労働安全衛生法の改正に伴い、今年12月から従業員50人以上の企業に義務化されるストレスチェック制度の実施に向けて、精神科医らからなる日本精神科産業医協会が発足、5日に設立総会が開かれた。職場でのメンタルヘルス対策に向け、職場の産業医と精神科医との連携などの課題が議論された。
会場には、同協会会員の精神科医約8割が全国から集った(東京・港)
ストレスチェック制度とその懸念
ストレスチェック制度とは、働く人たちの心理的な負担の程度を医師や保健師らが把握するための検査の実施とそれををもとにした対応で、今年12月から従業員が50人以上の職場に義務付けられる。目的は、働く人たちがメンタルヘルスの不調にならないように未然に対応するための「一次予防」という。
職場でのメンタルヘルスの悪化や、それによる求職や離職などが問題になっている。厚生労働省の調査によると、職場での強い不安や悩み、ストレスがある人は全体の5〜6割(※1)。また、精神障害などの労災補償状況は、年々増加しており、2013年度は1409件と過去最高でした(※2)。一方で、働く人たちのメンタルヘルス対策に取り組んでいる職場は2013年で全体の6割と、2007年の3割強よりは増えているものの、第12次労働災害防止計画で2015年の目標としている8割には届いていない。
そこで、メンタルヘルスの悪化をもたらす要因にはやく対応するために、働く人自身のストレスへの気付きをうながし、ストレスの原因になる職場環境の改善へつなげようというのがストレスチェック制度の狙いだ。
一方で、ストレスチェック制度を巡っては、情報保護やプライバシーの問題のほか、人事や転職などでの働く人への不利益につながったり、職場での混乱につながったりするのではないかといった懸念が、これまでも根強い。
精神障害者の雇用・就労に長く取り組んできた大場製作所(宮城県栗原市)代表取締役の大場俊孝氏は講演で、「職場でのトラブルに結びつき、離職につながる可能性がある」と懸念を示した。
そもそもストレスチェック制度は、メンタルヘルス不調の人たちを見つけ出すための制度ではない。働く人が働きづらいと感じるような職場の課題を見つけ、そこから職場改善につなげ、ひいてはそれが企業の業績改善にもつながる、という青写真を描いている。制度の効果的な実施に向けた、丁寧な準備が必要となりそうだ。
精神科医と産業医の連携を
厚生労働省では現在、制度の実施に向けて、具体的な実施マニュアルの作成や医師らへの研修の準備などを行っている。
基調講演を行った厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課課長の泉陽子氏は、「ストレスチェックの実施は、その企業や職場の特徴を良く知っている産業医で、なおかつその産業医が精神科の知識を持っていることが望ましい」として、産業医から精神保健への理解と精神科医の産業医への理解を促した。
産業医になるために、メンタルヘルス対策の研修も受けるが、精神科医が産業医となることはこれまで少なかったという。これまでもストレス診断とそれに伴う職場改善活動を行ってきた帝人では常勤と非常勤を合わせて32名の産業医がいるが、ほとんどは内科系の医師だ。同社人事総務部健康管理室の道村緑氏は講演で、「(社内に)精神科産業医がいない。精神科受診が必要なケースへの対応や、精神科に面接を委託した場合のコストはどうなるのか」などとしてストレスチェック制度移行に伴い考慮すべき課題を挙げた。
パネリストのほか会場からも複数の声が上がったのが、産業医と精神科医の連携だ。
パネルディスカッションでは、「面談希望者らに紹介できる、産業のことがわかっている精神科医のネットワークに期待する」(企業の健康管理室担当者)、「精神保健に携わっている産業医はすでにいるが、こうしたらよいのかと悩むときに、精神科医からのアドバイスをいただきたい。コラボレーションしていくことが重要だ」(産業医)、「現状の産業医を(メンタルヘルス対策により対応できるように)レベルアップさせたい」(東京都医師会理事)といった声が相次いだ。
日本精神科産業医協会は、職場での産業医としての精神科医や、精神科の知識を持った産業医のニーズが今後高まるとして、日本精神科診療協会の会員の精神科医らが中心となって設立された。精神科産業医としての技量や経験のある精神科医のリストの公表や、会員企業に対して、精神科産業医の紹介やメンタルヘルス研修などのメンタルヘルス体制づくりの支援などを行なうとしている。
※1 厚生労働大臣 労働者県境状況調査、労働安全衛生調査(実態調査)、厚生労働省作成資料より
※2 厚生労働省 平成25年度「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」など
※3 労働安全衛生調査(実態調査)、厚生労働省作成資料より