神風でも吹かない限り、第45代アメリカ大統領はヒラリーだ!

閉じた世界にいる人たちの団結力は強い。けれどもそんな彼らを閉じた世界の外側から見ると、どこか普通じゃないのだ。

さてアメリカ大統領選挙のことだ。

投票日を8日に控え、各メディアの報道もラストスパートといったところのようだが、そんな報道のあれこれに接するたびにげんなりする。これまでの選挙戦をずっと眺め、きちんと取材して地域や人種等の違いによる投票傾向などを見てきた人間であれば、もう結果は分かっているだろう。

ここにきて"ヒラリーとトランプの差が数ポイントに縮まった"というような世論調査の結果がでているけれど、文字通りそれだけのこと。あくまで"縮まった"にしか過ぎない。

(ヒラリー、選挙キャンペーンメールより)

ヒラリー勝利予測の理由はいたってシンプルだ。

勝敗を決める幾つかの重要な州でトランプの勝ちが見込めないから。

ご存知のようにアメリカ大統領選は、州ごとの勝敗によって得られる選挙人の数で勝ち負けが決まる(総得票数ではない)。もともと民主党の強い州、共和党の強い州というのがあり、極端な話これらの州では誰が大統領候補だったとしても結果は動かないので、重要なのは"結果が流動的な州"。それが今回の大統領選挙では15州程あり、激戦州と呼ばれているわけだ。

トランプが大統領になるためにはこの激戦州といわれている15程の州で少なくとも7つか8つ以上は勝つ必要がある。ところが実際は、各メディアによって予測に若干の違いはあるももの、よくて4つか5つでしかない。

ニューヨーク・タイムスのデータ予測を例にあげれば、トランプが優勢なのはアリゾナ、オハイオ、アイオワ、ジョージア、ミズーリの5つの州だけだ。残りの10州は全てヒラリーが優勢となっている。なかでも勝った場合の獲得選挙人の数が多い、フロリダやペンシルバニア、ミシガン等でヒラリーが優位を保っているから、それこそ神風でも吹かない限りトランプが勝つ見込みはないだろう。

つまり、このところの世論調査の数字が例え数ポイント差であったとしても、間違いなく第45代・アメリカ大統領はヒラリーである。

米国史上初の女性大統領が誕生する可能性が断然高いのだ。

にもかかわらず、各種データやその傾向を仔細に検討していない方々や薄々わかってはいても"大統領選ネタで引っ張ろう"という思惑のある一部メディアは、「ヒラリーの支持率が下がってトランプと3ポイント差になったゾ!」とか、「これは最後までわかりません」であるとか、ここぞとばかりに煽るような伝え方をする。

挙句にはこの期に及んでも、「もしトランプが大統領になったら...」というような「もし○○だったら□□」形式の特集なんかを流したり。極端な話し、内容のほとんどを可能性の大きくない「もし○○だったら□□」の「□□」の部分に費やしたりする。

今回の大統領選挙でいえば、実情がどうあれメディア的(とくにテレビメディア的)にはトランプ話をした方が視聴率もいいのだろう。

本来であればより現実性の高い事象について時間をかけて検討すべきなのに"視聴者受けしそうな事象"を厚く扱う。これってとっても無責任な報道姿勢であり、これほど視聴者を馬鹿にした話はない。

派手な音楽をつけて赤や青のテロップが画面に踊る...見ていて情けなくなるでしょう?

さらには驚くことに、「トランプリスク」とかいうらしいのだが、トランプが「もし」大統領になったら世界経済が混乱するからということで株価や為替レートまで変調をきたしている。「おいおいちょっと落ちつこうよ」とは誰もいわないようだ。

「混乱=儲けどき」...と考えている方々も少なからずいるのだろう。

(ヒラリー、選挙キャンペーンメールより)

当初は泡沫候補だとしか思われていなかったトランプが共和党の大統領候補になり、(九分九厘負けるにしても)最後まで選挙戦を続けてこられた背景ってなんだったのか。

たぶんその答え、もしくは答えに近いものを求めてトランプのTシャツを着て集会に集うような「トランプ支持者」に話を聞いてもあまり意味はないだろう。耳を傾けるべきなのは、ずっと民主党を支持してきたが今回は仕方なく(トランプは嫌いだけれど)共和党の大統領候補に票を入れる人たちの考えだ。

例えばペンシルバニア州あたりにある鉄鋼関連の小規模企業の経営者や従業員。

産業構造の変化に取り残された彼らの中には、長いあいだ民主党を支持してきたがその間まったく自分たちの生活はよくならなかった、「もう我慢の限界だ」として"熟慮の末"、今回の大統領選挙では民主党に見切りをつけた人も少なくない。

本体なら鉄ではなく、時代が求める新規素材の扱いに取り組むべきところを、それを実行に移すだけの技術やその下地になるはずの教育を受ける機会も少なかった。当然ながら新規事業に転換する体力、つまり資金もないから、これまで通り細々と鉄鋼で生きていくしかない。いわば八方ふさがりの状態に陥ってしまった人たちである。

多くの人が指摘するように、今回の大統領選挙では、いわゆる「トランプ支持者」(信奉者ともいえる人たち)と"普通の"共和党支持者をきちんと分けて考えるべきなのだろう。

誤解を恐れずにいえば、トランプTシャツを着て声高にあれこれ叫んでいるような方々は、もしかすると"普通じゃない環境'"の中にいるのかもしれない。

彼らはトランプがつくりだしたある種の閉じた世界に誘い込まれ、そのまま出口を閉ざされた人たちじゃないのか。その世界の中では日頃のうっぷんを晴らすことができる。それなりに理屈も通っているし、悩むこともない。強いアメリカ、最高! 迷いもない。

異物は排除("つまみ出せ!"はトランプの口癖だ)されてしまうから、その閉じた世界にいる人たちの団結力は強い。

けれどもそんな彼らを閉じた世界の外側から見ると、どこか普通じゃないのだ。

ヒラリーのように「嘆かわしい人たち(deplorables)」とはいわない。

でも、"普通の"共和党支持者や、苦渋の選択の末に民主党を見切った人たちとは明らかにタイプが違う気がする。

そもそも、自分はこうだ!という明快な結論を持っているのが凄い。

普通(といって"普通"の定義はそれぞれ違うのだろうけれど)、結論なんてなかなかでないのだ。あーでもないこーでもないと逡巡を繰り返して、悩んで困って、いったんは「これかな」と決めてもまた元に戻る。最終的に「仕方ないけどトランプに入れよう」と意を決して実際に投票したとしてしても、「でも、これでよかったのかな」と思ってしまう。

きっと最近の世論調査にでている数ポイントの揺れは、そんな人たちの判断の揺れを表しているのだろう。

最後になるけれど、今回の大統領選挙で一番残念だったのは民主党の予備選でサンダースが敗れたことだった。政治に新しい風が吹き込む絶好のチャンスだったし、76歳(予備選のときは75歳)のサンダースが若い世代から圧倒的な支持を受けたことの意味も大きかった。

サンダースが訴えた政治改革。

それはアメリカだけじゃなく日本の政治にも間違いなく大きなインパクトを与えたはずだから。

(2016年11月4日「TVディレクター 飯村和彦 kazuhiko iimura BLOG」より転載)

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