広告ネットワークまで排除されてしまったようだ。
このすべてを蹴散らす強力すぎる「広告ブロック」機能に、ユーザーらから疑問の声もあがり、アーメントさんの友人で人気ブログ「デアリング・ファイアーボール」のジョン・グルーバーさんからも、「それは間違っている」とツイッターで指摘を受けていた。
そして公開から2日後の18日、約36時間にわたって有料アプリ1位だった「ピース」を、アップストアから取り下げたことを明らかにした。今後、更新はなく、払い戻しにも応じるという。
取り下げの理由について、アーメントさんはこう説明している。
ピースでこんな成功をおさめるというのは、率直にいって気分のいいことではない。予想もしていなかったことだが、想定しておくべきだったのだろう。広告ブロッカーには重要な不確定要素がある;ほとんどの場合、多くの人々に恩恵をもたらすが、それによって傷つく人たちも出てくる。そこには多くの、傷つくべきでない人たちも含まれている。
「広告ブロック」には白か黒かだけではない、ニュアンスが必要だが、自分はそんな調整には向いていない、とアーメントさんはブログで述べている。
●パソコンかモバイルへ
「『広告ブロック』時代に、メディアは何ができるのか?」「『広告ブロック』の解決策は訴訟か信頼か」でも紹介したが、「広告ブロック」をめぐる議論の主戦場はこれまで、パソコン用ブラウザーの拡張ソフトだった。
パソコン用ソフトでは「アドブロック・プラス」や「ユーブロック」などが広く知られている。
ドイツではメディアが「アドブロック・プラス」の開発元「アイオー」を相手取り、相次ぐ法廷闘争が繰り広げられているが、敗訴が続いている。
法廷闘争の理由は、「広告ブロック」による広告収入への影響だ。
ページフェアとアドビが共同で8月に発表した調査結果によると、「広告ブロック」の世界的な利用者は、この1年で4割増の約2億人になり、それによって失われているはずの広告収入は約220億ドル(約2.7兆円)にのぼるという。
この調査では、モバイルにおける「広告ブロック」の影響はわずか2%だった。
だが新たに「広告ブロック」の搭載を可能にした「iOS 9」の登場によって、主戦場としてのモバイルが、俄然注目を集めることになった。
「ピース」を含むアップストアのランキングが、まさにその関心の高さを如実に示した。
●続々登場するアプリ
アップストアの有料ランキングで「ピース」に次ぐ2位につけたのが、やはり「広告ブロック」アプリの「クリスタル」だ。日本語にも対応している。
モバイルソフト開発者のディーン・マーフィーさんが公開したアプリで、ニューヨーク・タイムズやハフィントン・ポストなど10の著名サイトで計測したところ、ページの表示は4倍の速さになったという。
そして有料ランキング5位に入った「広告ブロック」アプリがクリス・アルジョウディさんが開発した「ピューリファイ」。
アルジョウディさんは、パソコン用ソフト「ユーブロック」の開発者でもある。
この他、「アドブロック・プラス」の「アイオー」は、アプリではなく、「アドブロック」を組み込んだモバイルブラウザ「アドブロック・ブラウザ」をiOSおよびアンドロイド向けに公開した。
●メディアの地獄か
200億ドルを超す広告がブロックされる先に、メディアのどんな未来が待っているのか。
「アドエイジ」のティム・ピーターソンさんは、デジタルネイティブな「ミック」や「ヴォックス・メディア」「クォーツ」などのメディアは、すでに「広告ブロック」の影響を受けないネイティブ広告に舵を切っており、この動きを冷静に受け止めている、という。
だがテックサイト「ヴァージ」の共同創設者で編集長のニレイ・パテルさんは、特に小規模メディアにとって、そこに待っているのは〝地獄〟だと断じる。
パテルさんは、アップルが「iOS 9」で「モバイル・サファリ」に「広告ブロック」を可能にしたことで、オープンなウェブでの広告、すなわちグーグルの広告に切り込むことになった、と指摘。
その一方で、「広告ブロック」の影響を受けないニュースアプリ「アップル・ニュース」もスタートさせてメディアを呼び込んでいる。
フェイスブックもモバイルアプリ内の「インスタント・アーティクルズ」でメディアの囲い込みに布石を打っている。
オープンなウェブの広告モデルに支えられたメディアは、片や「広告ブロック」、片や巨大プレーヤーのクローズドなモバイルアプリのはざまで翻弄される。
得べかりし収入の75~85%を、ユーザー体験の名のもとに(広告ブロックを使い)奪ってしまったら、小規模メディアは一体どうなる? 私たちが愛してやまないあらゆるコンテンツは誰がつくるんだ。そして金を生むのはプロプライエタリ(独占的)なプラットフォームの中だけだとしたら。
この疑問にきちんと答えるべきだろう。しかも「彼らも変化に適応するさ」というだけではない、もっとましな答えが必要だ。このような強力な変革圧力に対する適応の形は、たった一つしかないからだ。
それは死だ。
●リストのニュアンス
「iOS 9」とともに相次ぎ登場した「広告ブロック」アプリを見ると、ユーザー側の設定の自由度などはまちまち。
だがポイントは、「ピース」の開発者、アーメントさんが匙を投げた、まさにブラックリストとホワイトリストの〝ニュアンス〟の部分だろう。
わずらわしい広告や行動追跡は排除するが、応援したいメディアの控えめな広告は表示させる。
その取捨選択がより手軽にできれば、今のどたばたも沈静化するのかもしれない。
(2015年9月19日「新聞紙学的」より転載)