「ハフィントンポスト日本版」や「ブロゴス」、「Yahoo!ニュース 個人」といった、ブロガーの記事を集めて、情報を発信するネットメディアが勢いを増している。ブロガーとネットメディアの関係性は、作家と出版社の関係に似ているが、ネットメディアはどこまで新しい書き手の発掘に貢献できるのだろうか。マスメディア的にはマイナーな存在だった菌類学者たちが「日本珍菌賞」を創設して、ネットメディアを通じて話題になるなど、新たな動きも起きている。面白い人や話題を発掘してプッシュしてくれる「目利き」とどう出会えるのかが重要になりそうだ。
■情報は放っておいても広がらない
ブログやソーシャルメディアの普及を通じて、誰もが情報発信者になれる時代がやってきたが、誰もが発信力を持つことのできる時代が来たわけではない。せっかく作ったコンテンツを広めるための機能がないと、ただの独り言に終わってしまう。ハフィントンポスト日本版編集部の猪谷千香氏は、普段はスポットライトの当たらない菌類学者の情報がネットメディアをきっかけに広がった例を説明する。
若手の菌類学者の方がいて、「菌類のすばらしさが、なかなかメディアに取り上げられないと悩んでいました。そこで、「珍菌賞」を学会でやることにしたんです。珍しい菌を募集して、ソーシャルメディア上で投票をやって、日本一の珍菌を見つけるというものですが、これをハフィントンポストでやったら面白いかなと思い、実際に載せてみたらヒットしました。
話題作りの仕掛けをして、ようやく知られるようになる。単に一方的な発信をしていても、誰も振り向いてくれない。出版社での勤務経験のあるZaimの閑歳孝子氏は、自身がメディアに取り上げられるようになったきっかけを話す。
最初に取り上げられたのは、ITmediaでした。さらに、ネタフルに取り上げてもらって、取材が来たり、記事を書かせてもらったりする事が2、3年続いて、テレビにも呼ばれるようになりました。私は初めに百式の田口さんとネタフルのコグレマサトさんに直接メールで連絡しています。自分が以前、メディアの企業に勤めていて、情報は放っておいても広がっていかないのは分かっていたからです。普通の人はそういう発想にならないので、書くとしたらブログとかツイッターとかしかない。それだけだと見つけてもらうのは難しくなります。
情報を広めるにしても、誰にアプローチして、どういう経路で情報を広げるのかを考えなければならない。しかし、そこまでスキルが必要とされるのであれば、なかなかネット発では、新たな書き手が発掘されないかもしれない。
■既存メディアには「目利き」がいる
これまでの書き手の発掘システムは、出版社が特定の作家を売り出すように、マスメディアからプッシュされたことをきっかけに、広がるというものだった。国立情報学研究所の生貝直人氏が、その仕組みを解説する。
既存メディアでは多層的なエコシステムが出来ています。大学や学会の場合でも直にマスメディアにつながるというよりは、専門的な出版社の目利きの編集者を通じた出版などによって、マスメディアの人たちの目に止まり、そこから社会一般に広がるという構造があります。
マスメディアもひとくくりにはできず、数十万部の雑誌を発行する出版社から、特定分野に特化した小規模出版社まで多岐にわたる。発掘を得意とする「目利き」たちがいて、そこから広がっていく構造ができている。「目利き」に求められる資質について、法政大学の藤代裕之准教授が説明する。
面白い人をすばやく見つけて、ネットワーク化できるかという、ファシリテーターの能力が必要になるということですね。雑誌編集者にも似ていると思います。これからは、自ら書けるというよりも、そっちのほうが重要になってくるということでしょう。
では、ネットメディアの場合、誰が発掘の担い手になるのだろうか。ハフィントンポスト日本版の松浦茂樹編集長は、2013年5月の日本版開始時のメンバー構成を基に語る。
ブログは誰でも書けるものですが、書き手をつなげられる人というのは経験が必要です。ですので、ハフィントンポスト日本版の中のスタッフはネットメディア出身だけでなく、必ず従来メディアで経験を積んだ人にしようと考えてきました。
結局、マスメディアでの経験がネットメディアで活用されているようだ。それは、ネットメディアの歴史がまだ浅く、育成機能が不十分であることを意味しているのかもしれない。ただ、既存のマスメディア的な感覚だけだと見落としてしまうこともある。藤代氏によると、
既存メディアが、なぜ菌類を取り上げないのか。社会的な話題に関連なければニュース性が低いと考えているからです。例えば、iPS細胞を追う理由は、ノーベル賞に絡むからです。粘菌もノーベル賞を取れば一気に注目されるでしょう。既存メディアの考えるニュース性が固定化しているので、面白い話題を見落としていることがある。粘菌のような面白い話題を発掘できればネットメディアの可能性が広がります。
マスメディアが注目しない分野がある以上、ネットメディアが「目利き」として、新しい書き手の発掘に貢献できる余地もあるということだろう。
■ネット発の情報をマスメディアがオーソライズ
では、ネットメディアが「目利き」として力を発揮するために、どのような体制や手法が考えられるだろうか。Yahoo!ニュース編集部の伊藤儀雄氏は、書き手の選定における工夫の必要性を指摘する。
たとえばYahoo!ニュース「個人」では、トピックスの編集部が関連リンクでよく使うブログのリストを持っていて、リリース時にはまずそのリストからお声がけをしたという経緯があります。ですが、明確な実績のある人だけに範囲を絞っていては新たに魅力的な書き手を発掘することはできません。範囲を広げて膨大な書き手の候補の中から見極めるには、より専門的な知見が必要だったり、細かいところまで丁寧にウォッチする必要があります。たとえば政治ならこの人、経済ならこの人、というように特定のジャンルに特化した編集長を立てて、ウォッチする範囲を切り分けていくという手法がありうるのではないでしょうか。
もちろん、ネットメディアだけでなく、マスメディアの企業自身も積極的にネットの分野で発掘を進めることが考えられる。ただ、まだ始まったばかりで、ノウハウが蓄積されているわけではない。弁護士ドットコム編集長の亀松太郎氏によると、
例えば、ツイッターの活用は、新聞社でも進んでいますが、まだ、取材ツールとしてとらえている会社が多い。ほとんどの新聞記者にとっては、コミュニケーションのツールではありません。あくまでも、取材に役立っているということを理由にやっています。
コミュニケーションまで活発にできるようになると、情報網もより広げることができて、専門家発掘のためのネットワークも築けるのだろうが、現状では一方的な情報受発信にとどまっているようだ。そこで、生貝氏は、ネットメディアとマスメディアが相互に補完しあうことの重要性を指摘する。
期待されているのは、ネットメディアが新しい書き手を見つけてきて、従来のマスメディアがオーソライズするというルートだと思います。ただ、現在ネットで公式に発言しているのは、既存メディアが発掘して、育ててきた人が多いように思います。その構造は、まだ大きくは変わっていないのではないでしょうか。
松浦氏もハフィントンポスト発の情報を既存メディアがオーソライズするような関係性について、「すごくやりたい」と期待感を示している。今の段階では、生貝氏が指摘するように、マスメディアで有名になった専門家が、ネットを利用して、さらに知名度を高めるという流れの方が強い。しかし、今後は、ネットからマスという逆の流れもさらに強くなっていくだろう。(編集:新志有裕)
※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第3回討議(13年6月開催)を中心に、記事を構成しています。